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空中哨戒

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 基地上空に着いた忠弥は上空で操縦桿を思いっきり左に倒し、三六〇度のロール、機体を反時計回りに一回転させた。
 それを終えると、反対方向へロールを行い、最後にもう一度左ロールを決めた。
 ビクトリーロール――無事の帰還、あるいは空対空戦闘で勝利したときに行う一種の栄誉だ。
 やり方は色々あるが通常は、左右どちらかのロールを行う。
 忠弥は、マイルールで撃墜した回数分、左ロールと右ロールを繰り返している。
 それが部隊全体に広がり、撃墜があったパイロット達は忠弥と同じようにビクトリーロールを行った。
 昴も左右一回ずつロールして二機撃墜をアピールした。
 もっとも自己申告に過ぎないため、のちの撃墜判定で誤りという事が多い。
 だが、忠弥の場合は敵機が墜落するところまで見ているため間違いは少ない。
 そのため四回のロールを見た整備員達は歓声を上げ着陸を迎えしれた。



「お疲れ様です。隊長」

 味方の飛行場にたどり着いた忠弥は相原少佐の出迎えを受けた。

「五機撃墜お見事です。またしてもエースインアデイですね」
「ありがとう。だが一機は敵のミスで接触によって落ちた」
「そうなるように誘導したんでしょう。撃墜にカウントしてもよろしいのでは?」
「機銃で撃墜したものだけにしておくよ」
「了解しました。それでも四機撃墜。空軍の名声はまたしても上がりますな」
「だが地上のお友達は不満なのだろう」

 忠弥の呟きを相原は顔を曇らせつつ認めた。
 敵の観測機を絶対に接近させないよう、四六時中戦闘機を飛ばすように共和国軍を初めとする地上部隊から要請されている。
 自分たちの頭上を飛ぶのが敵機だと安心出来ないからだ。
 しかし忠弥は拒否していた。
 現状の飛行機は、空を飛ぶだけで消耗する。
 一日中飛んだら、エンジンをオーバーホールする必要がでるくらいだ。
 飛行機が消耗すると必要なときに必要な機体が揃わない。
 それに交代の飛行機のやりくりも大変だ。
 上空に四機の機体を常に上げるとなると、最低でもその三倍、出来れば六倍が必要とされている。
 上空にいるのが四機、飛行場への行き来に四機、整備と休養に四機が最低限必要だからだ。
 予備や休憩の時間を考えると、その倍、六倍の機体が必要とされる理由だ。
 機体もそうだが、パイロットの疲労も激しい。
 彼らの休憩時間を作るためにも、六倍の機体が必要だ。
 機体を交代でパイロットが使う制度も導入しているが、それでもパイロットの疲労は激しい。
 無理して上げても少数の機体だと獲物でしかない。
 敵は三倍以上の機体を送り込んできて、撃墜しようとするだろう。
 忠弥程度なら返り討ち出来るが、他のパイロット達はそれほど腕は無く、敵の数が多いと撃墜されてしまう。
 まして、上空待機で疲れ切っているパイロットの操る戦闘機など七面鳥のように動きが遅く獲物でしかない。
 だから、忠弥は優位な空域でしか戦闘機は活動させていない。
 あるいは多数の機体で敵陣地を襲撃するだけだ。
 それが、地上部隊には空軍は気まぐれに飛んでくる連中で、俺たちを常に援護してくれるわけではない、という思いを抱かせてしまっていた。

「共和国軍の航空部隊はできる限り上空待機していますが」
「損害は激増しているだろう」

 忠弥は吐き捨てるように言った。
 皇国空軍は同盟国と言うこともあり、共和国も命令できない。
 だが、共和国軍の指揮下にあるテストの航空部隊は違う。
 常に上空で待機するように命じられ、実際に航空機を送り込み消耗し撃墜されていった。
 現状を変えるようにテストは訴えているが、超攻撃主義の共和国軍上層部は耳を貸さず、軟弱だとなじり、上空待機を続けるように命じていた。

「王国軍も減っていますね」

 重要な同盟国である共和国の要請を受けた王国軍は応援の戦闘機部隊を出して上空待機さ撃墜されていった。
 自国の陣地でも同じように上空待機させているため、王国軍戦闘機部隊の損害が多かった。
 忠弥はその点を指摘して上空待機を拒んでおり、一機たりとも出していない。
 そのため皇国空軍は自分勝手だと不満の声が上がっていた。
 だが、必要なところ――帝国軍の強力な砲兵部隊に攻撃を必ず実施してくれるため、表だって非難はしてこない。

「それで、我々にも上空待機の要請が出ているのか?」

 毎日のように上空待機の要請が出ているが、忠弥は握りつぶしている。
 地上でも不必要な損害を出している連中に、大切な飛行機を消耗させるためだけに差し出す気にはなれなかった。
 むしろ自分たちを見習えと言ってやっているが、そのたびに何故かカンカンに怒って帰って行く。
 少ない損害で多大な戦果を上げている忠弥達の部隊のようにどうして戦えないのか、忠弥には不思議だった。
 ヴォージュ要塞攻防戦の際、編成された統合空軍は戦闘終了と共に休戦を疑った共和国が離脱し、王国も独自の空軍を作り出そうとして部隊を引き上げ、事実上解体された。
 今、忠弥が指揮しているのは皇国空軍のみだった。
 部隊規模は小さくなったが余計な責任――無謀な共和国軍の支援という役目を果たさずに済んでいるのは幸運と言えた。
 そんな嫌な任務に加われという要請は勘弁願いたい。

「いえ、それとは別の場所から応援要請が出ています」
「何処ですか?」

 前線以外から応援要請が出てくるのは珍しく忠弥は尋ねた。
 そしてそれは予想外の場所だった。

「王国本土です」
「どうして王国本土から応援要請が出てくるのですか?」

 王国は旧大陸の隣接島であり、戦場からは海を隔てているため、平和だ。
 狭いところでほんの数十キロの海峡だが大陸から離れている。
 しかも帝国からは遠く片道ならともかく、重い爆弾を積み込んで爆撃できるような機体を帝国軍はまだ持っていないはずだった。

「それが先日王国本土が爆撃されました。それも王都近郊の町が」
「どういうことです?」
「帝国軍は飛行船を投入しました」
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