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5・3 美しい罠
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商人は渡されたスカーフを丁寧に折りたたむと、エルーシャに頭を下げた。
「さっそくこのスカーフを妻に渡して、体調管理に役立てようと思います。しかしエルーシャ様のすばらしい発想と技術には感服いたしました。エルーシャ様のお考えもあるでしょうが、このスカーフが一般的に流通すれば魔病の治療がもっと身近になります。どうにか人々に行き渡るようにしてほしいものです」
「ええ、量産型に改良できないか検討していますので、」
「そ、それはなんの話だ?」
ロイエは令嬢たちの口撃から逃げるように、会話へ割り込んでくる。
「ホルスト、お前の持っているスカーフに付いた透明な石ころが売り物になるのか?」
「石ころなんて、とんでもない。この魔力測定石は、ディートハルト殿下の天恵を証明したではありませんか。普及すれば、魔病治療はさらに進歩するでしょう!!」
「つまり、金になるんだな?」
ロイエが念を押すと、商人はつぶらな瞳をぱちぱちとしばたく。
「え? ええ、そうなるでしょうね。たくさんの方がお求めになる品ですから……」
「それは助かった、ちょうど賭博で膨らんだ借金が……い、いや。その話はいい」
「このスカーフに関して、なにかお考えがあるのですか?」
「当然だ。エルーシャは俺の婚約者、つまり将来の妻だ。だからその透明な石ころの利権は俺のものだし、価格も俺が決める。王家御用達として売り込めば、値をつり上げやすそうだ」
ロイエはにやにやと、自分だけに都合のよい算段をはじめる。
商人は思いつめた様子で、エルーシャからもらったばかりのスカーフを握りしめた。
「これはエルーシャ様がご両親の研究を引き継いだ、彼女にとっては金銭にかえられない財産です。いくら婚約者といっても、」
「うるさいっ!」
珍しく言い返してくる商人に、ロイエは怒鳴った。
「わかったぞ。お前が俺を通さずエルーシャに近づいていた理由が。どうせこの石ころの話を俺に隠して、自分だけ儲けようと企んでいたんだろう!」
「そ、そんなつもりは決して……!」
「俺に口答えするのか、忌々しい! そんなやつの品は買う気が失せた!!」
「ろ、ロイエ様……」
ロイエはいい気味だとでも言うような態度で、商人に背を向ける。
「俺は金輪際、お前の商品を利用するつもりはな――」
「ちょうどよかったわ!」
エルーシャはロイエを素通りして、商人へ歩み寄っていく。
「ホルストさん、私の叔母が運営する施療院に、薬草などを定期的に納入してくれませんか?」
「!?」
エルーシャの提案に、ロイエは目を剥いて驚いている。
「エルーシャ、どういうことだ! ホルストは俺と、」
「取引をやめたのよね? 金輪際、商品を利用するつもりはないのよね?」
「……」
なにも言えないロイエのそばで、商人は申し訳無さそうな顔をした。
「エルーシャ様は私に情けをかけて、施療院との取引を提案してくださるのですか?」
「いいえ、ホルストさんだから施療院の品をお任せしたいんです。ホルストさんは奥様の魔病の後遺症を治したい一心で各地を回り、治療に関する品を探し続ける情熱のある方ですから」
「エルーシャ様……」
商人の表情が晴れやかになっていく。
彼は大口の取引相手を失った直後、それ以上に魅力的な取引が舞い込んだことに気づいたらしい。
商人は熱意に溢れた様子で表情を輝かせた。
「施療院のため、ぜひ私に協力させてください!」
「協力するのはホルストさんの方だけではありませんよ。叔母は魔病の後遺症に詳しい薬師です。きっと奥様に合う薬のことで力になってくれます」
「エルーシャ様の叔母様……。その方はもしや、ジュファティー領主でありながら薬師としても一流の、あのヘレナ先生ですか!?」
「はい。叔母のハーブティーは味もおいしいんです。遠慮せず相談してくださいね」
「ぜひ、ぜひよろしくお願いします!!」
涙もろい商人は瞳をうるませて感謝している。
しかしロイエは面白くなさそうだった。
「エルーシャ、なぜ俺を無視する!」
「あらロイエ。どうかしたの?」
「ホルストの協力なんていらないだろう! 婚約者の俺がいるんだぞ!」
「つまりロイエも協力してくれるのね?」
