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職場でマタニティ
しおりを挟む「いやマジで、本当に行くのか……?」
出社前の田中家、俺(中身:健一/外見:美奈)は大きなお腹を抱えて玄関に立ち尽くしていた。
「当たり前じゃない。健一、もう"体調不良"って理由で1週間も休んでるのよ?そろそろ怪しまれるわ。しかもあんたの部長、ガチで鬼よ?」
「ううぅ……部長、苦手……しかもこの格好で行くの、罰ゲームにも程がある……」
「私はあんたのスーツ着て男装して、部長に“ヨッ、田中くん!”とか言われるんだよ!?こっちの方がキツいわ!!」
――というわけで。
入れ替わったままの田中夫婦、**そろって出社する日**がやってきてしまった。
***
俺(=美奈の姿)、産休間近の妊婦のフリをして、美奈の職場「株式会社ふんわりカフェプロジェクト」へ。
ちなみに隣には、健一の姿をした美奈が「こっちはガチで社会人経験長いから余裕よ」とか言いながらスーツで颯爽と歩いている。
(本当に何この夫婦!?)
エレベーターでの静寂。
俺のお腹に目をやる若手社員の女子たち。
「……田中さんって、本当にもうすぐなんですねぇ……」
「えっ?あ、ああ……(うっ、出た……この“妊婦に話しかけときたい女子”特有のフレンドリー圧……!)」
エレベーターが開き、職場フロアに到着。そこに現れたのは、美奈の同僚であり、**女子社員のボス**と噂される人物――
**山口リナ(27)女子力全振り、マウントも時々、たまにガチ。**
「美奈ちゃ~ん♡よかったぁ、元気そう!ちょっとちょっと、お腹見せて~!」
「え、えっ、う、うん……」
(くるっ……くるぞ……!!)
リナがスッ……と俺のお腹に手を添えてきた。
「あ~♡やっぱり大きくなってるぅ~♡ねぇねぇ、触っていい? ほんのちょっとだけ♪」
(だめぇぇぇぇぇぇ!!!)
が、断れる空気じゃない。**妊婦=公共物みたいな風潮**ほんと何とかならんのか!?と叫びたくなったその瞬間――
リナの手が、**俺の腹をやさしくモフッ……。**
「うわっ……!!」
中の俺、(=元男健一)無意識にピクッ!
「あら?今、動いた?」
「う、うん!ちょうど蹴ったのかな!ハハハハ!!」
(ちがぁぁぁぁう!!驚いて反射的に腹筋収縮しただけぇぇぇ!!)
「あ~やだもう、かわいすぎ♡性別ってもうわかったんだっけ~?」
「え、えっと……う、うん……いちおう、男の子……らしい、かも……」
横で聞いてた美奈(中身)は震える唇でマグカップを持ちながら、目だけでこう言ってきた:
**「お前もう妊婦力高すぎんだろ」**
***
その後も「妊婦って仕事どこまでできるんですか?」とか「旦那さん、ちゃんとサポートしてくれてる?」とかいう、“地味に踏み込んでくる女子会質問”が止まらず、俺はひたすら**笑顔の擬似妊婦プレイ**に耐えるはめに。
しかも極めつけは――
「ねぇ、さっきから思ってたんだけど……」
(ドキッ)
「美奈ちゃん、今日なんか、声が……ちょっと低くない? 風邪?」
「え、あっ、そ、そうそう風邪っぽくて!鼻も詰まってて!ハハッハァ!」
「えぇ~、気をつけてよぉ~妊婦って免疫下がるんだからぁ~♡」
***
休憩時間、給湯室にて。
「ちょっとあんた、リナに腹触られてピクついた時、完全に“オスの顔”してたからな」
「すまん……咄嗟に動いちゃったんだよぉ……腹って触られると、けっこう来るな……」
「しかも“動いたかも~♡”とかノリノリで答えてんじゃないわよ!!なにあの母性!!?」
「演技してたら、なんか……降りてきた……」
「何が!?女神か何か!?」
***
その日、俺は出社だけでHPをすべて削られ、帰り道ではもうお腹を押さえて半泣きだった。
「……俺、ちょっとわかったわ……社会って妊婦に優しいようで、めちゃくちゃマウント多いな……」
「でしょ。だから言ったじゃない。妊婦って、ただでさえ大変なのに、周りの“ちょっと触っていい?”がボディブローなのよ……」
「うん……マジで“触る=親しい”文化、やめてほしい……心のバリアが崩壊する……」
こうして健一はひとつ、**「妊婦あるある」**をその身で知ることになった。
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