紅蓮の獣

仁蕾

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青藍の章

18

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 望は身体ごと龍馬へと向け、俯いた龍馬の頬を優しく包み込むと、ゆるりと顔を上げさせて視線を重ねた。その金の瞳から溢れる涙が、幾筋も頬を流れ落ちる。望が何度も何度も親指と掌でその涙を拭う。
「厳しいかもしれない。難しいかもしれない。だけどね、龍馬。それが人の上に立つ者が秘めなければならない覚悟だ」
 そう言う望の表情は、優しく微笑んでいる。
「君は命の貴さ、儚さを良く知っている。それを知っている者は、何よりも強い。大丈夫…君の知らない所で、君自身その覚悟を持ってる。あとはそれを、自覚するだけだ」
「のぞ、さ…っ」
 目や鼻を赤く染めた龍馬は、小さくしゃくり上げながら望の目を見つめ返した。
「だから、今だけは、思いっきり泣けばいいさ…」
 笑いながら龍馬の頭を抱え込めば、堪えきれなかった龍馬は声を上げながら望に縋るように抱きついた。その様子を、康平とリオッタは微笑みながら、泣き声を上げる龍馬を見つめていた。

   ***

「望もなかなか手厳しい事、言いやがるなー…」
 苦笑を浮かべ、トラスティルが一言漏らす。
「立ち聞きなんざ、いい趣味とは言えねーな」
 ニヤニヤと笑いながら指摘するのはジークである。
 二人が居るのは、龍馬の部屋の閉ざされた扉の向こう側。ジークの言う通り、立ち聞きである。トラスティルは扉に背を預けて腕を組み、ジークはその隣でしゃがみ込んでいる。柄の悪い両隊長である。
「確かに厳しい、が…当たり前の事だな…」
 しみじみとジークが言えば、トラスティルも「同感だ」と頷いた。
「俺等も部下の命預かってんだ。総大将が中途半端な心構えじゃ、こっちも心許無いからなー」
「しっかし、リョーマの奴…どんだけ優しいんだか…」
 ははん、とジークが呆れながら言う。
「そこが、サラの良い所で悪い所…って事だな」
「万人に認められる事は難しいってやつか。…ま、デッケー怪我する前に気付かせる奴が居てよかったよ」
 実際問題として、龍馬が命を背負う事はないかもしれない。望と康平がそれをさせないのは目に見えている。しかし、その覚悟を知っているのと知らないのでは、先々の事を見据えれば大きな差がある。
「そう言えば、今回のこの件を踏まえて、使えん元老院の輩は一斉排除するって言う話だぞ」
「…え?火神族だけだろ?」
 トラスティルの予期せぬ言葉に、ジークは嫌な汗を掻き始める。それを見下ろすトラスティルの表情が大層愉快そうに歪んだ。
「んな訳ねーだろ?全種族対象に決まってるでしょー」
「…はは…マジ…」
「大マジ。かーなり仕事増えるぞ。代わりに康平と遊ぶ時間なくなるけど」
 ぷぷ、と口元を揃えた指先で隠すトラスティルは、それはもう楽しそうである。打って変わって、この世の終わりと青ざめるジークの悲壮感たるや。
 その時…―。
「テメー等うるせーよ」
「あんた等うるさいっ」
 突如として背後の扉が開き、体勢を崩しつつも振り返って見れば不機嫌な表情の望と龍馬が立っていた。龍馬に至っては目が赤くなり、若干鼻声である。
 どうやら、途中から両隊長は声を抑えるどころか、気配すら消すのを忘れて盛り上がって居たようである。
 全く以って阿保な話だ。
「…ビックリするじゃねーか」
「対して驚いてないくせによく言うね、ジーク」
 望のこめかみが、小さく反応を見せているのを見付け、両隊長は「コレはヤバイ…」と僅かに後ずさる。しかし、望はそれ以上毒を吐く事はなく、一つ息を吐き出した。
「増えるも何も、今まで以上に仕事が円滑に回るだけでしょう?何も問題は生じない。それとも……」
 にっこりと見る者の心臓に悪い笑みを浮かべた。 
「あんたら隊長は今まで、きちんと、仕事を放棄してたって事か?」
 『きちんと』の所には、浮かべる笑みの百倍濃度の濃い毒が含まれている。恐怖以外の何者でもない。
 だが、そこは腐っても鯛。幾度となく修羅場と言う名の怒り心頭のマツバを前にしてきた二人。対するように黒い笑みを浮かべる。
「なーに言ってんの。これでも俺らだって隊長だぜ?」
「自分の分はちゃんとこなしてるっつの」
「…自分で『これでも』って言ってる辺り救えないよね」
 龍馬の痛いツッコミに、トラスティルもジークも二の句が告げずに言葉を呑み込んだ。
 周囲が思う以上に回転のいい頭で、反論の言葉を探していると室内から「ぶふっ」と吹き出す声が聞こえた。
「あまり苛めてやるでないよ」
 笑いを噛み殺した声が室内から掛けられた。顔を出したのはリオッタだ。
「流石のトラ殿とジーク殿でも歯が立たぬか」
 愉快げに笑いながら龍馬の頭を撫でる。
「龍馬殿、妾はこれにて失礼致します。ディアとティアがそろそろ気付く頃でしょうから」
「気付く?」
 龍馬が首を傾げれば、リオッタが笑顔で「噂をすれば…」と呟いた瞬間。
「リオッタ様!」
