紅蓮の獣

仁蕾

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翡翠の章

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「我等…?今、我等、と申されましたか…?」
 以外にもマツバだった。静かな声音は今まで聞いた事の無い程、冷め切っており、流石の元老院も驚いている。
「王に逆らい、尚且つ己等の利益になる事にしか動こうともしない。その上、サラが『花嫁』ではないと?」
 冷たい視線が、元老院を見下す。
「いい加減になさい!」
 その声は、室内の空気をビリビリと震わせた。
「王の為、民の為と思わぬ貴方がたに、我等火神族などと言われたくは無い!これは私達だけの問題ではないと何故分からぬ!これは全世界の問題だ!サラが『花嫁』ではないと言うのなら、今すぐ貴方がたの言う『花嫁』を連れて参りなさい!!ただ単にサラが気に食わないだけと言うのならば、今すぐ私が首を刎ねて差し上げます!」
 見た事の無い剣幕に、誰も指先ひとつ動かせない。康平すら数度瞬いて驚いている。ヒガディアルだけは当然だ、とでも言うように素知らぬ振り。
 耳鳴りを誘うほどの沈黙の中、扉が開く音がした。火神族帝王直属近衛隊〈バルキュリア〉隊長、トラスティルである。
「失礼。帝王、会って頂きたい者が…」
「い、今は、我等が謁見中!無礼だぞ!!」
「よい、連れて来い」
 何処か愉快そうに聞こえるヒガディアルの声が、元老院を黙らせる。トラスティルは、一度腰を折ると男の背を押し、入室した。その男の手首には、精霊力、無神族の秘術を封じる鎖が掛けられている。
「名をアイリーン・アザゼル・リーチェ。旅団〈アラクニデ〉の頭領で、今回『花嫁』様を狙い、風神族帝王に傷を負わせた張本人で御座います」
 男、アイリーンの登場に息を飲む気配がしたが、トラスティルは敢えて気付かぬ振りをした。
「龍馬様を筆頭に、私と〈バハムート〉隊長の三人にて捕らえまして御前へと連れて参りましたが…お取り込み中でしたかな?」
「気にするな。連れて参れ」
「はっ」
 トラスティルとアイリーンが並んでヒガディアルの前に膝を付く。ヒガディアルは真っ直ぐにアイリーンを見つめ、アイリーンも怯む事無く見返す。
「ふむ…話を聞く価値は有りそうだ。皆、仕事に戻れ」
「ですがっ!」
「戻れ」
 強く言う訳でもないが、その声の重さに気圧され、元老院はぞろぞろと王の間を後にした。途端、ヒガディアルの表情が一気に和らぐ。その変わりようにアイリーンは息を呑んだ。
「ドゥーラも居るのであろう?」
「ええ。サラ、出て来ていいぞ」
 トラスティルの言葉に扉がほんの少し開き、龍馬が顔を覗かせる。
「大丈夫ですか?」
「ああ」
 ヒガディアルが許可を出し、龍馬が室内に入れば、あとに望、ソニアと続く。
「そちらの方は?」
「ソニア・リーチェ。アイリーンの妹だ」
 トラスティルはアイリーンの手首の鎖を解きながら、問うて来たマツバに説明をする。龍馬はヒガディアルの正面に立ち、ニディオラの事を報告した。
「ニア様の呪いは解けました。もう少ししたら目が覚めるそうです」
「そうか…それで?」
「はい?」
 とぼける龍馬に、ヒガディアルの笑みが深くなる。
「何かあるのだろう?」
「あは、バレました?」
「バレバレだな」
 先程と違って、和やかな空気が流れる。
「実は…この兄妹を〈バハムート〉に入れたいなーと思いまして…」
 龍馬はえへ、と笑う。望もトラスティルも「えっ!?」と予想外の言葉に声を上げた。無理もない。死刑になっても可笑しくない犯罪者を、傍に置いてもいい?と言っているのである。
 まさかの申し出に、ヒガディアルも返事に詰まる。何より、親友のニディオラが殺され掛けたのだ。そう易々と返事は出来ない。 
「この人、結構使えるとは思いますよ?」
「…だが……」
「言いたい事は、解ってます。俺だってこの人を許すつもりは毛頭無い」
「ならば、何故?」
「ソレとコレとは、話は別です。使えるモノは、使える限り使い続ける。それに、俺は自分が認めた者しか、傍に置くつもりはないです」
 金の目を細めて、ニッコリと微笑む。
「戦闘にも優れ、外交能力も高い。死刑にするのは勿体無いと思いません?」
 龍馬はそう言うが、ヒガディアルは難色を示す。が、望は龍馬の意見に賛同した。
「別に良いと思いますよ?」
「望…何故ですか?」
 困惑気味のマツバが躊躇いがちに問う。少しの逡巡の後、望は真っ直ぐにヒガディアルのオッドアイを見上げた。
「こいつ等はつい先ほど龍馬の前で膝を付き、己の王である事を認めました。ならば、裏切る事はしない」
「もし、裏切れば…?」
 マツバの言葉に、望は目を眇めて妖艶に微笑んだ。
「もし、裏切るのであれば…近衛隊の掟により、抹殺するのみ」
 しん、と室内は静寂を招き入れる。深く息を吐き出したのは、ヒガディアルだった。
「致し方あるまい…よいよ、望が手綱を握るようだしな」
 くく、と小さく肩を揺らす。龍馬とトラスティルも小さく噴き出し、必死に笑いを堪えている。
「あ、アリガトウゴザイマス」
 龍馬が笑いに震えながら礼を述べる中、望の表情は盛大に曇った。打って変わって、アイリーンはにやけている。
「本当は望さんが俺の傍に居てくれたら良いんだけど…もう隊長職に就いてるし…」
「隊長だって傍に就くでしょうが」
 苦笑が浮かんでしまうのは、仕方が無い。龍馬にとって望は兄弟のような存在だ。勿論、康平も。
 隊長職、副隊長職となると、常に傍にいれるわけではない。
「何、龍馬は一人じゃ寂しいの?康平お兄さんが添い寝してあげようかー?」
「結構です」
「じゃ、俺がしてあげようか?」
「マジ?わーい」
「んがっ!テメ、差別か!」
 始まった〈バハムート〉のトリオ漫才に、気まずい空気が払拭される。
 さて、とヒガディアルが腰を上げた。
「もう一人、寂しがり屋が居るからな。皆でそちらに顔を出そうか」
 穏やかな微笑みと優しい口調に、全員が笑った。 

