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26 婚約パーティーまでに

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 *

 ミスティナはファオネア辺境伯と別れてから、レイナルトとともに庭園に置かれた木陰のベンチに座っていた。
 吟遊詩人の哀切な物語を紡ぐ声と弦の調べが、夕焼けの空に溶けていく。

「レイ、驚いたでしょう? 私が婚約パーティーの話を突然言い出したから」

「気にすることはない。だがティナの考えていることを、そろそろ俺にも教えてくれるだろう?」

「もしかして私の考えていること、わかってたりする?」

「君が俺に相談なく婚約パーティーを進めたりはしない、ということくらいか」

「……実はね」

 ミスティナは周囲に人がいないことを確かめてから、彼に身を寄せて囁きはじめた。
 ふたりは会話の端々に、かすかな驚きと好奇の眼差しを交わす。
 遠目には恋人同士の語らいにしか見えない。

「なるほど……。確かにその方法ならうまくいく。というかそれが君の目的を叶える最良の解決法だろう。よく気づいたな」

「ファオネア辺境伯に会ってから、今までのことが結びついたの。あとは事情を確認してから、婚約パーティの正式なお願いをしようと思うんだけど」

「わかった。それでいこう」

 ミスティナの耳に、夕空に響く吟遊詩人の旋律が滑りこんでくる。
 それは古くから語り継がれる伝説だった。
 思いを寄せる夫の望みを叶えようとした妻の哀切な思い、自ら禁術の薬を飲んで人生を巻き戻し、何度も失敗をやり直す姿が歌われている。

 周囲の者は涙を浮かべたり、切ない顔で聞き入っている。
 しかしミスティナは前世、惚れ薬で夫に夢中だった記憶が語り継がれていると気づき両手で顔をおおった。

(私の前世の黒歴史が、伝説として歌われているわ……)

 レイナルトは興味深げに聞いている。

「抽象的な歌詞だな。歌われている女性が、何度も人生の失敗を巻き戻すというのは……なにかを暗示しているのか」

「おそらくだけど……彼女は回帰薬を飲んだのね」

 ミスティナは他人事を装い、前世の黒歴史ついて説明する。

「回帰薬は神話の時代の秘薬で、古代では英雄の妻だけが再現できた薬なの。それは言葉の通り、人生を巻き戻す禁忌の薬だったわ。あの吟遊詩人が歌っているのは、愛する夫が納得の行く結末を迎えるまで、何度も何度も回帰を繰り返す妻の姿よ」

「ティナみたいだな」

「えっ!?」

 ミスティナが驚きのあまり目を見開く。
 見つめるレイナルトは、その歌に耳をすませていた。

「彼女はひたむきに夫の幸せを願っているんだろう。その健気さが、弟を思い、友人を思い、両親の愛した王国を思うティナの姿と重なって聞こえる」

「……」

「だが、俺が愛しく思うのはその女性ではなくティナだけだ」

「その着地点に驚いたわ」

「誤解されるわけにはいかないからな」

 ミスティナは相変わらずのレイナルトに笑って、再び吟遊詩人を見つめる。

(レイはあのときの私を、そんな風に考えてくれるのね)

 すると先ほどまでは聞くに耐えなかった歌も、今は苦々しい気持ちもなく心に入ってきた。
 レイナルトが隣にいると、日が落ちてきても温かい。

「……ねぇレイ、婚約パーティーまでに作りたいものができたわ」




 *

 ふたりはお開きとなったガーデンパーティーの会場を出ると、転移許可地点まで移動する。
 向かったのは以前に断崖から落ちて偶然たどり着いた、藍の洞窟だった。
 そばにいる湖のヌシである竜は、ミスティナたちのことを覚えていたらしい。
 あからさまに警戒されたが、彼女には秘策がある。

「湖のヌシさん、こっちよ!」

 ミスティナはファオネア辺境伯から譲ってもらった、ガーデンパーティーの余りのごちそうを持参していた。
 竜はその食欲をそそる香りに誘われると、しっぽを振って嬉しそうに食べはじめる。

 ミスティナはその間に周辺を探索した。
 そして湖に浮いている、竜から剥がれ落ちた鱗を手にする。

「よかった。以前氷漬けにした美容健康法が効いているみたい。不調も改善されて、鱗の艶もよくなっているわ」

「それも調合に使うのか?」

「これを材料にすると、手品みたいなおもしろいものが作れるの」

 餌付けされている竜をそのままに、ミスティナたちは人の立ち入らない藍の洞窟へと進む。
 突き当りには以前と変わらず、緋色の花々が群生していた。
 ミスティナはその花を手折っていく。

「これでようやく、すべての素材がそろったわね」

「なにを作るつもりだ?」

「それは秘密よ。でも婚約パーティーまでに間に合わせるわ!」

 それから数日を経て、ふたりはファオネア辺境伯の別荘から古城へと戻った。
 きっかけは仮面のライナスのために作っていた魔力低下の治療薬が完成したこと。
 そして行方を追っていたミスティナの弟、アランについての朗報だった。



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