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不思議な体験
しおりを挟む幸一は、バーチャルな世界にログインするたびに感じていた違和感に気づき始めていた。この世界は単なるファンタジーではなく、現実の社会や人間関係を精密に再現している。「ニューフレームVR」が進化した最新プログラムでは、現実世界の地理、施設、そしてそこにいる人々の行動までがリアルタイムで模倣されているのだ。
ある日、幸一は興味本位で女性アバターを選び、街を歩いていた。柔らかな髪が肩に触れる感覚、普段とは異なる視線を感じる街中の雰囲気――その全てが新鮮で、同時にどこか落ち着かない。
「これが、女性として生きる感覚……。」
そんなことを考えながら、彼は現実そっくりに再現された会社の近くを歩いていた。
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### 出会い
その時だった。オフィス街のカフェに入った幸一は、見覚えのある後ろ姿を見つけた。それは、自分自身――現実での男性の姿そのものだった。スーツを着こなし、コーヒーを片手にタブレットを見ている「彼」は、まさに幸一が現実で過ごしている姿そのものだった。
「どうして……?」
幸一は自分のアバターではない「自分」を目の前にして、思わず息をのんだ。このプログラムが、現実の人々を忠実に再現していることは理解していたが、自分自身に出会うことは想定外だった。
「声をかけるべきか……。」
迷いながらも、幸一はそっと「彼」に近づいた。
「すみません、ここ、空いてますか?」
普段とは異なる女性の声で話しかけた幸一に、「彼」は顔を上げ、にこりと笑った。
「どうぞ。お一人ですか?」
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### 自分との会話
二人はしばらく、他愛ない会話を続けた。「彼」は現実の幸一と同じように落ち着いており、理知的でありながらも親しみやすい雰囲気を漂わせている。その様子を観察しながら、幸一は自分自身を外から見るような奇妙な感覚を覚えていた。
「どんな仕事をされてるんですか?」
「まあ、普通の会社員です。日々、退屈な会議ばかりですけどね。」
「退屈ですか?」
「ええ、でも、それが普通なんですよね。退屈だからこそ、こうしてコーヒーを飲む時間が特別に感じられるんです。」
その言葉に、幸一は自分の本音を聞かされたような気がした。
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### 自分の本質を探る
幸一は、自分自身との対話を通じて、現実で抱えていた閉塞感や孤独を再認識していた。「彼」としての自分がいかに周囲に順応し、自分を抑え込んで生きているのか――それを他人として見つめることで、初めて気づけた。
「この世界は素晴らしいですね。いろんな可能性が広がっていて、現実ではできないことができる。」
「そう思いますか?」
「ええ。でも、どこかで思うんです。現実の自分って、本当にこれでいいのかなって。」
「……それは誰しも、時々思いますよ。でも、答えを見つけるのは簡単じゃない。」
「そうですね。」
その会話は、まるで現実の自分自身が心の中で問い続けていたことを、別の形で言葉にしたようだった。
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### 別れ
やがて、「彼」は時計を見て立ち上がった。
「そろそろ戻らないと。今日は楽しかったです。またどこかでお会いしましょう。」
そう言い残し、「彼」はカフェを後にした。幸一は、彼の背中を見送りながら深く考え込んでいた。
「現実の自分と、バーチャルの自分……。どちらが本当の自分なんだろう。」
その問いに答えを出すことはできなかったが、バーチャルの世界で自分と向き合うことで、現実では見えなかった何かが少しずつ浮かび上がってきた気がした。
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### 新たな選択
幸一はその後も、バーチャルな世界で男性として、女性として、様々な自分を試し続けた。その過程で、自分が本当に求める生き方や価値観について、少しずつ理解を深めていく。
そしていつの日か、幸一は現実の世界で自分をどう生きるべきか、バーチャルな世界で得た経験を基に答えを見つける時が来るのかもしれない。
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