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黒檀の章
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火神族王都『フオーコ』。
その中心に位置するのは王城『フィアンマ』。
巨大な城の大広間には、二つの人影が美しい絨毯に腰を下ろし対面していた。その空気は張り詰めている。
ひとりは、漆黒の髪に金色の瞳。名をさらさりょうま更紗龍馬。
ひとりは、真紅の髪を絨毯の上に広げる金と銀のオッドアイの男。名をヒガディアル・イシュリヴィア・ドリアラス。
二人は婚姻を前提とした恋仲なのだが、大広間を満たすのは肌を突き刺すような沈黙だけ。
「どういう…事、ですか…?」
そう言って笑う龍馬の頬は引き攣り、動揺を繕う事に失敗した声は掠れて震えた。
「俺の生まれって…俺…あっちの世界、で…」
「『賢帝』と呼ばれている王がいらっしゃる」
龍馬の言葉を遮り、ヒガディアルは瞼を伏せて口を開いた。
「私の代から十代程前の精霊王もサラマンダー火神族帝王だった。王を務めておられた頃から『賢帝』とあだ名され、伴侶である『花嫁』と共に、今も尚、寝物語として語り継がれ、民に慕われている方々がいらっしゃる。かつての精霊王アザゼル・グラスティア・シュヴァイツ。…そして、かつてのアルケー無神族帝王であり『紅蓮の花嫁』であったかつらぎやと桂木弥兎…」
瞼がゆるりと開かれ、オッドアイが龍馬を捉える。
「龍馬…ククルカンが言っていたであろう?お前は『真血』だ、と…」
返事をしようと龍馬は口を開くが、喉が張り付いて声が出せない。心臓が嫌な鼓動を刻む。
「アザゼル王と弥兎王の間には、子が二人生まれた。双子だ」
当時の『クレアート』では、双子は凶兆とされており、上の子は丁重に取り上げられ、下の子は母の腕に抱かれる事無く縊り殺され、民衆には子が成ったと言う事実だけが知らされていたと言う悪習があった。
「幸か不幸か、子を取り上げる場に居たのはお二人だけ。彼らは私欲で掟を違えるような方々ではなかったが…掟に従
う事が出来なかった。我が子を亡き者になど、出来なかった。差し迫る時間の中、どうすれば助けられるのか考え抜いた末、お二人は守護神『ククルカン』を頼った」
ヒガディアルの眼差しは揺らぐ事も無く、真っ直ぐに龍馬を見つめていた。龍馬は目を逸らす事が出来ない。
「『ククルカン』は時間が許す限り、お二人を諭した。彼にとっても、その悪習が当然の事だったからだ。だが、結局はお二人の悲痛な声に折れ、生まれたばかりの赤子の片割れは、アザゼル王の契約精霊と弥兎王の契約竜と共に、異世界へと転送する事となった」
(ああ、頭の奥が痛い…)
視界がぐらりと揺れるような錯覚に陥る。
「『真血』とは、《真なる血筋》。精霊王と『花嫁』の血を引く者のみが、そう呼ばれる」
ヒガディアルが何を言いたいのか、嫌でも分かった。
「俺は元々…クレアートの人間って事、ですか…?」
龍馬の脳裏を過ぎるのは、温もりをくれた大好きな両親。そして、その両親と過ごした笑顔溢れる日々。
かつての過去は、紛れも無い真実。なのに。父は父でなく、母は母でなく。
―全てが、偽りだった…?
混乱に支配された思考は、溢れ出した疑念に飲み込まれ始める。頭の中が多くの思い出で埋め尽くされ、ひとつの渦となって闇の中に飲み込まれた。
「アザゼル王と弥兎王は、二度と会えぬ我が子がクレアートと関わる事無く、穏やかに暮らせるようにと願ったが、『真血』は王になる可能性は高く、『黒鴉』の選定も受け易い」
『真血』が異世界に居る事自体が稀有な事だがな、とヒガディアルは苦く呟くが龍馬の耳に留まる事は無かった。
黒鴉。
両親の命を奪った張本人であり、龍馬をヒガディアルと引き合わせた存在でもある全てが謎の存在。
背中がジクジクと痛みだした。痛む場所は紅い蓮のような火傷の痕。
「龍馬、私はお前に謝らなければいけない。…否、謝罪しても償えぬ罪であろう」
ヒガディアルは龍馬から目を逸らし、少しの間の後、ゆっくりと口を開いた。続いた言葉に龍馬は愕然と瞠目する。
ヒガディアルの表情は苦しそうに歪められてはいるが、悔やんでいるようには見えない。
「う、そだ…」
「偽りではない…」
「そんな…信じない…っ!」
声が震える。視界は溢れた涙でぼやける。
「ヒガ様が…っ!」
「これは私が負うべき罪」
龍馬は、その場から逃げるように駆け出し、大広間を飛び出した。
―嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だっ!