「リオ様ー」
 凄い剣幕のディアナと、相変わらずのほほんとした笑みのティアナが廊下の向こうから歩いて来た。
「何処に行かれたかと思えば、やはり此方でしたか!」
「リオ様ったら、私もお誘い下さいって申しましたのにー」
 いつ見ても双子には見えない姉妹だと、トラスティルとジークはしみじみと思った。そんな二人にリオッタは苦笑を漏らすと、龍馬に一礼して双子の元へと歩み出した。が、ふと歩を止め、振り返って一言。
「後日、承認状を我が種族の守護神であるリルに届けさせます。楽しみにされていて下さい」
 満面の笑みで宣言したリオッタは、双子と共に歩き去って行った。
 当の龍馬は、若干放心状態。
「…………ね…ノン様…?」
「何?」
「ど…どゆこと?」
「あはははは」
 精一杯の質問は、わざとらしい笑いの前に硝子細工のように粉々に砕け散った。
「はーあ、まあ、とにかく…中、入れば?」
 何かを諦めたのか、はたまた軽い現実逃避なのか。龍馬は肩を落としながら、トラスティルとジークを室内に招き入れた。
「あれ…康平さんは?」
 ふと室内に視線を戻せば、居た筈の人物が居ない。
「あ、気付いてなかった?俺たちが隊長ら苛めてる間にテラスから逃げてったよ」
 無情に言い放たれた望の言葉に打ちひしがれたのは、言わずもがな。ジークである。近場にあったテーブルに膝を付いて深く項垂れた。
「…何かさー、いつも思うんだけどトラ隊長もジークさんも隊長らしくないよね」
 龍馬はソファーに腰を下ろすと、クッキーを噛み砕きながらしみじみと口にした。望も同意しながら隣に座る。
「見えないねー」
「書類を持ってる姿すら見た事無いし…いつも遊んでるよね」
「サラ…テメー、なかなか言うじゃねーか…」
 トラスティルは青筋を立てながら、龍馬の正面に腰掛けた。復活したジークも、その隣に腰を沈める。
「まあ、確かに遊んでる印象しかないよね」
 望もまた、笑いを噛み殺しつつ頷きながら呟き、だけどと言葉を続けた。
「ホントはきちんと仕事はしてるんだよ。近衛隊の主な仕事は王の護衛。その他は内乱の鎮圧とか国境のいざこざの抑圧。あとは元老院や民衆、近衛隊及び国家保有軍の修練と監視。つまり、実動業務が大半を占めて、事務業務が少ないんだよ」
 トラスティルは「そうだ、そうだ」と囃しながら、龍馬の食べ掛けであろうケーキを掴んで美味しそうに頬張った。
「うん、んまい」
 もごもごと頬を膨らましたが、不意に眉間に皺を刻んだ。
「そんな言うけどよ…あれで少ないってどうなん…?って、正直思う」
 その言葉に何かを思い出したのか。望もジークもウンザリした顔で明日の方向を向いた。
「…そんなにすごいの?」
「そらもう。俺の場合は、アイリーンとかソニアも手を貸してくれるから、こうやって暢気にお茶も飲めるけど、この隊長らは俺よりも半端ないよ」
 苦々しく望が言い放てば、トラスティルはひらりと手を振って見せた。
「俺だってある程度イルが選別してくれてっからな。俺の承認が要るのと要らないのと。だいぶ楽な方だぜ?」
 そう言って、トラスティルはジークの方を見る。龍馬と望もそれを追うようにジークに目を向けた。
「ん?うち?うちはゲネが胃を痛めながら」
 あっけらかんと言う辺り、酷としか言いようがない。
「えーっと…副隊長は?」
 よくよく考えてみれば、龍馬の耳に風神族と水神族の副隊長の名が聞こえない。地神族に至っては、隊長の名すら解らない。
「うちの副隊長は金に物言わす坊ちゃんタイプだから、そもそも誰かに指示とか命令されるとか無理。ティアナんとこは、うちとは違う意味だが、やっぱり使えないタイプらしい」
「あ、俺知ってる」
 挙手したのは、水神族領地にて滞在経験のある望だった。
「何つーの?仕事出来ないのに、文句だけは一人前で、お前はどこぞの女王様かってくらい高飛車で傲慢なの。で、いい男を見ると媚売って気に入られようとするタイプ」
 過去、その副隊長と何かあったのか、望の機嫌は一気に下降する。
「まあ、元老院に使える奴等が居たから、今回の事でクビんならなきゃいんだが…」
 ジークが「うーん…」と唸る。
「何にせよ、悪の芽は早く摘まなくちゃ。そうしなければ乗り越えられない過去っていう事実は痛いけどね…」
 さて、と望が手を叩けば、それが解散の合図のように三人とも立ち上がり、トラスティルとジークは「邪魔したな」と部屋から出て行った。
「じゃ、俺も仕事して来るよ」
「うん。ごちそうさま」
 望は龍馬以外の使用済み茶器を盆に乗せ、扉まで歩くと不意に龍馬を振り返った。
「きっと、お一人で苦しんでおられるよ」
 呟くように言葉を残し、静かに部屋を出て行った。
 龍馬は投げ掛けられた呟きを受け止め、ほんの一瞬だけ眉尻を下げた。
 テーブルの上をぼんやりと眺めながらお菓子とお茶を胃に詰め込むと、深く息を吐き出しながら背凭れを枕に天井を仰ぎ見た。何分も、何十分も。
 そして、いつのまにか夢の世界へと旅立っていたのだった。
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