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鏡に映る自分
しおりを挟む夕飯を食べ終え、食器を片付けた後、俺は風呂場へ向かった。
(……長い一日だった……)
朝起きたら、俺は"田中美紀"になっていた。
慣れない女の子の服を着て、女子として学校に行き、女子トイレまで経験した。
そして、決定的だったのは――この世界に"田中健太"という存在がいないことを知ったことだ。
結衣に聞いても、母親に聞いても、俺のことを知っている人は誰もいない。
代わりに"佐藤謙太"という別の存在が俺の代わりのように存在している。
(……本当に、俺は"健太"だったのか?)
そんな疑問すら浮かんでくる。
でも、確かに覚えている。"田中健太"として生きていた記憶を。
この世界の"美紀"としての記憶なんて、俺には何一つないのに。
考えても答えは出ない。
「……とにかく、風呂に入ろう……」
俺は浴室のドアを開け、脱衣所へ入る。
壁の鏡に映るのは――俺ではない。
そこにいるのは、白い肌に長い黒髪の女子高生。
体のラインも、顔立ちも、どこからどう見ても"女の子"だ。
(……これが、俺の体……?)
慣れない下着を外しながら、改めて違和感を覚える。
今日一日、制服を着て過ごしていた時は"周りに合わせなきゃ"という気持ちが強くて、あまり深く考えないようにしていた。
でも、今は違う。
今、この場所には俺しかいない。
目の前の鏡に映るのは、完全に"田中美紀"の裸の姿。
肩幅は狭く、ウエストはくびれていて、胸は確かに膨らんでいる。
(……俺、マジで女になっちまったんだな……)
そう痛感した瞬間、なんとも言えない気恥ずかしさと、現実を突きつけられるような感覚に襲われた。
(……いや、変に意識するな……とりあえず、風呂に入ろう……)
俺は浴室へ入り、シャワーをひねる。
温かいお湯が体にかかり、じんわりと疲れがほぐれていく。
(……はぁ……)
今日一日の出来事が、頭の中をぐるぐると巡る。
――朝、女の子の部屋で目覚めたこと。
――違和感だらけの着替え。
――結衣に"美紀"として接しられたこと。
――学校でも、誰も"俺"を知らなかったこと。
――"田中健太"という存在が、この世界にはいないこと。
(……これから、どうすればいいんだ……?)
元の世界に戻れる方法なんて、何も分からない。
そもそも、戻れる保証すらない。
俺はこのまま"田中美紀"として生きていくしかないのか?
(でも……俺は"田中健太"だった……)
それだけは、絶対に忘れちゃいけない。
俺はシャワーを止め、深く息を吐いた。
(……もう少し、冷静になろう……)
今はまだ混乱が大きすぎる。
まずはこの世界での生活に慣れつつ、少しずつ手がかりを探していくしかない。
(……とにかく、明日も"美紀"として学校に行くしかないか……)
そう思いながら、俺は湯船に浸かった。
広がる温もりに、少しだけ心が落ち着くのを感じながら――。
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