バーチャル性転換システムを開発した男

廣瀬純七

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遥の初体験

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―他者になるということ―

「それは、思っていた以上に、自分から遠くて近かった」

「ここが、例の“秘密基地”?」

藤本遥は、慎太郎に案内されるまま、築数十年の木造住宅の一室に足を踏み入れた。
元は物置だったという空間は、天井近くまでコードとパーツが積まれ、奥には改造されたVRシートと大型モニターが鎮座していた。

「これが“スイッチハウス”のベータ版。あの時から、ほとんど毎日いじってる」

慎太郎が少し照れくさそうに笑う。

遥は、その光景に思わず息をのんだ。

昔から彼はひとつのことに没頭すると周囲が見えなくなるタイプだったが、それがここまで本気だったとは。
彼が“本気で他者の視点を理解する方法”を追い求めていた理由を、遥は誰よりもよく知っていた。

「……で、やってみる?」

慎太郎が尋ねたとき、遥は一瞬ためらったが、すぐに頷いた。

「もちろん。そのために来たんでしょ?」

慎太郎の説明に従って装置に横たわり、ヘッドギアを装着する。
センサーが指先やこめかみに貼りつけられ、モニターが起動する音が響く。

「今回、君のデータを少し取り込んで、比較的自然な“男性人格体験”をつくってる。違和感を感じたらすぐ伝えて」

慎太郎の声が遠ざかり、世界が暗転する。
次の瞬間、遥は――自分ではない「誰か」の身体にいた。

肩幅が広い。喉仏がある。声が低い。
歩いたときの靴の音が違う。自分の腕が重く、手がごつい。

慎太郎の作った仮想空間の中で、鏡の前に立った遥は、自分が“20代男性の姿”になっているのを見た。

「……なんか、変な気分」

VR内で言葉にすると、自分の口から出る男の声に、思わず笑ってしまった。

それ以上に驚いたのは、仮想世界に配置されたNPCたちの態度だ。
コンビニで接客されるとき、視線が違う。街を歩いていても、他人の反応が微妙に変わる。
誰も彼女を「女」として見ない。

この“見られ方の差”が、遥の心をかき乱した。

(私たちは、常に“誰かからどう見られるか”で自分を形づくっていたんだ……)

セッションを終えたとき、遥は目を閉じたまま、深く息を吐いた。

慎太郎がそっと問いかける。

「……どうだった?」

遥は静かに目を開け、彼をまっすぐ見つめた。

「これは、ただの技術じゃないね。“自分の輪郭”を見つめ直す、鏡みたいなものだよ」

慎太郎の目がわずかに潤んだように見えた。

「君にそう言ってもらえたなら、間違ってないかもな……」

ふたりはしばらく、言葉もなく静かに座っていた。
部屋には機械音だけが響き、外では蝉の声が、まだ夏の終わりを告げていた。

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