バーチャル性転換システムを開発した男

再会

「あの頃の“彼女”は、そこにいた」

山中慎太郎が藤本遥と再会したのは、大学2年の秋、銀杏の落ち葉が歩道に敷き詰められた土曜日の午後だった。

彼はその日、都内で開かれていた小規模な認知科学の講演会に足を運んでいた。研究室の教授に誘われて何気なく出席しただけだったが、会場の片隅でパネル展示を眺めていたとき、その声が耳に入った。

「……自己という感覚は、社会的なフィードバックの集積でできているんです。たとえば、女性であること、男性であることも――」

その声。音程。抑揚。

思わず振り向いた慎太郎の目に、壇上でマイクを持ちプレゼンしている女性の姿が飛び込んだ。
黒髪を後ろでひとつに束ね、落ち着いたグレーのワンピースをまとったその人は、彼の記憶にある“少女”ではなかった。

だが、目の奥にある静かな光だけは、変わっていなかった。

**藤本遥。**

彼女は心理学を専攻し、今はジェンダー認知や自己同一性に関する研究を行っているという。

講演後、意を決して慎太郎は声をかけた。

「……藤本さん、だよね？中学の、図書室で会ってた」

遥は一瞬目を見開いた後、ゆっくり微笑んだ。

「……山中くん、だよね。覚えてるよ」

その一言に、なぜだか胸が熱くなった。

近くのカフェに移動して話すうちに、空白の時間が静かに埋まっていった。
彼女はあのあと遠方の高校へ進学し、社会の中で“女”であることの理不尽や偏見を数多く経験してきたという。だからこそ、他者の視点を理解しようとする研究にのめり込んだ。

慎太郎は、黙って頷いていた。

「自分を他人として見られたら、何が変わると思う？」

その問いに、彼は言った。

「……それを、僕はシステムで作ろうとしてる。まだ形にはなってないけど」

遥は驚きもせず、まるでそれが当然だというように、目を細めた。

「山中くんらしいね。私、協力できることあるかも」

そのとき、彼の中で何かがはっきりとつながった。

あの頃は、ただ“彼女を知りたい”と思っていた。
けれど今は、“彼女のような誰か”を理解する手段を作りたい。

そして、その先で――もしかしたらもう一度、自分自身と出会えるかもしれない。

再会した遥は、もう“特別な少女”ではなかった。
けれど彼女は、これから慎太郎が進む未来にとって、誰よりも大切な「パートナー」になると、彼は直感していた。

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