紅蓮の獣

仁蕾

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紅蓮の章

13

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 気が付けば室内は闇に覆われ、龍馬が仰ぎ見る天井の美しい装飾も闇に呑まれた。ぽぅ…と明りが点り、クリオスが現れる。
《サラ様…体調は、もう宜しいので?》
「うん…大丈夫」
《よかった…》
 クリオスが微笑めば、龍馬の表情も自然と綻んだ。
《帝王様がずっと付きっ切りでお傍に居られたんです。その間、この室には誰も入れませんでしたから…皆様心配されっぱなしで…》
 思い出される深紅の獅子。その姿を思い出しただけで胸が締め付けられる。
「クリオス…」
《はい》
「『花嫁』って…何?」
 龍馬の静かな問いに、クリオスは少しの間を空け答え始めた。
《『花嫁』様は、私たち精霊の『母』で御座います。『母』が居なければ、私たちは容易く消えてしまう。…それでも、今尚こうしていられるのは、精霊王の強大なお力のお陰。ですが、今回の事で、精霊王のお力もだいぶ削られてしまいました…》
「俺のせい…?」
《いいえ。全ては、帝王様のお心のままに…。きっと、あのお方はサラ様が『花嫁』でなくとも、助けられたでしょう。それだけ、貴方様の全てに惹かれておられるのです》
 心臓が一際強く脈打つのを感じた。
 自分自身は、『花嫁』であることを否定している。だが、本当は、この世界に懐かしさを感じた。見えない『何か』に対し、焦りを覚えた。初めて見た『何か』に安堵を覚えた。
 そして、あの人に会えた時、世界の色が変わった。
 ―理性ではなく、魂が求めた人。
 何故かは知らない。涙が一つ、頬を流れ落ちた。

  ***

 甘い香りが漂っている。息遣いは聞こえない。
 龍馬はそっと王の間へ足を踏み入れた。同時にその空間が 一気にざわめくのを感じた。
 えっ、と思ったのも束の間。目の前の広い空間には、沢山の精霊が居た。マツバの蝶や、トラスティルの虎もいる。
 驚愕に強直していると、一人の美しい女性が正面から歩み 寄って来た。
《初めてお目に掛かります。私はヒガディアル様の契約精霊の一人、フェニーチェと申します》
「貴女が…」
 龍馬の吐息に、フェニーチェは柔和な笑みを浮かべた。
《私の本体は、現在、城中に結界を張り巡らしております故、ほんの一部の姿で御前に現れるのをお許し下さい》
 頭を下げれば、長い真紅の髪がさらりと音を立てて肩を流れた。
「いえ、お構いなく…」
《現在、我が主は、再び眠りに就こうとしております。何か御用で御座いましょうか》
 龍馬はすかさず「何故」と問い掛けた。フェニーチェが、困った様に眉尻を下げる。
《何と申し上げるべきか…》
《生命力の回復よ》
 フェニーチェの言葉を遮り、男の声が室内に響いた。
 ―タシタシタシタシ…
「お前………不法侵入の犬」
《アグニと言っておろうが!》
 久々に顔を合わせたドーベルマンに対し、そんな認識しかなかった龍馬。しかし精霊たちは皆、恭しくこうべを垂れた。
「生命力の?」
《そうだ。お前に、人としての命を分け与えたからな。精霊王は、人としての命が無ければ、人の姿に戻れん。人の姿に戻れなかった場合、その存在は人ではなく『精霊』となってしまう。故に、再び時を彷徨い、回復させようとしているのだ。まぁ…『人』に戻れる確率は低いがな…》
「ぇ…?」
 アグニの言葉に、龍馬は表情を引き攣らせた。アグニは、真っ直ぐ玉座を見つめたまま一度も龍馬を見ようとはしない。
「じゃ…もしかしたら…」
《獅子の姿をした『精霊』になると言う事だ》
 衝撃を受けた。何故、こんなにも衝撃を受けるのかが分からない。
 だが、ヒガディアルと離れる事になるかもしれないと考えただけで、身を引き裂かれるような痛みが全身を駆け巡った。
「離れるのは…ヤダ…―!」
 小さな声は心の叫びは、魂の慟哭。
 ―ならば…
 アグニの姿がゆらりと揺らめき、炎が舞い上がる。灼熱の炎は、犬の姿を覆い隠すと揺らめきながら、新たな形を形成する。
《ならば、我が真なる名を呼べ…―》
 重い声が部屋中に響き渡る。
 炎から現れたのは、顔の左半分に複雑な紋様が浮かぶ、褐色の肌、紅い髪に紅い目の整った顔立ちの男。
《だが、覚悟せよ。汝が我が名を呼びし時、汝のその背に『紅蓮の花嫁』としての荷が重く圧し掛かるであろう。それは、逃れる事の出来ない宿命。それでも、汝は求むるか…?》
 その言葉に、龍馬の喉がコクリと鳴る。
「っ、覚悟は…本音を言うと……全く出来てない…」
 俯きながら言う龍馬を、男が冷たい眼差しで見下ろす。
「それでも、それが俺の運命なら、立ち向かってみせる…!」
 顔を上げた龍馬の目には、強い意志が宿っていた。男は満足そうに口角を上げ、声高に宣言した。
《なれば『真なる血筋』の者よ。汝が願いを述べよ。そして、我が名を呼ぶのだ!》
 一層炎が荒れ狂う。他の精霊たちは畏怖のあまりその身を隠した。
「俺の願いは…―!」
 閃光が弾けた。

