【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆

文字の大きさ
44 / 45

44 告白

しおりを挟む
   ◇

 身体の奥で荒れていた魔力が鎮まり、代わりに温かさが広がっていく。
 この心地よさを、私は知っている。
 そう気づいた瞬間、意識がふわりと浮かび上がった。

(ここ……どこ?)

 私の身体を包み込む、ふかふかのベッド。

(そうだ。啓示の儀の後、魔力暴走を起こしかけたまま気を失って……)

 ふと、安らかな寝息が私の耳をくすぐる。
 すぐそばに人の気配を感じて、視線をそっと隣に向ける。

 至近距離に、麗しく整った公爵の寝顔があった。

(美貌が近すぎるわっ!)

 反射的に身を引こうとした。
 けれど逃れるどころか、彼の引き締まった腕にさらに強く抱き寄せられた。

(ちがう、ちがう、ちがう!)

 声を出すことも忘れてもがいていると、公爵はまぶたをそっと開けた。

「……起きたか。無理をするな。お前は俺の腕の中で寝ていればいい」

 しかし、それどころではない。

「なんで上半身裸なんですか!」

「俺の体に魔術を刻んでいる。お前に触れるのに服は邪魔だ」

(言い方ってものがあるでしょうが!!)

「治癒を早めるには、これからすべて――」

「脱がなくていいです」

(どこまで過保護を極める気……!)

 こちらの動揺など意に介さず、公爵はくつろいだ様子で私を見つめる。

「それなら、お前の魔力が安定するまでは、こうしていないといけない」

 公爵は許可をもらったかのように、私を抱きしめ直してきた。
 視線を落とすと、彼の上半身には緻密な魔術紋が描かれている。

「体は楽になったか?」

「……はい」

 確かに、倒れたときに感じた魔力の圧迫感は、嘘のように消えていた。

「まさか旦那様、私の魔力を引き受けるために、一晩中こうして……?」

「皆を救えても、アルージュが壊れるなら意味はない。それだけは、最初から変わらない」

 胸の奥が、ちくりと痛んだ。
 私が倒れたときの彼の思いに、気づいていなかった。

「ごめんなさい。心配、かけました……」

「そんな風に、ひとりで抱えこまなくていい。次は俺が助ける番だ」

 温かい手が伸びてきて、私の掌をすっぽりと包み込む。

「男爵領の時だけではない。悪喰になる前……獣化するほど苦しんでいた俺を、ずっと介抱してくれただろう」

「あれは、私自身のためでもありました」

 癒したのは、死にかけていた黒獣だけではなかった。
 養父を失って空っぽになっていた、私の心だったのだ。

 大きな手のひらが、私の頭をそっと撫でる。

「あの日からずっと、お前を忘れられなかった。これからは俺がお前を癒す」

「もう平気です。これ以上私の魔力を取り込んだら、旦那様の方が……」

「妻を抱くのは、夫の特権だろう?」

「で、でももともと、監視のための結婚だったはずで……!」

「ああ。お前を他の男に近づけないための監視だ」

「な……」

「これで遠慮なく、かわいい妻を独り占めできる」

 その瞳に迷いはない。ただ真っ直ぐに、私だけを見ていた。

「アルージュ、愛している」

 一片の曇りもない告白。
 それに対する返事のように、私の頬があっという間に熱を帯びる。

 隠しようもないその反応に、公爵はどこか愉しそうに微笑んだ。

「そういえば。まだ一度しか、俺の名前を呼んでもらっていないな」

「……え?」

「今、呼んでほしい」

 囁きとともに、彼の微笑みがゆっくりと近づいてくる。

 こうして私は一日中、彼の腕の中でとろけるほど甘やかされることになった。

   ◇

 三日後。
 私は大聖堂の聖務室を訪ねていた。

 大聖女の今後について新たな提案を伝えると、大司教は穏やかな笑みを浮かべてうなずく。

「すぐに早馬を出そう」

 大司教はあっという間に書状の手配を終える。
 それから私と向かい合い、ソファに腰を下ろした。

「アルージュ、改めて礼を言おう。大聖堂の甘味が好評でな。一流の魔術師たちまで列を作るようになった」

 先日の啓示の儀で、来場者の人々の魔力が一時的に増えた。
 あれは、召喚された異界の食材に、聖具の羽ペンの祝福が宿るためだった。

 ただ、エトワールのように潜在魔力が多すぎる場合は、身体に負担がかかってしまう。
 そのため大聖堂支店の軽食は、魔力鑑定を終えた者だけが購入できる仕組みになっている。

(魔力が反応する、食物アレルギーみたいなものよね!)

 扱い方さえ間違えなければ、祝福を宿した食材は危険ではなく、美味しい恵みになる。

 そんなこともわかったばかりだし、この世界のスイーツ事情は、まだまだ伸び代だらけだ。

(ガラケーからスマホに進化したけど、アプリや機能は全然足りない、って感じだもの!)

