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青藍の章
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しおりを挟む「まったく…イチャつくなら、お部屋でお願いしますよ、と」
少し離れた木陰から、城内へ続く渡り廊下に避難したのは望だ。
稽古の休憩時間である現在。常のように散歩をしていると、偶然出くわした二人の王の逢瀬。
幸せそうな空気。寄り添う二人を思い出して、ほのかに突き刺さった胸の痛みにため息を吐き出す。
―カツン…
不意に、足音が響いた。
顔を上げれば、真剣な眼差しで書類に目を通しながら歩いてくる紫紺の髪の持ち主。高く上がった陽光を受け、その髪は不思議な色を放つ。
息が詰まる感覚に陥った。脳の奥深くに封じた筈の記憶が甦る。
目の前で飛び散った大量の血液。風に舞う紫紺の髪。
『望、康平と共にお逃げ…』
目の前から向かってくる男に似た、凛々しい女人。
「アディス…―」
かつて、俺が殺してしまった、愛しい人…―…。
「望…?」
ハッと気付けば、男、アイリーンは目の前にいた。望が驚愕に固まっていると、困ったように笑って見せた。
「何を思って泣いてんだ…?クソガキが心配すんぞ?」
そう言って、望の頬に触れた、瞬間。
―パンッ!
「っ、ぁ……」
気付けば、アイリーンの優しい手を拒絶していた。互いに驚いて、動く事が出来ない。
先に我を取り戻したアイリーンは、眉尻を下げて苦笑を浮かべた。その双眸に浮かぶのは、確かな傷心と僅かな後悔。
「アイリ…」
「悪い、俺が心配する事じゃねーな」
謝罪の言葉を紡ごうとも、アイリーンの纏う空気がそれを許さない。
「人に見られたくないのはわかるけどさ、リョーマも康平もいるんだから一人で泣くなよ。余計、苦しいだけだぞ?」
「アイリーン…!」
「んじゃ、俺はトラ隊長と次回演習の打ち合わせあっから。じゃあな」
横を過ぎて行く長身の男。フワリと香る柑橘系の爽やかな匂い。高らかになる足音は、徐々に徐々に遠ざかって行く。
足音が聞こえなくなった頃。望の膝の力が抜け、その場にへたり込んでしまった。
―傷付けた…―!
今までとは違うはっきりとした拒絶。示してしまった一線。
顔を覆い、呟いた謝罪は誰に聞かれる事もなく消え失せた。
***
「んで?なーんでお前さんは俺様のトコに来ちゃう訳?」
若干苛立った口調で康平が言い放った相手は。
「好きな子にマジ拒否されたら誰だってショックじゃん!」
真っ昼間から自棄酒を煽るアイリーンである。
望の手前、平然とした態度はとっていたが、耐え切れずに康平の部屋に乱入、自棄酒、愚痴、愚痴、愚痴と言った流れが成り立ったのだ。床にはワインの瓶が五本、六本、七本。
「しっかし…『アディス』ねー…まーた懐かしい名前が出たもんだよ。まあ、そんなこったろーたー思ってたがね」
呆れつつ呟けば、アイリーンがのろりと顔を上げた。その表情に酒の色は微塵も感じない。
「その人は…あの子の、何?」
剣呑な光が、アイリーンの目に浮かぶ。が、康平は相手にする事無くにやりと口角を上げると椅子から立ち上がった。
「酔っ払い、どうせ暇だろ?俺と手合わせしてくんない?」
「…チッ、わーったよ。手加減しねーぞ?」
「上等」
今にも歌い出しそうな表情の康平。途方もなく無邪気だ。だが、この無邪気さは時に残酷で恐怖の対象になる。
アイリーンにも存在する、純粋に戦闘を好む心を暴きかねない。暴走しなければいいが…とアイリーンは思った。
二人が訪れたのは、城の中で一番広い稽古場。ちらほらと疎らにいる兵士たちが、笑い声を上げながら休憩中である。
康平とアイリーンは兵士たちと軽口を交わしながら、稽古場の中央へと進み出た。口元に笑みを浮かべながら十歩ほどの距離をとって向かい合う。
康平は自分の手元に紫龍槍を喚び寄せ肩に乗せると、どうぞとアイリーンに向かい首を傾けて不敵に笑んだ。眉を跳ね上げたアイリーンは、合掌をすると静かに目を閉じた。一呼吸毎に上がっていく精霊力。それを感じ取った兵士たちの笑い声はいずこかに消え去り、それぞれがアイリーンを凝視し始める。
合わせた手を水平に開けば、一本の鎖がジャラリと音を立てながら形成されていく。右腕を振り上げた瞬間、鎖はアイリーンを中心に、直径三mの螺旋状に姿を現した。両先端には、美しい装飾を施した止め具と曇り無き透明な大きな水晶玉。その姿は、とぐろをまく竜に似ている。
「ふぇー…流星錘かよー。めっちゃ扱いづらいだろ」
「んー?俺の『朧雪』はいい子だぜ?」
ニヤリ、と笑う顔は悪である。
朧雪の名を持つ流星錘は、アイリーンと対する康平を睨み付けている大蛇のようにゆらゆらと鎌首を擡げている。康平は笑みを湛えてはいるが、その背筋には嫌な汗が一筋流れていた。
「それに…」
「それに?」
「俺の意思を読んで、動いてくれる」
不敵な笑みに、ハッと気が付く。
―ジャラ…
康平が小さな鎖の音に気付いた時には、己を取り囲むように鎖が螺旋を描いていた。
「締め上げろ」
その言葉に反応を示した鎖が締め上げるよりも早く康平が反応を見せる。
―ガキンッ!