ロイエは怪訝な顔をした。
「な、なんだ急に」
「急ではないわ。あなたは先ほど、魔力測定石の利権が自分のものだと言ったでしょう。だから商品化したとき、品物がたくさん売れるように協力してくれるわよね?」
「そんなこと俺ではなく、他の奴にやらせればいいだろう」
「でもロイエだって『王家御用達として売り込めば値をつり上げやすそうだ』と話していたじゃない。格式の高い方が利用していると、品物のイメージがよくなるもの」
エルーシャの話術にはまったロイエは、なにも疑わず得意げな顔をする。
「俺に憧れる者は多いだろう。そいつらに商品をたくさん売れば、俺の利益も上がるということか……」
「決まりね。この魔石に触れてみて」
エルーシャの示した先には、スカーフに付いているものよりずっと大きな魔力測定石が浮かんでいた。
「このでかい石なら知っている。初等科の入学前に受ける、魔力測定の儀に使うものだろう」
「それを改良したものよ。王国からその品質が認められて、展覧会に出品することができたの。ディートハルト殿下の天恵も証明したわ」
噂の魔力測定石に、周囲の注目が集まっている。
「仕方ないな。英雄の実力を見せるとしようか」
ロイエは気をよくした様子で、その魔石に触れた。
彼の魔力はすぐ解析され、空中に簡潔な文面が浮かび上がる。
「これはロイエの魔力情報よ」
エルーシャが文字の表面を軽く撫でる。
文面は周囲の者も見やすいほどに拡大された。
ロイエはそれを退屈そうに眺める。
「なんだ。以前に受けた測定と変わらないな」
「ええ。改良点は、過去の魔力の状態を調べられることよ」
ほどなく内容が追加される。
現れていた文面の下に、新たな情報が書かれていた。
荒魔履歴:なし
魔病履歴:なし
(やっぱり……)
そのまま黙り込んだエルーシャに、ロイエは満足げに頷いた。
「俺は天恵『魔力堅固』を持つからな。貧弱な魔力のやつらとは違い、今まで魔病を起こしたことがない。どうやら荒魔竜を倒した英雄の実力が証明されたようだ」
「いいえ、逆よ」
「逆?」
「荒魔竜は近づいた者の魔力を強制的に荒らす、抗えない荒魔を放っているわ。そしてこの『荒魔履歴:なし』という魔力測定が示すことはただひとつ――」
人々の注目の中、エルーシャはロイエが隠していた事実を突きつける。
「ロイエ、あなたは荒魔竜を倒すどころか遭遇すらしていないわよね?」
それは疑問ではなく、確認だった。
「さっそくこのスカーフを妻に渡して、体調管理に役立てようと思います。しかしエルーシャ様のすばらしい発想と技術には感服いたしました。エルーシャ様のお考えもあるでしょうが、このスカーフが一般的に流通すれば魔病の治療がもっと身近になります。どうにか人々に行き渡るようにしてほしいものです」
「ええ、量産型に改良できないか検討していますので、」
「そ、それはなんの話だ?」
ロイエは令嬢たちの口撃から逃げるように、会話へ割り込んでくる。
「ホルスト、お前の持っているスカーフに付いた透明な石ころが売り物になるのか?」
「石ころなんて、とんでもない。この魔力測定石は、ディートハルト殿下の天恵を証明したではありませんか。普及すれば、魔病治療はさらに進歩するでしょう!!」
「つまり、金になるんだな?」
ロイエが念を押すと、商人はつぶらな瞳をぱちぱちとしばたく。
「え? ええ、そうなるでしょうね。たくさんの方がお求めになる品ですから……」
「それは助かった、ちょうど賭博で膨らんだ借金が……い、いや。その話はいい」
「このスカーフに関して、なにかお考えがあるのですか?」
「当然だ。エルーシャは俺の婚約者、つまり将来の妻だ。だからその透明な石ころの利権は俺のものだし、価格も俺が決める。王家御用達として売り込めば、値をつり上げやすそうだ」
ロイエはにやにやと、自分だけに都合のよい算段をはじめる。
商人は思いつめた様子で、エルーシャからもらったばかりのスカーフを握りしめた。
「これはエルーシャ様がご両親の研究を引き継いだ、彼女にとっては金銭にかえられない財産です。いくら婚約者といっても、」
「うるさいっ!」
珍しく言い返してくる商人に、ロイエは怒鳴った。
「わかったぞ。お前が俺を通さずエルーシャに近づいていた理由が。どうせこの石ころの話を俺に隠して、自分だけ儲けようと企んでいたんだろう!」
「そ、そんなつもりは決して……!」
「俺に口答えするのか、忌々しい! そんなやつの品は買う気が失せた!!」
