性転換タイムトラベラー

廣瀬純七

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不思議な関係

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 昼休みの休憩室は、午前中の慌ただしさが嘘のように静かだった。蛍光灯の下、プラスチックのテーブルを挟んで、美咲と節子は並んで腰掛け、紙コップのコーヒーを手にしていた。外からは搬入口のシャッターの音が微かに聞こえる。

「今日の特売、朝からすごかったですね」

 美咲がそう言うと、節子は肩をすくめて笑った。

「ほんとよ。レジ前、戦場みたいだったわ。腰がもうガタガタ」

「節子、昨日も同じこと言ってましたよ」

「言わせてちょうだい。これが歳を取るってことなのよ」

 二人は顔を見合わせて笑った。こうして他愛のない話をしていると、仕事の疲れも少しだけ軽くなる。

「でもさ」

 節子はコーヒーを一口飲んでから、ふっと声のトーンを落とす。

「美咲と話してると、不思議と楽なのよね。女同士だからかな」

「私もです」

 美咲は素直に頷いた。

「なんていうか、気を遣わなくていいっていうか」

「わかるわかる」

 節子は大きく頷き、少し照れたように笑った。

 その瞬間、美咲の胸の奥に、言葉にできない違和感がふっと浮かんだ。

(女同士だと、こんなに自然なのに……)

 視線をテーブルの木目に落としながら、心の中で続ける。

(もし、立場が違っていたらどうなるんだろう)

 節子は、数年後には自分の父・武と再婚し、継母になる人だった。そして自分は、その連れ子。思い出すのは、ぎこちない食卓、噛み合わない会話、互いに踏み込めない距離感。今日ここで笑い合っている節子と、記憶の中の継母の節子は、同じ人のはずなのに、まるで別人のようだった。

(女同士で、同僚で、ただの友達なら、こんなにも穏やかなのに)

 美咲は心の中で、小さくため息をついた。

(それが“継母と連れ子”になった途端、どうしてあんなに正反対になるんだろう)

 節子は何も知らずに、次の休みの話をしている。

「今度の日曜、何しようか迷っててさ」

「いいですね、休みの日曜」

 相槌を打ちながら、美咲の思考はどんどん別の方向へ流れていった。

(もし……もしここで)

 頭の中で、あり得ない想像が膨らむ。

(私が突然、“実は私、未来から来たんです”なんて言ったら?)

 心の中で、さらに具体的な言葉を組み立てる。

(“性転換して過去に来た、武さんの連れ子の達也なんです”って)

 節子の驚いた顔が、はっきりと想像できてしまい、美咲は思わず吹き出しそうになるのを堪えた。

(きっと最初は冗談だと思うよね)

 節子は笑って、「美咲、疲れてるんじゃない?」なんて言うだろう。それでも真顔で続けたらどうなるだろう。信じない。怖がる。距離を置く。それとも、意外にも静かに受け止めるのだろうか。

(もし全部話したら、節子は私のこと、どう見るんだろう)

 今のように、同僚として笑ってくれるのか。それとも、ぎこちない関係になるのか。

(……言えるわけ、ないけど)

 美咲は心の中でそう結論づける。今ここにある、この穏やかな関係を、自分から壊す勇気はなかった。

「美咲?」

 節子の声に、はっと我に返る。

「大丈夫?ぼーっとしてたけど」

「あ、すみません。ちょっと考え事してて」

「真面目ねえ」

 節子は笑いながら、立ち上がった。

「そろそろ戻ろっか」

「はい」

 二人は並んで休憩室を出る。
 その背中を追いながら、美咲は思った。

(今は、この関係でいい)

 未来も過去も、すべてを知っているのは自分だけでいい。
 節子と笑い合える、この短い時間を、大切にしたい。

 そう心に決め、美咲は再び仕事場へと足を向けた。
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