  ***

 夜空を貫く強い光。望たちも、大広間からその光を見上げていた。
「おいおい…こりゃ…明日は宴か!?」
「元老院がこえーぞー?」
「貴方たちは、またそんな野暮な事を…」
 マツバたちの会話を横に、望と康平は静かに見上げていた。
「あいつ等にも…見えてるといいな…」
「…きっと…見えてるさ」

  ***

 紅の焔燃え上がる
 火の神の名を呼びし時
 天空貫く光明現る
 神の名呼びしは神に連なる精霊統べる高潔なる王

 黒鱗金眼五爪龍従えし花嫁也…―

  ***

 獣は、彷徨っていた。辺りには真紅の業火。灼熱の焔は全てを食い荒らし、後には何も残らない。
 獣の耳を掠めたのは子供の泣き叫ぶ声。
 ―おとぉさーん…
 ―おかぁさーん…
 子供の声は、もうすぐそこ。獣の体が奮い立つ。
  呼んでいる…
  あの子が…
  呼んでいる
  魂の片割れが
 獣は駆けた。力の限り。そして見付ける。
 ―…我が花嫁…―
 紅蓮の獣が、喜びに目を細めた。

  ***

 温かいものに包まれている。ヒガディアルは、温もりに導かれるようにゆっくりと目を開けた。目の前にあったのは、龍馬の寝顔。そして、ゆっくりと金の目が現れる。
 あどけなさ残る寝顔が消え行くのは、とても勿体無く感じるが、あの満月の瞳に自分が映るのも待ち遠しい。
 目が合った瞬間、龍馬の顔が泣いてしまいそうな、それでもどこか嬉しそうに、複雑な表情を浮かべた。
「ヒガ様…っ」
 聞きたかった声が耳に心地よい。
「ドゥーラ…」
「はい…」
 そっと頬に触れれば、擽ったそうに微笑む。
「私の願いを聞いてはくれないか?」
「何ですか…?」
 首を傾げる仕草が可愛らしい。
離れまいと、服を握る手が愛しい。
「私の后になってくれぬか?」
「はい」
「…『私』のだぞ?」
「…他に誰が?」
「精霊王や火神族サラマンダー帝王のではないぞ?」
「ですから、『はい』と申し上げてますでしょう?」
「…お前には、勝てる気がしないな」
「ふふ…何を仰いますか」

「愛しているぞ、龍馬…」
「俺もです。ヒガ様」

 そっと触れ合った唇がほんのりと甘く感じたのは、二人だけの秘密。




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