「ろ、ロイエ様……」
ロイエはいい気味だとでも言うような態度で、商人に背を向ける。
「俺は金輪際、お前の商品を利用するつもりはな――」
「ちょうどよかったわ!」
エルーシャはロイエを素通りして、商人へ歩み寄っていく。
「ホルストさん、私の叔母が運営する施療院に、薬草などを定期的に納入してくれませんか?」
「!?」
エルーシャの提案に、ロイエは目を剥いて驚いている。
「エルーシャ、どういうことだ! ホルストは俺と、」
「取引をやめたのよね? 金輪際、商品を利用するつもりはないのよね?」
「……」
なにも言えないロイエのそばで、商人は申し訳無さそうな顔をした。
「エルーシャ様は私に情けをかけて、施療院との取引を提案してくださるのですか?」
「いいえ、ホルストさんだから施療院の品をお任せしたいんです。ホルストさんは奥様の魔病の後遺症を治したい一心で各地を回り、治療に関する品を探し続ける情熱のある方ですから」
「エルーシャ様……」
商人の表情が晴れやかになっていく。
彼は大口の取引相手を失った直後、それ以上に魅力的な取引が舞い込んだことに気づいたらしい。
商人は熱意に溢れた様子で表情を輝かせた。
「施療院のため、ぜひ私に協力させてください!」
「協力するのはホルストさんの方だけではありませんよ。叔母は魔病の後遺症に詳しい薬師です。きっと奥様に合う薬のことで力になってくれます」
「エルーシャ様の叔母様……。その方はもしや、ジュファティー領主でありながら薬師としても一流の、あのヘレナ先生ですか!?」
「はい。叔母のハーブティーは味もおいしいんです。遠慮せず相談してくださいね」
「ぜひ、ぜひよろしくお願いします!!」
涙もろい商人は瞳をうるませて感謝している。
しかしロイエは面白くなさそうだった。
「エルーシャ、なぜ俺を無視する!」
「あらロイエ。どうかしたの?」
「ホルストの協力なんていらないだろう! 婚約者の俺がいるんだぞ!」
「つまりロイエも協力してくれるのね?」
ロイエは怪訝な顔をした。
「な、なんだ急に」
「急ではないわ。あなたは先ほど、魔力測定石の利権が自分のものだと言ったでしょう。だから商品化したとき、品物がたくさん売れるように協力してくれるわよね?」
「そんなこと俺ではなく、他の奴にやらせればいいだろう」
「でもロイエだって『王家御用達として売り込めば値をつり上げやすそうだ』と話していたじゃない。格式の高い方が利用していると、品物のイメージがよくなるもの」
エルーシャの話術にはまったロイエは、なにも疑わず得意げな顔をする。
「俺に憧れる者は多いだろう。そいつらに商品をたくさん売れば、俺の利益も上がるということか……」
「決まりね。この魔石に触れてみて」
エルーシャの示した先には、スカーフに付いているものよりずっと大きな魔力測定石が浮かんでいた。
「このでかい石なら知っている。初等科の入学前に受ける、魔力測定の儀に使うものだろう」
「それを改良したものよ。王国からその品質が認められて、展覧会に出品することができたの。ディートハルト殿下の天恵も証明したわ」
噂の魔力測定石に、周囲の注目が集まっている。
「仕方ないな。英雄の実力を見せるとしようか」
ロイエは気をよくした様子で、その魔石に触れた。
彼の魔力はすぐ解析され、空中に簡潔な文面が浮かび上がる。
「これはロイエの魔力情報よ」
エルーシャが文字の表面を軽く撫でる。
文面は周囲の者も見やすいほどに拡大された。
ロイエはそれを退屈そうに眺める。
「なんだ。以前に受けた測定と変わらないな」
「ええ。改良点は、過去の魔力の状態を調べられることよ」
ほどなく内容が追加される。
現れていた文面の下に、新たな情報が書かれていた。
荒魔履歴:なし
魔病履歴:なし
(やっぱり……)
そのまま黙り込んだエルーシャに、ロイエは満足げに頷いた。
「俺は天恵『魔力堅固』を持つからな。貧弱な魔力のやつらとは違い、今まで魔病を起こしたことがない。どうやら荒魔竜を倒した英雄の実力が証明されたようだ」
「いいえ、逆よ」
「逆?」
「荒魔竜は近づいた者の魔力を強制的に荒らす、抗えない荒魔を放っているわ。そしてこの『荒魔履歴:なし』という魔力測定が示すことはただひとつ――」
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