   ***

 焦点の合わない翡翠の目が、ゆっくりと瞬きを繰り返す。
「ニア、大丈夫か…?」
 穏やかな声が耳に入り、声のした方を向けば己の親友が静かに微笑んでいた。「大丈夫」と言おうとしたが、上手く声にならず小さく頷くだけにした。
「誰だか解ります?」
 ひょこり、と覗き込んできた龍馬に向かい、また一つ頷く。
「あの、庇って頂いて有難う御座いました…」
 申し訳なさそうに言う龍馬に対し、ゆっくりと首を振り「気にするな」と示したが、それでも気にしてしまうのが人である。龍馬は眉尻を下げ、泣きそうな顔をして笑った。
 一方のニディオラは、詫びの気持ちで胸が一杯だった。本当は生き抜くつもりなど更々なかったのだ。精霊の暴走とは言え、そこまで導いたのは己が抱いた邪な気持ち。だが、当事者たちは優し過ぎた。
 ニディオラ自身、風神族帝王の座を辞する心積もりで、龍馬の精霊コクマーに引かれてこの城に来た。そして、予想だにせず、許されてしまった。表面上では素直に謝罪をしたが、心底では己が許せなかった。
 そこで目に付いたのが、襲い来る三本の矢。ジークも気付いただろう。だが、長年自分の傍に在った彼は、自分の気持ちを知っていた筈だ。だからこそ、自分が矢に当たるまで、その身を動かさなかった。
 それでも…生きている…――。
 きっと、龍馬に辛い思いをさせた。目の前で人が射抜かれたのだ。そして、その手を血で汚してしまった。それでも、彼は笑ってくれている。僅かに胸は痛むものの、その笑顔に救われた気がした。
「ッケホ…心配、かけた…」
「ホントですよ。お陰で、ゲネの胃が更に痛みましたよ」
「ふ…なんだ…ゲネも来てるのか…」
 今は医者のトコに経過を聞きに行ってます、と言うジークが困ったようにニディオラに笑い掛けた。きっとジークの心の中も、謝罪で埋もれている。幾ら王自身の意思だとしても、近衛隊としての任務を放棄したに等しいのだから。ニディオラはそんな彼を責めるつもりは無い。寧ろ、良く我慢したと褒め称えたい。
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