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41 封魔下の聖具
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「この祭壇の結界を神獣が破壊すれば、聖具の羽ペンが手に入る。ようやく……ヴィオレッタの意識を取り戻せる」
「そのためにラウルドを騙したんですね」
声をかけると、黒衣の男はゆっくりと振り返った。
揺れた紫髪はラウルドと同じ色。
彼は『スミレに誓う禁断の愛』で、ヒロインのステラの恋人として登場していた男、コルヴォン。
けれど、その正体は――
「ラウルドだけじゃありません。聖女ステラも、エトワールも、そしてアルージュも」
私は『スミレに誓う禁断の愛』の黒幕に向かい、一歩前へ出る。
「あなたにとってはすべて、道具だった」
「ほう……よく気づいたな」
「あなたはアルージュの嫉妬を利用し、紫髪の幼子……エトワールに神獣を召喚させようとした」
それで私たちがどうなろうと、コルヴォンは何も感じない。
失われた婚約者を取り戻すための、ただの手段だから。
「そして封魔も貫通する神獣の力で大聖堂を破壊し、混乱の隙をついてあなたは聖具を奪う」
――それは『スミレに誓う禁断の愛』のクライマックスに書かれていたシーン。
「その通りだ。すべては、ヴィオレッタとやり直すため」
でも私は前世の記憶を思い出し、別の選択をした。
だから物語は、彼の思惑通りには進まなかった。
コルヴォンは目的を果たすため、今回の事件を計画したのだ。
「そしてお前が俺の邪魔をし続けるのも、ここまでだ。見ろ」
コルヴォンは透明な結界の中で舞う羽ペンを指差した。
宙に描かれる光の線が、ところどころ途切れている。
「この聖具は理を書き換える力を持つ。だが魔力のインクが劣化している」
それで封魔の影響を書き換えきれず、近年は天候が乱れやすくなっていたのだ。
「羽ペンを修復すれば、ヴィオレッタの意識も正常に書き換えられる。そのための方法を探し続け……ついに見つけた!」
彼の声は高揚し、酔いしれるような眼差しがぎらつく。
「神獣の力で封魔下の結界を破壊し、羽ペンを奪う。劣化したインクは、聖女の血で浄化する!」
コルヴォンの目的には聖女と聖具、両方が必要だった。
彼はまず、聖女ステラに近づいた。
けれどステラは馬車事故で亡くなり、聖具も結界に守られたまま。
どちらも、コルヴォンの手には渡らなかった。
だから今、彼は神獣を召喚させて聖具を奪い、劣化したインクを聖女の血で浄化しようとしている。
「わかっただろう。早くエトワールとレオノールを連れてこい」
息が詰まり、声がわずかに揺れた。
「あなたは……幼い子まで危険に曝すつもりですか?」
「世界が俺たちを引き裂いたせいだ!」
コルヴォンは婚約者を魔力暴走に巻き込んだ事実を――自分が愛する人を傷つけたと、どうしても認められないのだ。
「優しいヴィオレッタは、もう俺を見ない……名を呼ばない! 最後の言葉は『危険なことはもう止めて』という叫びだった!」
「それなら、なおさらです。彼女の『危険なことはもう止めて』という言葉を――」
「俺は被害者だ!」
コルヴォンの叫びが、石造りの祭壇に反響した。
「何を犠牲にしても神獣を呼び、世界を破壊する権利がある!」
彼の振り上げた拳の中で、禍々しい魔充具が脈打った。
「アルージュ……お前なら、俺の理想を現実にできる。ラウルドの代わりに、俺の手駒になれ」
「嫌です」
迷いはなかった。
「あなたのような身勝手な人に、子どもたちの発表を台無しにはさせません」
「拒めば、この階層ごと吹き飛ばす」
コルヴォンの背から、黒く歪んだ両翼が広がる。
自らマナの聖水を摂取し、獣化までできるのだ。
「俺はその前に飛び去るがな」
エトワールとレオノール様を差し出さなければ、彼は私を殺す。
(そんな脅しで、私の心が揺れると思ってるの?)
もう誰も、悲劇の登場人物にはさせない。
たとえ彼が鬼才の魔術師でも。
悪喰についてよく知っているのは、私だ。
「そんなことしなくても、聖具の羽ペンは直せますよ」
「夢物語を。現実を正せるのは、俺だけだ」
「本当です。先ほど旦那様と食事をしてから、悪喰が進化したみたいで」
草餅を取ったとき、悪喰で結界を貫通できた。
「信じられないなら、試してみます?」
私は結界へと歩み寄り、その透明な膜へと手を伸ばす。
ためらいなく、その先にある聖具――羽ペンを握った。
ふと心に浮かんだのは、もう目を開けることのない養父の姿。
愛する人を失う痛み。
それだけは、私にもわかる。
(でも、それを理由に世界を壊したりしない。私は違うやり方を選ぶ)
悪喰の力で古びた魔力を吸い取ると、ペン先のくすんだ光が強い輝きを取り戻す。
(書き換えてみせるわ。私の手で、この物語の結末を!)