 さらなるスイーツ革命のために、まずは不満と要望の把握を始めている。

「そういえば、支店の脇に設置した目安箱とやらに、何か反応はあったか?」

「はい。魔術師の方々からは『魔力の制御より、胃袋の制御の方が難しい』と……」

「やはり……アルージュの甘味は、魔術よりも信仰よりも強い力を持つようだな」

 抹茶パフェをすくい、真顔で頬張る大司教。
 本気なのか冗談なのかわからないその表情に、思わず吹き出しそうになった。

   ◇

 その後。
 罪を犯した二人には、それぞれ相応の裁きが下された。

 ラウルドは悪質な無断侵入、危険な改造魔充具に関与した罪を問われ、帝国本土から永久追放となった。
 現在は過酷な鉱山で、罪を償っているという。

 コルヴォンは逃亡中に積み重ねてきた罪と、今回の大聖堂内での蛮行により、極刑に処された。
 ヴィオレッタの記憶から自分の存在が消えた彼は、静かに裁きを受け入れたそうだ。

(ようやく、彼らは私の中で、「過去」になったのかもしれない)

 明け方。
 いつもより早く目が覚め、私は寝室の窓を開けた。
 夜の名残が薄れ、空は少しずつ朝焼けの色へ変わっていく。

(これからの私に――彼らとの物語は、もう要らない)

 それでいいと思えた。

   ◇

 雲ひとつない、穏やかなその日。
 大聖堂の前庭には、大司教をはじめとする聖職者たちが集い、皇族の馬車を待っていた。
 エトワールと大聖女は、澄んだ朝の空気を胸いっぱいに吸い込み、声を弾ませた。

「おひさまが、ここちよいですわ!」

「ぽかぽかちてるの!」

 やがて、皇族の紋章を刻んだ馬車が滑り込むようにやってきて、静かに止まった。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
目が覚めると私は昔読んでいた本の中の登場人物、公爵家の後妻となった元王女ビオラに転生していた。 人嫌いの公爵は、王家によって組まれた前妻もビオラのことも毛嫌いしており、何をするのも全て別。二人の結婚には愛情の欠片もなく、ビオラは使用人たちにすら相手にされぬ生活を送っていた。 それでもめげずにこの家にしがみついていたのは、ビオラが公爵のことが本当に好きだったから。しかしその想いは報われることなどなく彼女は消え、私がこの体に入ってしまったらしい。 嫌われ者のビオラに転生し、この先どうしようかと考えあぐねていると、この物語の主人公であるルカが声をかけてきた。物語の中で悲惨な幼少期を過ごし、闇落ち予定のルカは純粋なまなざしで自分を見ている。天使のような可愛らしさと優しさに、気づけば彼を救って本物の家族になりたいと考える様に。 二人一緒ならばもう孤独ではないと、私はルカとの絆を深めていく。 するといつしか私を取り巻く周りの人々の目も、変わり始めるのだったーー

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、すれ違いの末に離れ離れになった夫婦の物語。 再会したとき、二人が選ぶのは「離婚」か、それとも「再構築」か。 妻を一途に想い続ける夫と、 その想いを一ミリも知らない妻。 ――攻防戦の幕が、いま上がる。

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。

山田 バルス
恋愛
 結婚三年目の春、エマは伯爵家の夫アンドレオから突然、側室を迎える話を告げられる。子をなせなかったことを理由に、彼女は僅かな補償のみで離縁された。妻として過ごした三年間は「無価値だった」と突きつけられ、エマは貴族社会から静かに切り捨てられる。  また実家の父母の墓参りに行くと、当主になっていた兄に離縁金を奪われてしまう。  大ピンチのエマには、秘密があった。なんと彼女は幼少期に前世の記憶を思い出していたのだ。  かつて観光地で石を磨き、アクセサリーを作り、人に喜ばれる仕事をしていた人生。何も持たない今だからこそ、もう一度「自分の手で生きる」ことを選び、あの人が住む商業国家スペイラ帝国へ向かう決意をする。  国境への道中、盗賊に襲われるが、護衛兵ロドリゲスの活躍で難を逃れる。彼の誠実な態度に、エマは「守られる価値のある存在」として扱われたことに胸を打たれた。  スペイラ帝国では身分に縛られず働ける。エマは前世の技術を活かし、石を磨いてアクセサリーを作る小さな露店を始める。石に意味を込めた腕輪やペンダントは人々の心を掴み、体験教室も開かれるようになる。伯爵夫人だった頃よりも、今の方がずっと「生きている」と実感していた。  ある朝、ロドリゲスが市場を訪れ、エマの作ったタイガーアイの腕輪を購入する。ところがその夜、彼は驚いた様子で戻り、腕輪が力を一・五倍に高める魔道具だと判明したと告げる。エマ自身は無意識だったが、彼女の作るアクセサリーには確かな力が宿っていた。  後日二人は食事に出かけ、エマは自分が貴族の妻として離縁された過去を打ち明ける。ロドリゲスは強く憤り、「最悪な貴族だ」と彼女と一緒になって怒ってくれた。その気持ちが、エマにとって何よりの救いだった。彼は次に防御力を高める腕輪を依頼し、冒険者ギルドで正式な鑑定を受けるよう勧める。  翌日、冒険者ギルドで鑑定を行った結果、エマの腕輪は高い防御効果を持つことが判明。さらに彼女自身を鑑定すると、なんと「付与特化型聖女」であることが明らかになる。聖女が付与した魔道具は現実の力として強く発現するのだ。  価値がないと切り捨てられた人生は、ここでは確かな力となった。スペイラ帝国で、聖女エマの新しい人生が、静かに、そして輝かしく始まる。

処理中です...