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誕生日プレゼント
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昼下がりの休憩室は、スーパー特有の少し甘い総菜の匂いと、電子レンジの低い唸り音で満ちていた。美咲は紙コップのコーヒーを両手で包みながら、ぼんやりと外の空を眺めていた。
「ねえ、美咲」
突然名前を呼ばれて振り向くと、節子が少し遠慮がちに立っていた。いつもは快活な彼女にしては珍しく、どこかもじもじしている。
「どうしたの?」
「あのさ……今月、母の誕生日なんだ」
「そうなんだ、おめでたいね」
美咲が笑うと、節子は少し安心したように息をついた。
「それでね、誕生日プレゼントを一緒に選んでほしいんだけど……」
「私でいいの?」
思わずそう聞き返すと、節子はすぐに大きくうなずいた。
「だって美咲はいつもおしゃれな服を着てるじゃない。センスあるしさ」
その言葉に、美咲は一瞬だけ言葉に詰まった。
(おしゃれ……ね)
胸の奥で、くすっと小さく苦笑する。
自分では分かっている。ファッションの知識が特別にあるわけでも、流行を追っているわけでもない。ただ、店に行くと店員が勧めてくれる服を「似合いますよ」の一言に背中を押されて、少し高いかなと思いながら買っているだけなのだ。
(自分の感覚だと、どうしても地味になっちゃうから……)
そんな理由で選んでいる服が、まさか「おしゃれ」と思われているとは、少し不思議だった。
「うん、いいわよ。一緒に行きましょう」
そう答えると、節子の顔がぱっと明るくなった。
「ほんと?ありがとう!」
その日の仕事終わり、二人は駅前の商業施設へ向かった。平日の夕方で、人通りはほどほど。ウィンドウに並ぶマネキンたちが、季節の変わり目を主張するように軽やかな装いをしている。
「母、もう六十過ぎなんだけどさ、何をあげたらいいか全然分からなくて」
歩きながら節子が言う。
「普段はどんな服着てるの?」
「うーん……地味め?動きやすいのばっかり」
美咲は少し考えてから言った。
「じゃあ、普段よりちょっとだけ明るい色とか、着心地がいいけど形がきれいな服がいいかもね」
「さすが美咲」
そう言われて、また胸の奥がくすぐったくなる。
二人は婦人服売り場に入り、ハンガーラックを一つ一つ見て回った。柔らかそうなカーディガン、上品なブラウス、肌触りの良さそうなストール。
美咲は自然と、素材や縫製を確かめる自分に気づく。
(こういうの、前は全然気にしなかったな)
人生が変わり、立場が変わり、いつの間にか「選ぶ側」の視点を持つようになっていた。
「これ、どう思う?」
節子が手に取ったのは、淡い藤色のニットだった。
「いいと思う。顔色が明るく見えるし、お母さん世代でも上品だよ」
「じゃあ、これにする!」
値札を見て一瞬ためらう節子に、美咲は微笑んだ。
「誕生日だし、たまにはいいんじゃない?」
「……そうだよね」
レジに向かう節子の背中は、少し誇らしげだった。
買い物を終えて外に出ると、夕焼けが街をオレンジ色に染めていた。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
「こちらこそ。楽しかった」
美咲はそう答えながら、心の中で思う。
(私も、誰かのために何かを選ぶ普通の時間を過ごしてる)
それはとてもささやかで、でも確かな幸福だった。
節子の隣を歩きながら、美咲は静かに微笑んだ。
過去がどうであれ、今ここで築いている日常は、確かに自分のものなのだと。
「ねえ、美咲」
突然名前を呼ばれて振り向くと、節子が少し遠慮がちに立っていた。いつもは快活な彼女にしては珍しく、どこかもじもじしている。
「どうしたの?」
「あのさ……今月、母の誕生日なんだ」
「そうなんだ、おめでたいね」
美咲が笑うと、節子は少し安心したように息をついた。
「それでね、誕生日プレゼントを一緒に選んでほしいんだけど……」
「私でいいの?」
思わずそう聞き返すと、節子はすぐに大きくうなずいた。
「だって美咲はいつもおしゃれな服を着てるじゃない。センスあるしさ」
その言葉に、美咲は一瞬だけ言葉に詰まった。
(おしゃれ……ね)
胸の奥で、くすっと小さく苦笑する。
自分では分かっている。ファッションの知識が特別にあるわけでも、流行を追っているわけでもない。ただ、店に行くと店員が勧めてくれる服を「似合いますよ」の一言に背中を押されて、少し高いかなと思いながら買っているだけなのだ。
(自分の感覚だと、どうしても地味になっちゃうから……)
そんな理由で選んでいる服が、まさか「おしゃれ」と思われているとは、少し不思議だった。
「うん、いいわよ。一緒に行きましょう」
そう答えると、節子の顔がぱっと明るくなった。
「ほんと?ありがとう!」
その日の仕事終わり、二人は駅前の商業施設へ向かった。平日の夕方で、人通りはほどほど。ウィンドウに並ぶマネキンたちが、季節の変わり目を主張するように軽やかな装いをしている。
「母、もう六十過ぎなんだけどさ、何をあげたらいいか全然分からなくて」
歩きながら節子が言う。
「普段はどんな服着てるの?」
「うーん……地味め?動きやすいのばっかり」
美咲は少し考えてから言った。
「じゃあ、普段よりちょっとだけ明るい色とか、着心地がいいけど形がきれいな服がいいかもね」
「さすが美咲」
そう言われて、また胸の奥がくすぐったくなる。
二人は婦人服売り場に入り、ハンガーラックを一つ一つ見て回った。柔らかそうなカーディガン、上品なブラウス、肌触りの良さそうなストール。
美咲は自然と、素材や縫製を確かめる自分に気づく。
(こういうの、前は全然気にしなかったな)
人生が変わり、立場が変わり、いつの間にか「選ぶ側」の視点を持つようになっていた。
「これ、どう思う?」
節子が手に取ったのは、淡い藤色のニットだった。
「いいと思う。顔色が明るく見えるし、お母さん世代でも上品だよ」
「じゃあ、これにする!」
値札を見て一瞬ためらう節子に、美咲は微笑んだ。
「誕生日だし、たまにはいいんじゃない?」
「……そうだよね」
レジに向かう節子の背中は、少し誇らしげだった。
買い物を終えて外に出ると、夕焼けが街をオレンジ色に染めていた。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
「こちらこそ。楽しかった」
美咲はそう答えながら、心の中で思う。
(私も、誰かのために何かを選ぶ普通の時間を過ごしてる)
それはとてもささやかで、でも確かな幸福だった。
節子の隣を歩きながら、美咲は静かに微笑んだ。
過去がどうであれ、今ここで築いている日常は、確かに自分のものなのだと。
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