私は感覚に身を委ね、羽ペンをすらすら走らせた。
燐光の軌跡が一つ、また一つと咲くたびに、暗い地下に澄んだ輝きが満ちていく。
その瞬間、私の意識の奥に――遠く離れた療養院の光景が浮かんだ。
静かな部屋。
目を閉じて寝台に横たわる、一人の女性。
「彼女は、ヴィオレッタさんの意識は……」
「早く、早く取り戻すんだ! 俺を愛する彼女を!」
コルヴォンが私の手から羽ペンを乱暴に奪った。
その衝撃で宙に描かれていた図式が歪んだ、次の瞬間。
稲妻が地下空間を裂き、羽ペンの光が花火のように散った。
世界が白に染まる。
「ぐああっ!!」
自分で書き加えた“雷”を全身に浴び、コルヴォンは床に伏した。
焦げたローブの裾から、白い煙が細く立ち上る。
そのとき、私の意識の先で――
眠り続けていたヴィオレッタが、ゆっくりとまぶたを震わせた。
付き添う家族に呼びかけられ、彼女の開かれた瞳には光と戸惑いが宿っていた。
「ヴィオレッタさんは目を覚ましましたよ。ただ……あなたの記憶だけが、抜け落ちています」
「……違う。俺が、書き換えたかったのは……」
コルヴォンの手が震え、床に落ちた羽ペンがかすかな音を立てた。
(本当のヒロインであるスミレは、これで――コルヴォンの記憶を手放し、新しい人生を歩き出す)
私は床に転がる改造魔充具を拾い上げ、悪喰の力で無効化した。
(はあ……心臓に悪い展開、多すぎたわ)
小さく息を吐く。
そのまま握った羽ペンを見つめていると、ふとした思いつきに笑みがこぼれた。
「そうだわ。浄化した聖具を使って、ちょっとだけ描いて……っと!」
書き足した空間のきらめきを見上げ、満足して頷く。
「これで今ごろ、エトは……それにレオノール様や陛下、お祖父様も驚いているはず。ふふふ」
私は羽ペンを、そっと祭壇の結界内へ戻した。
「さっ。エトのところへ戻って、みんなの反応を見よう。このこと、旦那様にも報告したほうがよさそうだし」
(そんなことをしたら、護衛マシマシ宣言してきそうだけど。でも、色々あったもの。今日はそれでもいいわ)
階段を駆け上がると、鐘の音が響き始めた。
扉を開くと、柔らかな日の光がさし込む。
羽ペンで書き換えられたまばゆい空模様が、祝福のように降り注いでいた。
「そのためにラウルドを騙したんですね」
声をかけると、黒衣の男はゆっくりと振り返った。
揺れた紫髪はラウルドと同じ色。
彼は『スミレに誓う禁断の愛』で、ヒロインのステラの恋人として登場していた男、コルヴォン。
けれど、その正体は――
「ラウルドだけじゃありません。聖女ステラも、エトワールも、そしてアルージュも」
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「あなたにとってはすべて、道具だった」
「ほう……よく気づいたな」
「あなたはアルージュの嫉妬を利用し、紫髪の幼子……エトワールに神獣を召喚させようとした」
それで私たちがどうなろうと、コルヴォンは何も感じない。
失われた婚約者を取り戻すための、ただの手段だから。
「そして封魔も貫通する神獣の力で大聖堂を破壊し、混乱の隙をついてあなたは聖具を奪う」
――それは『スミレに誓う禁断の愛』のクライマックスに書かれていたシーン。
「その通りだ。すべては、ヴィオレッタとやり直すため」
でも私は前世の記憶を思い出し、別の選択をした。
だから物語は、彼の思惑通りには進まなかった。
コルヴォンは目的を果たすため、今回の事件を計画したのだ。
「そしてお前が俺の邪魔をし続けるのも、ここまでだ。見ろ」
コルヴォンは透明な結界の中で舞う羽ペンを指差した。
宙に描かれる光の線が、ところどころ途切れている。
「この聖具は理を書き換える力を持つ。だが魔力のインクが劣化している」
それで封魔の影響を書き換えきれず、近年は天候が乱れやすくなっていたのだ。
「羽ペンを修復すれば、ヴィオレッタの意識も正常に書き換えられる。そのための方法を探し続け……ついに見つけた!」
彼の声は高揚し、酔いしれるような眼差しがぎらつく。
「神獣の力で封魔下の結界を破壊し、羽ペンを奪う。劣化したインクは、聖女の血で浄化する!」
コルヴォンの目的には聖女と聖具、両方が必要だった。
彼はまず、聖女ステラに近づいた。
けれどステラは馬車事故で亡くなり、聖具も結界に守られたまま。
どちらも、コルヴォンの手には渡らなかった。
だから今、彼は神獣を召喚させて聖具を奪い、劣化したインクを聖女の血で浄化しようとしている。
「わかっただろう。早くエトワールとレオノールを連れてこい」
息が詰まり、声がわずかに揺れた。
「あなたは……幼い子まで危険に曝すつもりですか?」
「世界が俺たちを引き裂いたせいだ!」
コルヴォンは婚約者を魔力暴走に巻き込んだ事実を――自分が愛する人を傷つけたと、どうしても認められないのだ。
「優しいヴィオレッタは、もう俺を見ない……名を呼ばない! 最後の言葉は『危険なことはもう止めて』という叫びだった!」
「それなら、なおさらです。彼女の『危険なことはもう止めて』という言葉を――」
「俺は被害者だ!」
コルヴォンの叫びが、石造りの祭壇に反響した。
「何を犠牲にしても神獣を呼び、世界を破壊する権利がある!」
彼の振り上げた拳の中で、禍々しい魔充具が脈打った。
「アルージュ……お前なら、俺の理想を現実にできる。ラウルドの代わりに、俺の手駒になれ」
「嫌です」
迷いはなかった。
「あなたのような身勝手な人に、子どもたちの発表を台無しにはさせません」
「拒めば、この階層ごと吹き飛ばす」
コルヴォンの背から、黒く歪んだ両翼が広がる。
自らマナの聖水を摂取し、獣化までできるのだ。
「俺はその前に飛び去るがな」
エトワールとレオノール様を差し出さなければ、彼は私を殺す。
(そんな脅しで、私の心が揺れると思ってるの?)
