紅蓮の獣

仁蕾

文字の大きさ
46 / 84
黒檀の章

しおりを挟む
 火神族王都『フオーコ』。
 その中心に位置するのは王城『フィアンマ』。
 巨大な城の大広間には、二つの人影が美しい絨毯に腰を下ろし対面していた。その空気は張り詰めている。
 ひとりは、漆黒の髪に金色の瞳。名をさらさりょうま更紗龍馬。
 ひとりは、真紅の髪を絨毯の上に広げる金と銀のオッドアイの男。名をヒガディアル・イシュリヴィア・ドリアラス。
 二人は婚姻を前提とした恋仲なのだが、大広間を満たすのは肌を突き刺すような沈黙だけ。
「どういう…事、ですか…?」
 そう言って笑う龍馬の頬は引き攣り、動揺を繕う事に失敗した声は掠れて震えた。
「俺の生まれって…俺…あっちの世界、で…」
「『賢帝』と呼ばれている王がいらっしゃる」
 龍馬の言葉を遮り、ヒガディアルは瞼を伏せて口を開いた。
「私の代から十代程前の精霊王もサラマンダー火神族帝王だった。王を務めておられた頃から『賢帝』とあだ名され、伴侶である『花嫁』と共に、今も尚、寝物語として語り継がれ、民に慕われている方々がいらっしゃる。かつての精霊王アザゼル・グラスティア・シュヴァイツ。…そして、かつてのアルケー無神族帝王であり『紅蓮の花嫁』であったかつらぎやと桂木弥兎…」
 瞼がゆるりと開かれ、オッドアイが龍馬を捉える。
「龍馬…ククルカンが言っていたであろう?お前は『真血』だ、と…」
 返事をしようと龍馬は口を開くが、喉が張り付いて声が出せない。心臓が嫌な鼓動を刻む。
「アザゼル王と弥兎王の間には、子が二人生まれた。双子だ」
 当時の『クレアート』では、双子は凶兆とされており、上の子は丁重に取り上げられ、下の子は母の腕に抱かれる事無く縊り殺され、民衆には子が成ったと言う事実だけが知らされていたと言う悪習があった。
「幸か不幸か、子を取り上げる場に居たのはお二人だけ。彼らは私欲で掟を違えるような方々ではなかったが…掟に従
う事が出来なかった。我が子を亡き者になど、出来なかった。差し迫る時間の中、どうすれば助けられるのか考え抜いた末、お二人は守護神『ククルカン』を頼った」
 ヒガディアルの眼差しは揺らぐ事も無く、真っ直ぐに龍馬を見つめていた。龍馬は目を逸らす事が出来ない。
「『ククルカン』は時間が許す限り、お二人を諭した。彼にとっても、その悪習が当然の事だったからだ。だが、結局はお二人の悲痛な声に折れ、生まれたばかりの赤子の片割れは、アザゼル王の契約精霊と弥兎王の契約竜と共に、異世界へと転送する事となった」
(ああ、頭の奥が痛い…)
 視界がぐらりと揺れるような錯覚に陥る。
「『真血』とは、《真なる血筋》。精霊王と『花嫁』の血を引く者のみが、そう呼ばれる」
 ヒガディアルが何を言いたいのか、嫌でも分かった。
「俺は元々…クレアートの人間って事、ですか…?」
 龍馬の脳裏を過ぎるのは、温もりをくれた大好きな両親。そして、その両親と過ごした笑顔溢れる日々。
 かつての過去は、紛れも無い真実。なのに。父は父でなく、母は母でなく。
 ―全てが、偽りだった…?
 混乱に支配された思考は、溢れ出した疑念に飲み込まれ始める。頭の中が多くの思い出で埋め尽くされ、ひとつの渦となって闇の中に飲み込まれた。
「アザゼル王と弥兎王は、二度と会えぬ我が子がクレアートと関わる事無く、穏やかに暮らせるようにと願ったが、『真血』は王になる可能性は高く、『黒鴉』の選定も受け易い」
 『真血』が異世界に居る事自体が稀有な事だがな、とヒガディアルは苦く呟くが龍馬の耳に留まる事は無かった。
 黒鴉。
 両親の命を奪った張本人であり、龍馬をヒガディアルと引き合わせた存在でもある全てが謎の存在。
 背中がジクジクと痛みだした。痛む場所は紅い蓮のような火傷の痕。
「龍馬、私はお前に謝らなければいけない。…否、謝罪しても償えぬ罪であろう」
 ヒガディアルは龍馬から目を逸らし、少しの間の後、ゆっくりと口を開いた。続いた言葉に龍馬は愕然と瞠目する。
 ヒガディアルの表情は苦しそうに歪められてはいるが、悔やんでいるようには見えない。
「う、そだ…」
「偽りではない…」
「そんな…信じない…っ!」
 声が震える。視界は溢れた涙でぼやける。
「ヒガ様が…っ!」
「これは私が負うべき罪」
 龍馬は、その場から逃げるように駆け出し、大広間を飛び出した。
 ―嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だっ!
 否定的な言葉だけが、頭の中を駆け巡る。
 ―ドンッ!
「っと…」
 誰かにぶつかり龍馬の体が傾いだが、その『誰か』に腕を掴まれ、倒れる事はなかった。
「危ないね…どうかしたのか?」
 龍馬の顔を覗き込んだのは。
「に…ニア様…」
「おや、そのように泣いては愛らしい顔が台無しだな…」
 頬を流れる涙を拭ったのは、風神族シルフ帝王のニディオラ・サフナーダ・インガディアナだった。ニディオラは何を言うでもなく、契約精霊のかりょうびんが迦陵頻伽を呼び出した。
「迦陵、『花嫁』殿を部屋へ…」
《心得まして…さあ、レジーナ様、行きましょう…》
 優しい迦陵頻伽の声に、龍馬は小さく頷き、背を押されるがまま足を踏み出した。
 二つの足音を背に、ニディオラは小さく息を吐き出した。
「全く…お前も大概お人好しだな…ヒガディアル…」

   ***

 大広間。ヒガディアルは立てた膝に額を押し付け、深く溜息を付いた。
「邪魔するぞ?」
「……ニディオラか…どうした」
 いつもの軽い声。ヒガディアルは扉へ目を向け、微笑んだ。ニディオラの表情は苦笑い。
「そんなに無理して笑うなよ、精霊王」
 そう言いながら、ヒガディアルの正面へ腰を下ろした。
「お前の顔を正面にしたくないな」
 ヒガディアルは苦笑を漏らした。
「ふふ、酷いな。…『花嫁』殿が泣いていたぞ」
「…そうであろうな…」
 沈黙。苦にならぬ沈黙だが、空気は重い。
「言ったのか?」
「…そうでなければ、私があの子を泣かすものか…」
「それもそうだな…。後悔をしているのか?」
「いや、悔いてはおらん。いずれは話さなければならぬ事だからな。ただ…あの子が、私の腕の中から逃げてしまいそうで恐い…」
 そして、再び会話が途切れた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

【完結】お義父さんが、だいすきです

  *  ゆるゆ
BL
闇の髪に闇の瞳で、悪魔の子と生まれてすぐ捨てられた僕を拾ってくれたのは、月の精霊でした。 種族が違っても、僕は、おとうさんが、だいすきです。 ぜったいハッピーエンド保証な本編、おまけのお話、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! トェルとリィフェルの動画つくりました!  インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのWebサイトから、どちらにも飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

処理中です...