11 / 18
すれ違う二人
しおりを挟む最初はお互いの体験を共有するためのきっかけだったはずの「ニューフレームVR」。しかし、いつしか幸一と美由紀はそれぞれ別々のバーチャル世界に深く入り込むようになっていた。
美由紀のスマートフォンには、幸一からの未読メッセージがいくつも溜まっている。
「最近どう?」
「週末は空いてる?」
「話したいことがあるんだ。」
最初は返事をするつもりだった。しかし、「また今度」と後回しにしているうちに、メッセージの通知が増えていくことに気まずさを感じ、いつしか返事をしなくなってしまった。
一方で幸一も、美由紀からのメッセージを見なくなった頃には、それを気にすることも減っていた。彼の意識は、もっぱらバーチャルな世界での新たな冒険や体験に向いていたからだ。
---
### 二つの世界
美由紀は最近、男性としての体験にさらにのめり込んでいた。バーチャルな職場でのキャリアを築き上げ、現実ではありえないリーダーシップを発揮する自分に、充実感を覚えていた。
「ここでは、性別も過去も関係ない。ただ、自分がどう振る舞うかだけ。」
その世界での人間関係は、現実以上に自由だった。SNSやチャットでのやりとりも気軽で、どこか本音を言いやすい雰囲気があった。
一方の幸一は、異世界ファンタジーを舞台にしたバーチャルプログラムで新たな人生を満喫していた。冒険者としてドラゴンを倒し、村人たちから感謝される自分は、会社員としての自分とは全く違う存在だ。
「現実では決して得られない達成感が、ここにはある。」
彼はその感覚を繰り返し味わうことで、次第に現実世界の些細な悩みやストレスを忘れていった。
---
### 薄れていく現実
ある日、美由紀は気づいた。
「そういえば、幸一のこと、最近全然考えてないな……。」
スマホを手に取るが、彼の連絡先を開く手が止まる。最後に会ったのはいつだろう?何を話したっけ?そんな記憶さえ曖昧になっている。
それでも、どこか焦りや後悔の感情は湧いてこなかった。
「これでいいのかもしれない。私にはこの世界があるし、幸一もきっと同じ。」
その頃、幸一もまた、美由紀の存在を思い返していた。だが、思い出してはすぐに「まあいいか」と自分に言い聞かせ、再びバーチャルの冒険に没頭する。
---
### すれ違う二人
いつしか、二人は現実でのつながりを完全に失っていた。それぞれがバーチャルな世界で理想の自分を生きる中で、現実の人間関係は薄れていった。
だが、幸一も美由紀も、それを悲しいとは思わなかった。むしろ、どこか安堵していた。
「現実の関係には、どうしても期待や責任がついて回る。でも、この世界なら、それがない。」
彼らにとって、バーチャルの世界は新しい居場所だった。
---
### 「これでいい」二人の選択
ある日のログイン中、美由紀は偶然、街中ですれ違った冒険者のアバターに既視感を覚えた。それは幸一のものだった――彼が以前話していたアバターの特徴そのままだ。
だが、美由紀は声をかけなかった。幸一も、美由紀の存在には気づいていない様子だった。
「声をかけたら、どうなるんだろう……。」
一瞬の迷いの後、美由紀は何も言わず、通り過ぎた。
「きっと、これでいい。」
彼女はそう自分に言い聞かせながら、また別の街へと歩き出した。一方の幸一もまた、その日のことを特に気にする様子はなかった。
---
### 終わらない物語
現実では、二人の関係は止まったままだったが、バーチャルな世界の中では、二人それぞれが新たな人生を歩んでいた。そこに罪悪感や後悔はなく、ただ自由と充実感があった。
「現実を捨てるわけじゃない。ただ、ここもまた一つの世界なんだ。」
そうして、二人のバーチャルな物語は続いていく。現実とは異なる形で、互いの人生を歩みながら。
---
0
あなたにおすすめの小説
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる