もしも僕がいなくなったら

そらね

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第1章

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 雨が降ってきた。
「あと一時間ちょっとで着くよ。まぁこんな雨じゃ無理か」
 僕たちは、雨のせいでしばらく近くにあった空き家に雨宿りすることになった。
「雨っていいよね」
「カゲは雨が好きなの?」
「あぁ。雨って落ち着く。洗い流してくれるようでさ」
「洗い流してくれる?」
「嫌なことも嬉しいことも全てね」
「リセットボタンみたいだ」
「まさか」
 雨は次第に強さを増していった。隣にいるカゲの横顔はなんだか哀しいような気がした。
 カゲは今までどうやって生きてきたのだろうか?
「カゲって、今まで普通に生きてきたの?」
 カゲは僕をしばらく見つめて微笑んだ。
「普通以外何もないよ。僕はこの世界に来てから普通を学んだ。僕も最初は、無の一員だったんだ」
 カゲは無理して笑っている。涙をこらえてるような…。暗くてよく顔が見えない。
「無?カゲも感情がなかったの?」
「もちろん。愼くんが珍しいだけだよ。僕は愼くんみたいな人に助けてもらったんだ。もうこの世界にはいないけど」
「いないの?」
「表側に戻った」
「え?」
 戻ることが可能だなんて聞いていない。
「彼は特別だったんだ。特別」
「僕は、表側に戻れたりするの?」
「さぁ。わからない。雨止みそうにないから、少しだけ僕の話を聞かせてあげるよ」
 僕はうなずいた。カゲの話には面白みもあったり自分に役立ちそうなことも含まれている。たまにわからないこともあるけど。
「じゃぁ話を始めるよ。これは五年前のこと」
 空き家には、カゲの声と雨の音だけが響いていた。
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