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銀座デート
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日曜日の朝は、いつもより少し早く目が覚めた。美咲は布団の中で天井を見つめ、静かに深呼吸をする。胸の奥に、わずかな緊張と、それ以上の高揚が同居していた。
洗面台の前に立ち、鏡を覗く。今日は、ほんの少しだけ丁寧なメイク。派手にならないように、でも、気持ちが伝わるくらいに。眉を整え、口紅の色を選び直し、最後に髪を軽くまとめる。
「……よし」
鏡の中の自分は、いつもより少しだけ、柔らかい表情をしていた。
約束は午前九時。美咲は余裕をもってアパートを出て、大井町駅へ向かった。日曜日の朝の駅は、平日とは違い、どこかのんびりしている。家族連れや、少しおしゃれをした若い人たちが行き交い、空気に余白がある。
改札口の前で立ち止まり、時計を見る。八時五十八分。
「おはようございます」
背後から声がして、振り返ると、秀一が立っていた。清潔感のあるシャツに、落ち着いた色のジャケット。普段着より少しだけ、よそゆきだ。
「おはようございます」
自然に笑顔がこぼれる。
「今日は、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
二人は並んで改札を通り、京浜東北線のホームへ向かった。ほどなく到着した電車に乗り込み、空いている席に腰を下ろす。
電車が動き出すと、窓の外の景色がゆっくりと流れていく。
「有楽町、久しぶりです」
秀一が言った。
「私も……そうですね」
実際には、何度も通った場所だ。けれど、今は“美咲”として、初めて行く銀座だった。
電車の揺れは心地よく、会話は途切れがちでも気まずくない。品川、田町、新橋。駅名が呼ばれるたびに、少しずつ胸が弾んでいく。
有楽町駅で降りると、空気が変わった。人の流れは多いが、どこか洗練されている。歩道に並ぶ店の看板、ショーウィンドウに映る自分たちの姿。
「まず、どこ行きましょうか」
「そうですね……」
秀一は少し考えてから言った。
「銀座を歩くの、好きなんです。特に、日曜の午前中」
「分かる気がします」
歩行者天国になる前の時間帯。車の音がまだ残り、街が目を覚ます途中のようだった。
二人は並んで歩き、文房具店を覗き、老舗の菓子屋の前で立ち止まった。ウィンドウ越しに並ぶ和菓子を見ながら、自然と会話が弾む。
「これ、きれいですね」
「季節ごとに、変わるみたいですよ」
何気ないやり取りなのに、不思議と心に残る。
昼が近づき、二人は小さな喫茶店に入った。木の椅子、落ち着いた照明、コーヒーの香り。向かい合って座ると、少しだけ距離が縮まった気がした。
「美咲さん、銀座、どうですか」
「……楽しいです」
正直な答えだった。
「実は、ここに来るの、ちょっと緊張してました」
「え?」
「でも、秀一さんとなら、落ち着いて歩けます」
そう言うと、秀一は照れたように微笑んだ。
「それ、嬉しいです」
午後は、画廊を覗き、日比谷の方まで足を伸ばした。特別なことは何もしていない。ただ、一緒に歩き、同じものを見て、同じ時間を過ごしている。
それが、何よりも新鮮だった。
夕方、有楽町駅に戻る道すがら、美咲はふと立ち止まった。
「今日は……ありがとうございました」
「こちらこそ。楽しかったです」
二人は、ほんの少し名残惜しそうに笑った。
過去と未来の狭間で生きているはずなのに、この一日は、確かに“今”だった。
美咲は、その事実を胸に刻みながら、銀座の街を後にした。
洗面台の前に立ち、鏡を覗く。今日は、ほんの少しだけ丁寧なメイク。派手にならないように、でも、気持ちが伝わるくらいに。眉を整え、口紅の色を選び直し、最後に髪を軽くまとめる。
「……よし」
鏡の中の自分は、いつもより少しだけ、柔らかい表情をしていた。
約束は午前九時。美咲は余裕をもってアパートを出て、大井町駅へ向かった。日曜日の朝の駅は、平日とは違い、どこかのんびりしている。家族連れや、少しおしゃれをした若い人たちが行き交い、空気に余白がある。
改札口の前で立ち止まり、時計を見る。八時五十八分。
「おはようございます」
背後から声がして、振り返ると、秀一が立っていた。清潔感のあるシャツに、落ち着いた色のジャケット。普段着より少しだけ、よそゆきだ。
「おはようございます」
自然に笑顔がこぼれる。
「今日は、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
二人は並んで改札を通り、京浜東北線のホームへ向かった。ほどなく到着した電車に乗り込み、空いている席に腰を下ろす。
電車が動き出すと、窓の外の景色がゆっくりと流れていく。
「有楽町、久しぶりです」
秀一が言った。
「私も……そうですね」
実際には、何度も通った場所だ。けれど、今は“美咲”として、初めて行く銀座だった。
電車の揺れは心地よく、会話は途切れがちでも気まずくない。品川、田町、新橋。駅名が呼ばれるたびに、少しずつ胸が弾んでいく。
有楽町駅で降りると、空気が変わった。人の流れは多いが、どこか洗練されている。歩道に並ぶ店の看板、ショーウィンドウに映る自分たちの姿。
「まず、どこ行きましょうか」
「そうですね……」
秀一は少し考えてから言った。
「銀座を歩くの、好きなんです。特に、日曜の午前中」
「分かる気がします」
歩行者天国になる前の時間帯。車の音がまだ残り、街が目を覚ます途中のようだった。
二人は並んで歩き、文房具店を覗き、老舗の菓子屋の前で立ち止まった。ウィンドウ越しに並ぶ和菓子を見ながら、自然と会話が弾む。
「これ、きれいですね」
「季節ごとに、変わるみたいですよ」
何気ないやり取りなのに、不思議と心に残る。
昼が近づき、二人は小さな喫茶店に入った。木の椅子、落ち着いた照明、コーヒーの香り。向かい合って座ると、少しだけ距離が縮まった気がした。
「美咲さん、銀座、どうですか」
「……楽しいです」
正直な答えだった。
「実は、ここに来るの、ちょっと緊張してました」
「え?」
「でも、秀一さんとなら、落ち着いて歩けます」
そう言うと、秀一は照れたように微笑んだ。
「それ、嬉しいです」
午後は、画廊を覗き、日比谷の方まで足を伸ばした。特別なことは何もしていない。ただ、一緒に歩き、同じものを見て、同じ時間を過ごしている。
それが、何よりも新鮮だった。
夕方、有楽町駅に戻る道すがら、美咲はふと立ち止まった。
「今日は……ありがとうございました」
「こちらこそ。楽しかったです」
二人は、ほんの少し名残惜しそうに笑った。
過去と未来の狭間で生きているはずなのに、この一日は、確かに“今”だった。
美咲は、その事実を胸に刻みながら、銀座の街を後にした。
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