3 / 44
体育の授業
しおりを挟む午後の体育は、バスケットボール。
体育館に入った瞬間から、香織の中で何かがざわめいた。今日は間違いなく「香織」として生きている。けれど、その体には、薫もいる。
「じゃあ、適当にチーム分けてー。3対3ねー!」
体育教師の声に、ざわつく生徒たち。香織はひょいっとボールを拾い上げると、無造作にドリブルを始めた。
「うわ、香織ちゃん、意外とイケるじゃん」
「え? てか、足速っ!」
試合が始まると、香織のプレーは際立っていた。無駄のないパス、正確なシュート、素早い切り返し。まるで男子のバスケ部員でも混じっているかのような勢いで、次々と得点を重ねていく。
「中田、今日すごくない?」
「……いや、誰? 本当に香織?」
ざわつくクラスメートたちの視線の中で、香織は汗をぬぐいながら息を整えていた。ふと、ベンチの方を見ると、咲良が目をまんまるにしてこちらを見ていた。
授業が終わって、体育館の隅で着替えを終えた香織が咲良のもとに歩み寄ると、彼女はじっと目を細めた。
「……ねえ、もしかしてさっきの香織、“中身”は薫だった?」
香織は一瞬、目を泳がせた。だが、次の瞬間、いたずらっぽく笑った。
「違うよ、今日はちゃんと“私”」
「……え? じゃあ、あの時のすごいプレー……」
「ふふ、言いたいことはわかってる。前にあったでしょ? 私が“めちゃくちゃ活躍したバスケの授業”。あれね――『そうだよ!』あのときは薫だったの」
咲良の目が、ぱちくりと瞬いたあと、吹き出した。
「やっぱりー! おかしいと思ったんだよね! 香織、体育の時だけ異常に上手い日があるんだもん!」
「まあ、薫って昔ミニバスやってたしね。私は基本、運動は苦手なの」
「ずるいよ、それ! でも……なんか、いいなあ。二人で一人って感じ、ちょっと羨ましいかも」
「そう? 私はたまに入れ替わるのは楽しいよ!」
二人はまた笑い合った。そんな何気ない放課後が、何よりも大切に思える時間だった。
今日の中田香織は、香織であり、でも確かに――いつもどこかには薫もいる。
--
0
あなたにおすすめの小説
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
秘書と社長の秘密
廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。
突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。
ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる