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二度目の出会い
しおりを挟む幸一は再びログインしたバーチャルな世界で、以前の自分――男性のアバターとして存在する「幸一」に会うことを決意した。
「また会いたい」――そんな思いを胸に抱え、女性のアバターとしてカフェへ向かった。
カフェの奥の席には、やはり彼がいた。前回と同じようにコーヒーを片手にタブレットを眺めている。「自分自身」を外から見る奇妙さにも、少し慣れてきた気がする。
「こんにちは。」
幸一は恐る恐る声をかけた。「彼」は顔を上げると、前回よりも柔らかな笑顔を見せた。
「また会えましたね。今日は一緒にどうですか?」
そのフレンドリーな態度に少し驚きながら、幸一は彼の向かいの席に腰を下ろした。
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### 名前を問われる
しばらく雑談を続けていると、「彼」がふと問いかけてきた。
「そういえば、名前を聞いてもいいですか?」
幸一は一瞬、頭が真っ白になった。このアバターには名前を設定していない。ただの「ゲスト」としてログインしていたからだ。
どう答えればいいのか――そのとき、思わず幸一の口から出たのは、恋人の名前だった。
「……中村、美由紀です。」
その瞬間、自分で何を言ったのか、理解して愕然とした。しかし、言葉を飲み込むことはできなかった。
「中村美由紀さん、ですね。素敵な名前ですね。」
「彼」はにっこりと微笑んでそう言った。その笑顔は、まるで現実で恋人の美由紀と話しているかのような親しみやすさだった。
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### 予期せぬ親近感
「美由紀さん、今日はどんな一日でしたか?」
彼はフレンドリーに会話を続けてきた。その優しい態度と親しみのある声は、幸一自身が現実で普段見せる姿そのものだった。どこか他人行儀だった前回とは違い、彼はどんどん打ち解けた様子で話しかけてくる。
「美由紀さんって、すごく話しやすいですね。なんだか、昔からの知り合いみたいな気がします。」
その言葉に、幸一の胸が一瞬ざわついた。これは、本当の自分が見せる感情だ。だが、目の前にいるのは「自分」であり、目の前で話しているのは「自分」ではない。
「私も、同じです。」
そう答えながら、幸一は複雑な感情にとらわれていた。
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### 過去の自分を映す鏡
幸一は彼と話している間、まるで過去の自分を見ているような感覚に陥っていた。「彼」の言葉や仕草は、かつて自分が恋人の美由紀に見せていたものにそっくりだった。
「そういえば、前回お会いしたときも感じましたが、どこか特別な感じがするんですよね。」
「どういうことですか?」
「……なんだか、自分をよくわかってくれている気がして。」
その言葉に、幸一は胸を突かれるような感覚を覚えた。「自分自身を知っている」という感覚――それは当然のことだが、同時に、自分の一部が客観的に映し出されたような不思議さがあった。
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### 嘘に隠された真実
幸一は会話の途中、何度も「美由紀」と名乗ってしまったことへの後悔が押し寄せてきた。自分はなぜ恋人の名前を借りてしまったのか――それは無意識のうちに、美由紀との関係をどうするべきか自分で問いかけているようだった。
「また会えますよね、美由紀さん?」
「……ええ、ぜひ。」
そう言い残して、幸一はカフェを後にした。去り際に感じた「彼」の視線が、なぜか妙に優しく、そしてどこか寂しげだった。
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### 自分と向き合う日
現実に戻った幸一は、心の中で問い続けていた。
「美由紀に、このことを話すべきだろうか。それとも、もう一度バーチャルな『彼』に会うべきだろうか。」
彼はバーチャルな世界での出来事を重ねる中で、現実で自分が何を見失い、何を求めているのかを少しずつ理解し始めていた。
「俺は、誰を大切にしたいんだろう。」
幸一の胸に湧き上がる問いは、現実とバーチャルの境界を揺るがしていた。
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