バーチャル性転換システムを開発した男

廣瀬純七

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初恋

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「あのとき、彼女の目に映っていた僕は」

山中慎太郎が初めて「好き」という感情を自覚したのは、中学2年の春だった。

彼女の名前は**藤本遥(はるか)**。
隣のクラスで、図書委員。いつも文庫本を読んでいた。
言葉が少なくて、誰かに合わせようとしない。だからこそ、彼女の放つ沈黙には芯があった。

最初に会話を交わしたのは、図書室の棚を並べ替える作業のとき。
慎太郎が手伝いに行くと、遥はスッと脚立を指してこう言った。

「高いところ、届かないの。お願いできる?」

その声は、頼るというより“任せた”という響きをしていた。
頼みごとなのに、上下がなくて、まるでプログラムの指示みたいだった。
不思議と、そこに心地よさを感じた。

以来、慎太郎は図書室に足を運ぶようになった。
無理に話しかけることはせず、ただ本を借りては返し、時々、彼女と目が合った。

ある日、彼女の読んでいた本の一節が気になった。

> 「人は、誰かの中に自分を映して、初めて“自分”を知る。」

慎太郎はその言葉に、なぜか息が詰まるような感覚を覚えた。
自分は、自分を知っているのか?
彼女の目に映る“僕”は、本当の僕なんだろうか――

その日から、彼は初めて「他人からどう見えるか」を考えるようになった。

彼女の言葉、仕草、読み終えた本のタイトル。
それらすべてが彼にとっては暗号のようで、慎太郎はそれを解読する日々を送った。

そして夏、勇気を出して聞いた。

「遥は、どうして本ばかり読むの?」

彼女は少しだけ驚いた顔をした後、こう答えた。

「人の中に入れるから。自分じゃない人生を、ちょっとだけ生きられるの」

その言葉は、まるでスイッチのように、慎太郎の中の何かを押した。
「他人を体験する」――それは、彼が幼いころからずっと求めていたことだった。

けれど、その恋は告白もなく終わった。
卒業式の日、彼女は進学のために遠くの高校へ引っ越していった。

彼女にとって、慎太郎はただの“図書室で会う男子”だったかもしれない。
でも慎太郎にとって遥は、「他者を通して自分を知る」という思想の原点となった。

その後、彼女とは一度も連絡を取っていない。

だが、スイッチハウスの初期設計を進めていた頃、
彼はふと思い出して、システムの中枢コードにこう名づけた。

> **"HarukaModule"(遥モジュール)**

他者を“演じる”のではなく、
他者として“一時的に生きる”こと。
その発想の根に、彼女の静かな眼差しは、今も確かに息づいている。

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