鎖同士がぶつかり合う。康平は上空に跳び上がり、鎖を避けたのだ。
地面に着地をすると同時に地を蹴り、アイリーンとの間合いを詰める。素早い紫龍槍の一突きは軽々と防がれてしまった。鎖の一つに槍の切っ先が入り込み、ギシギシと嫌な音を立てる。
「スピードもある。力もある。何より、並み以上の精霊力を有するか…」
康平は満面の笑みで紫龍槍に力を込めつつ、アイリーンの実力を分析していく。
「ふーん…?この流星錘は、お前さんの意識と…それ以外の『何か』の力が作用しているみたいだね。でも、お前さんはその事に気付いていない」
―ピシ…
小さく聞こえた嫌な音にアイリーンが表情を歪めた。康平から視線を外して紫龍槍を防いだ鎖を見れば、その鎖に少しずつ亀裂が走り始める。
「おいおいおいおい…マジかよ…っ!」
―パキィンッ!
高く澄んだ音を立て、鎖が砕けた。
近距離での力の溜まった強力な突き。アイリーンは僅かに膝を折り、上体を反らして避ける。が、長い前髪が一房、風に舞った。避けた瞬間に康平の隠しもしない舌打ちが聞こえ、恐怖心を煽ったのは内緒の話である。
後ろ手を付き、バク転の要領で右足から蹴り上げ、突きの勢いで上体が前のめりになった康平の顎を狙い打つ。が、あたる寸前で避けられてしまい、空を切った。
ザッと地面に足を付き態勢を整える。同時に二人の表情から笑みが消えた。
「オボロ!」
アイリーンが流星錘の名を呼べば、砕かれた鎖が再び繋がり、生き物のように康平に襲い掛かった。
康平は二つの水晶玉を、器用に避けて行く。水晶玉の威力は凄まじく、何度となく地面へとめり込んだ。
防戦を強いられている康平の隙を突き、紫龍槍に鎖が幾重も巻き付いた。康平の手から紫龍槍が奪われた瞬間、槍はカシャン…と小さな音を立て光の粒子となり消え失せ、瞬きの刹那に再び康平の右手に握り締められていた。
「再構築をそんな簡単にやるか…」
「これでも修羅場くぐってますからねー」
不意に流星錘の姿が崩れ、アイリーンの手には双剣が握られていた。長さだけでなく形状を変える事すら可能なのかと感心しつつ、康平は警戒を強めた。双剣を握り締めた瞬間、アイリーンの闘気が増幅したからだ。
互いに剣と槍を構える。溢れる闘気がぶつかり合い、音を立て弾ける。芝生や草木が風もないのに揺れ動く。
まさに一触即発。
二人が踏み込んだ。
―ガキィンッ!!
刹那の出来事である。
激しい金属音が空気を引き裂き、突風が巻き起こり、砂を巻き上げ視界を塞いだ。
風が止み、舞い上がった砂埃が落ち着き始める頃。
「お前ら、マジでやり過ぎ」
トラスティルの珍しく真剣な声が、消え行く砂埃の中から聞こえた。
視界が鮮明に晴れ、三人の姿が現れる。
紫龍槍を愛刀〈煉獄〉の鞘で押さえ込み、更に左膝を付いて体重を掛けて簡単に抜けないように対処し、抜き放たれた刀身はアイリーンの喉元へとあてられている。
二人の過激な手合わせに息を詰めていた兵士たちは、己らの隊長の凄さを改めて思い知らされた。
アイリーンが降参と言うような素振りで両手を上げて双剣を手放せば、それは光の粒子になって消え去った。それに倣って康平も紫龍槍から手を放した。トラスティルも愛刀を鞘に収め、腰に戻した。
「よく止めたね」
ケロッとして言うアイリーンの頭に、トラスティルの拳骨が容赦なく襲い掛かる。勿論、康平の頭にも。
「っ!」
「イッ!」
声にならない程の痛みに二人は言葉もなくその場に蹲った。振り下ろされた拳の強さに、トラスティルの怒りが本物であると察する。
「オメー等はよー…ちったー周りの迷惑を考えろ!帝王が結界を強化して下さったからいいものの…この、考えなしの愚鈍共が!」
トラスティルの最もな意見に、二人ともぐうの音も出ない。今思えば、確かに結界を張っておけば、と思う。まさか、此処まで互いに本気になるとは思わなかったのだ。相当、二人の中でストレスが膨らんでいたようである。
「テメー等二人とも、自室にて一週間の謹慎!」
「はあ!?」
「えぇ!?」
「何か文句でも?」
「イイエ」
「ゴザイマセン」
圧倒的なトラスティルの怒りを前に、逆らおうとするほど愚かな二人ではなかった。
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