もう誰も、悲劇の登場人物にはさせない。
たとえ彼が鬼才の魔術師でも。
悪喰についてよく知っているのは、私だ。
「そんなことしなくても、聖具の羽ペンは直せますよ」
「夢物語を。現実を正せるのは、俺だけだ」
「本当です。先ほど旦那様と食事をしてから、悪喰が進化したみたいで」
草餅を取ったとき、悪喰で結界を貫通できた。
「信じられないなら、試してみます?」
私は結界へと歩み寄り、その透明な膜へと手を伸ばす。
ためらいなく、その先にある聖具――羽ペンを握った。
ふと心に浮かんだのは、もう目を開けることのない養父の姿。
愛する人を失う痛み。
それだけは、私にもわかる。
(でも、それを理由に世界を壊したりしない。私は違うやり方を選ぶ)
悪喰の力で古びた魔力を吸い取ると、ペン先のくすんだ光が強い輝きを取り戻す。
(書き換えてみせるわ。私の手で、この物語の結末を!)
私は感覚に身を委ね、羽ペンをすらすら走らせた。
燐光の軌跡が一つ、また一つと咲くたびに、暗い地下に澄んだ輝きが満ちていく。
その瞬間、私の意識の奥に――遠く離れた療養院の光景が浮かんだ。
静かな部屋。
目を閉じて寝台に横たわる、一人の女性。
「彼女は、ヴィオレッタさんの意識は……」
「早く、早く取り戻すんだ! 俺を愛する彼女を!」
コルヴォンが私の手から羽ペンを乱暴に奪った。
その衝撃で宙に描かれていた図式が歪んだ、次の瞬間。
稲妻が地下空間を裂き、羽ペンの光が花火のように散った。
世界が白に染まる。
「ぐああっ!!」
自分で書き加えた“雷”を全身に浴び、コルヴォンは床に伏した。
焦げたローブの裾から、白い煙が細く立ち上る。
そのとき、私の意識の先で――
眠り続けていたヴィオレッタが、ゆっくりとまぶたを震わせた。
付き添う家族に呼びかけられ、彼女の開かれた瞳には光と戸惑いが宿っていた。
「ヴィオレッタさんは目を覚ましましたよ。ただ……あなたの記憶だけが、抜け落ちています」
「……違う。俺が、書き換えたかったのは……」
コルヴォンの手が震え、床に落ちた羽ペンがかすかな音を立てた。
(本当のヒロインであるスミレは、これで――コルヴォンの記憶を手放し、新しい人生を歩き出す)
私は床に転がる改造魔充具を拾い上げ、悪喰の力で無効化した。
(はあ……心臓に悪い展開、多すぎたわ)
小さく息を吐く。
そのまま握った羽ペンを見つめていると、ふとした思いつきに笑みがこぼれた。
「そうだわ。浄化した聖具を使って、ちょっとだけ描いて……っと!」
書き足した空間のきらめきを見上げ、満足して頷く。
「これで今ごろ、エトは……それにレオノール様や陛下、お祖父様も驚いているはず。ふふふ」
私は羽ペンを、そっと祭壇の結界内へ戻した。
「さっ。エトのところへ戻って、みんなの反応を見よう。このこと、旦那様にも報告したほうがよさそうだし」
(そんなことをしたら、護衛マシマシ宣言してきそうだけど。でも、色々あったもの。今日はそれでもいいわ)
階段を駆け上がると、鐘の音が響き始めた。
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羽ペンで書き換えられたまばゆい空模様が、祝福のように降り注いでいた。
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