バーチャル性転換システムを開発した男

廣瀬純七

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幼少期の違和感

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―幼少期の慎太郎―

「違和感は、最初からそこにあった」

山中慎太郎が最初に「世界にズレている」と感じたのは、小学校に入学して間もない春のことだった。

「男の子なんだから泣くな」
「女の子に手をあげるなんて最低よ」
そんな大人たちの言葉が、教室の空気に当たり前のように溶け込んでいた。

ある日、慎太郎は女子のクラスメイトに鉛筆を貸した。返ってきたとき、芯が折れていたことに気づいた彼は、つい「折れてるよ」と言ってしまった。それが彼女を泣かせてしまい、先生に呼び出された。

「男の子なのに、女の子を泣かせたの?」

その一言が胸に刺さった。
“男の子なのに”――なぜそれが悪いことになるのか、当時の慎太郎にはまったく理解できなかった。

彼は「空気を読む」ことが苦手だった。
というより、「空気」の中に潜むルールが、曖昧で、感情的で、非論理的で、納得のいかないものに見えた。
他人と自分との境界線があいまいで、どうしても息苦しさを感じていた。

だが慎太郎には、もう一つの世界があった。

それは、自宅の6畳間で祖父から譲り受けた古いPCと出会ってからだ。
数字、コード、構造、仮想空間――そこには性別も年齢も、思い込みもなかった。
打ち込んだコマンドはそのまま結果を返し、ロジックが美しく機能する。
「これが世界だったらいいのに」と、少年は心から思った。

ゲームのキャラクターを作るとき、慎太郎は必ず“女性”を選んだ。
別に「女になりたい」わけではない。ただ、どちらの視点でも世界を見てみたかったのだ。
同級生に笑われても、彼はその理由を言わなかった。伝わるとも思っていなかった。

そんな彼を唯一理解しようとしてくれたのは、母だった。

「慎ちゃんは、ちゃんと考えてるってことよ」
そう言って、母は一度も性別や遊び方を否定しなかった。
家庭では安心できる場所があった。それが、後の慎太郎の人間性を支える土台になった。

中学に上がるころには、慎太郎はすでにPythonを独学で扱い、仮想人格のアルゴリズムをノートに書き連ねていた。

「人は、他人を“自分”として体験できたら、何が変わるんだろう」

その問いが、彼の原点となる。

世界が提示する「男らしさ」や「女らしさ」に違和感を抱き、
その違和感を言葉にすることができず、
だからこそ、彼は“プログラム”としてそれを解き明かそうとした。

山中慎太郎の物語は、この「違和感」から始まったのだった。

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