性転換タイムトラベラー

廣瀬純七

文字の大きさ
34 / 35

25歳の女性の現実

しおりを挟む
夕方の退院手続きを終え、病院の玄関を出た瞬間、ひんやりとした風が美咲の頬に触れた。
空はもうオレンジ色に染まり始めていて、昼間とは違う静けさが街に降りてきている。

――これが、二十五歳の女性として生きる現実なんだ。

そう思いながら、ゆっくりと歩き出す。
数日前まで当たり前のように出勤し、レジに立ち、笑顔で接客していた。その延長線上に、突然の激しい生理痛と倒れるという出来事が待っていた。頭では分かっていたはずなのに、体がここまで正直に反応するとは思っていなかった。

「無理はしない」

そう自分に言い聞かせながらアパートに戻り、簡単に夕食を済ませる。早めに布団に入ると、疲れがまだ体の奥に残っているのを感じたが、同時に「明日はちゃんと行こう」という気持ちも芽生えていた。

翌朝。
目覚ましの音で起き上がると、昨日よりも体は軽い。完全ではないが、仕事に行ける程度には回復している。

制服に袖を通し、鏡の前で深呼吸をひとつ。

「大丈夫。ちゃんと謝ろう」

そう呟いて、家を出た。

スーパーのバックヤードに入ると、いつもの匂いと音が迎えてくれた。
美咲はまっすぐ店長のもとへ向かい、姿勢を正す。

「店長、昨日は大変ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ございませんでした」

頭を下げると、一瞬の沈黙のあと、穏やかな声が返ってきた。

「もう大丈夫なの?」

顔を上げると、店長は心配そうな表情をしていた。

「はい、だいぶ良くなりました」

「そう。無理はしないでね。体調が第一だから」

その言葉に、美咲の胸が少し熱くなる。叱責される覚悟もしていた分、その優しさが身に染みた。

「ありがとうございます」

そう答えて、再び軽く頭を下げる。

レジに立つ準備をしていると、横から声がかかった。

「美咲」

振り向くと、節子がいた。いつものように柔らかい笑顔だが、その奥に心配が滲んでいる。

「節子、昨日はありがとう。色々フォローしてくれたって聞いた」

そう言うと、節子は少し困ったように笑った。

「そんなの当たり前じゃない。……でもさ、今日も休めば良かったのに」

「家でじっとしてる方が、逆に落ち着かなくて」

美咲がそう答えると、節子は小さくため息をついた。

「真面目なんだから。でも、本当に無理しちゃダメよ?」

「うん、分かってる」

二人でそんなやり取りをしながらレジに向かう。
立ち仕事はまだ少し腰にくるが、昨日のあの痛みに比べれば、なんとか耐えられる。

レジ越しにお客さんへ「いらっしゃいませ」と声をかけながら、美咲はふと考える。

――体調が崩れることもある。迷惑をかけることもある。それでも、謝って、気遣ってもらって、また戻ってくる。

それが、今の自分の日常なのだ。

男性だった頃には想像もしなかった現実。
でも、こうして誰かに支えられながら働き、生活している今を、悪くないと思えている自分がいる。

レジの向こうで、節子と目が合った。
節子は小さくうなずくようにして微笑んだ。

美咲も、静かに微笑み返す。

――これが、二十五歳の女性として生きる現実。

そう胸の中で改めて噛みしめながら、美咲は今日の仕事を一つひとつ、丁寧にこなしていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

リボーン&リライフ

廣瀬純七
SF
性別を変えて過去に戻って人生をやり直す男の話

秘密のキス

廣瀬純七
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

ボディチェンジウォッチ

廣瀬純七
SF
体を交換できる腕時計で体を交換する男女の話

不思議な夏休み

廣瀬純七
青春
夏休みの初日に体が入れ替わった四人の高校生の男女が経験した不思議な話

OLサラリーマン

廣瀬純七
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...