否定的な言葉だけが、頭の中を駆け巡る。
―ドンッ!
「っと…」
誰かにぶつかり龍馬の体が傾いだが、その『誰か』に腕を掴まれ、倒れる事はなかった。
「危ないね…どうかしたのか?」
龍馬の顔を覗き込んだのは。
「に…ニア様…」
「おや、そのように泣いては愛らしい顔が台無しだな…」
頬を流れる涙を拭ったのは、風神族帝王のニディオラ・サフナーダ・インガディアナだった。ニディオラは何を言うでもなく、契約精霊のかりょうびんが迦陵頻伽を呼び出した。
「迦陵、『花嫁』殿を部屋へ…」
《心得まして…さあ、レジーナ様、行きましょう…》
優しい迦陵頻伽の声に、龍馬は小さく頷き、背を押されるがまま足を踏み出した。
二つの足音を背に、ニディオラは小さく息を吐き出した。
「全く…お前も大概お人好しだな…ヒガディアル…」
***
大広間。ヒガディアルは立てた膝に額を押し付け、深く溜息を付いた。
「邪魔するぞ?」
「……ニディオラか…どうした」
いつもの軽い声。ヒガディアルは扉へ目を向け、微笑んだ。ニディオラの表情は苦笑い。
「そんなに無理して笑うなよ、精霊王」
そう言いながら、ヒガディアルの正面へ腰を下ろした。
「お前の顔を正面にしたくないな」
ヒガディアルは苦笑を漏らした。
「ふふ、酷いな。…『花嫁』殿が泣いていたぞ」
「…そうであろうな…」
沈黙。苦にならぬ沈黙だが、空気は重い。
「言ったのか?」
「…そうでなければ、私があの子を泣かすものか…」
「それもそうだな…。後悔をしているのか?」
「いや、悔いてはおらん。いずれは話さなければならぬ事だからな。ただ…あの子が、私の腕の中から逃げてしまいそうで恐い…」
そして、再び会話が途切れた。
その中心に位置するのは王城『フィアンマ』。
巨大な城の大広間には、二つの人影が美しい絨毯に腰を下ろし対面していた。その空気は張り詰めている。
ひとりは、漆黒の髪に金色の瞳。名をさらさりょうま更紗龍馬。
ひとりは、真紅の髪を絨毯の上に広げる金と銀のオッドアイの男。名をヒガディアル・イシュリヴィア・ドリアラス。
二人は婚姻を前提とした恋仲なのだが、大広間を満たすのは肌を突き刺すような沈黙だけ。
「どういう…事、ですか…?」
そう言って笑う龍馬の頬は引き攣り、動揺を繕う事に失敗した声は掠れて震えた。
「俺の生まれって…俺…あっちの世界、で…」
「『賢帝』と呼ばれている王がいらっしゃる」
龍馬の言葉を遮り、ヒガディアルは瞼を伏せて口を開いた。
「私の代から十代程前の精霊王もサラマンダー火神族帝王だった。王を務めておられた頃から『賢帝』とあだ名され、伴侶である『花嫁』と共に、今も尚、寝物語として語り継がれ、民に慕われている方々がいらっしゃる。かつての精霊王アザゼル・グラスティア・シュヴァイツ。…そして、かつてのアルケー無神族帝王であり『紅蓮の花嫁』であったかつらぎやと桂木弥兎…」
瞼がゆるりと開かれ、オッドアイが龍馬を捉える。
「龍馬…ククルカンが言っていたであろう?お前は『真血』だ、と…」
返事をしようと龍馬は口を開くが、喉が張り付いて声が出せない。心臓が嫌な鼓動を刻む。
「アザゼル王と弥兎王の間には、子が二人生まれた。双子だ」
当時の『クレアート』では、双子は凶兆とされており、上の子は丁重に取り上げられ、下の子は母の腕に抱かれる事無く縊り殺され、民衆には子が成ったと言う事実だけが知らされていたと言う悪習があった。
「幸か不幸か、子を取り上げる場に居たのはお二人だけ。彼らは私欲で掟を違えるような方々ではなかったが…掟に従
う事が出来なかった。我が子を亡き者になど、出来なかった。差し迫る時間の中、どうすれば助けられるのか考え抜いた末、お二人は守護神『ククルカン』を頼った」
ヒガディアルの眼差しは揺らぐ事も無く、真っ直ぐに龍馬を見つめていた。龍馬は目を逸らす事が出来ない。
「『ククルカン』は時間が許す限り、お二人を諭した。彼にとっても、その悪習が当然の事だったからだ。だが、結局はお二人の悲痛な声に折れ、生まれたばかりの赤子の片割れは、アザゼル王の契約精霊と弥兎王の契約竜と共に、異世界へと転送する事となった」
(ああ、頭の奥が痛い…)
視界がぐらりと揺れるような錯覚に陥る。
「『真血』とは、《真なる血筋》。精霊王と『花嫁』の血を引く者のみが、そう呼ばれる」
ヒガディアルが何を言いたいのか、嫌でも分かった。
「俺は元々…クレアートの人間って事、ですか…?」
龍馬の脳裏を過ぎるのは、温もりをくれた大好きな両親。そして、その両親と過ごした笑顔溢れる日々。
かつての過去は、紛れも無い真実。なのに。父は父でなく、母は母でなく。
―全てが、偽りだった…?
混乱に支配された思考は、溢れ出した疑念に飲み込まれ始める。頭の中が多くの思い出で埋め尽くされ、ひとつの渦となって闇の中に飲み込まれた。
「アザゼル王と弥兎王は、二度と会えぬ我が子がクレアートと関わる事無く、穏やかに暮らせるようにと願ったが、『真血』は王になる可能性は高く、『黒鴉』の選定も受け易い」
『真血』が異世界に居る事自体が稀有な事だがな、とヒガディアルは苦く呟くが龍馬の耳に留まる事は無かった。
黒鴉。
両親の命を奪った張本人であり、龍馬をヒガディアルと引き合わせた存在でもある全てが謎の存在。
背中がジクジクと痛みだした。痛む場所は紅い蓮のような火傷の痕。
「龍馬、私はお前に謝らなければいけない。…否、謝罪しても償えぬ罪であろう」
ヒガディアルは龍馬から目を逸らし、少しの間の後、ゆっくりと口を開いた。続いた言葉に龍馬は愕然と瞠目する。
ヒガディアルの表情は苦しそうに歪められてはいるが、悔やんでいるようには見えない。
「う、そだ…」
「偽りではない…」
「そんな…信じない…っ!」
声が震える。視界は溢れた涙でぼやける。
「ヒガ様が…っ!」
「これは私が負うべき罪」
龍馬は、その場から逃げるように駆け出し、大広間を飛び出した。
―嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だっ!
否定的な言葉だけが、頭の中を駆け巡る。
―ドンッ!
「っと…」
誰かにぶつかり龍馬の体が傾いだが、その『誰か』に腕を掴まれ、倒れる事はなかった。
「危ないね…どうかしたのか?」
龍馬の顔を覗き込んだのは。
「に…ニア様…」
「おや、そのように泣いては愛らしい顔が台無しだな…」
頬を流れる涙を拭ったのは、風神族帝王のニディオラ・サフナーダ・インガディアナだった。ニディオラは何を言うでもなく、契約精霊のかりょうびんが迦陵頻伽を呼び出した。
「迦陵、『花嫁』殿を部屋へ…」
《心得まして…さあ、レジーナ様、行きましょう…》
優しい迦陵頻伽の声に、龍馬は小さく頷き、背を押されるがまま足を踏み出した。
二つの足音を背に、ニディオラは小さく息を吐き出した。
「全く…お前も大概お人好しだな…ヒガディアル…」
***
大広間。ヒガディアルは立てた膝に額を押し付け、深く溜息を付いた。
「邪魔するぞ?」
「……ニディオラか…どうした」
いつもの軽い声。ヒガディアルは扉へ目を向け、微笑んだ。ニディオラの表情は苦笑い。
「そんなに無理して笑うなよ、精霊王」
そう言いながら、ヒガディアルの正面へ腰を下ろした。
「お前の顔を正面にしたくないな」
ヒガディアルは苦笑を漏らした。
「ふふ、酷いな。…『花嫁』殿が泣いていたぞ」
「…そうであろうな…」
沈黙。苦にならぬ沈黙だが、空気は重い。
「言ったのか?」
「…そうでなければ、私があの子を泣かすものか…」
「それもそうだな…。後悔をしているのか?」
「いや、悔いてはおらん。いずれは話さなければならぬ事だからな。ただ…あの子が、私の腕の中から逃げてしまいそうで恐い…」
そして、再び会話が途切れた。
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