セカンドライフは魔皇の花嫁

仁蕾

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第1章

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 多弁では無い二人で他愛もない会話をぽつりぽつりと繰り返していると、控えめなノックが響きミオンが顔を覗かせた。
「只今戻りました」
「お帰り、もう用事は済んだのか?」
 康泰の問いに、ミオンは緩く首を横に振る。
「いいえ、まだ途中でございます。閣下、体調が宜しくない事は重々承知しているのですが…ある方と面談願いたいのです」
 眉尻を下げて頼むミオンに、康泰は首を傾げた。
「ある方?」
「ええ。生前、お話ししておりました『王妃ジュエラ』のおひとりであります、ヴィヴィアン・ウェリス=ジュエラをお呼び致しました」
 訪問ではなく、ミオンが呼んだのだと言う。
「ビビはわたくしの実兄でもあります。冥幻魔界ジュノ・ガルディスに後ろ盾が無い閣下は、様々な欲望から狙われるでしょう。少しでも生き易くする為に利用していただきたいのです」
 それでも渋るように表情を歪めた康泰に、傍で話を聞いていたシュノアは笑みを滲ませた。
「閣下を愛する心配性のミオンからのお節介とでも思ってください」
「シュノアっ!」
 こっそりと耳打ちで教えてくれたが、ミオンの耳には届いていたらしく、顔を真っ赤にして声を荒げた。
「ふふっ、そう言う事なら」
 くふくふと笑いながらベッドから立ち上がる。少しばかりの眩暈を感じたが、すぐにそれもなくなり問題なく立つ事が出来た。ふかふかの絨毯が素足に心地良い。
 履き物を差し出され、足を通す。
「安静にと申し上げながら、ご無理をさせてしまいます…」
「いい、いい。病気な訳じゃないしな。ほら、行こう。シュノアさんは?」
「私はここでリィ殿と共にお戻りをお待ちしております」
「そっか…じゃ、行ってきます」
「いってらっしゃいませ」
 ―ぱたん…
 廊下に出れば、ひんやりとした空気が体を包み、肺の中へと染み込んでいく。
「うん…?寒い気もするが思ったよりは…」
 息を吐き出せば白く濁り、吹いていないはずの風に浚われた。
「体が馴染めば寒さもなくなります。念のためこちらを羽織られてください」
 肩に掛けられたのは、ふわふわの毛並みの毛皮だった。
「あー…温い…」
 自然と頬が緩み、柔らかな吐息を漏らせば、ミオンは笑みをこぼし「それは良かった」と小さく頷いた。
 二人分の靴音だけが反響する中、康泰は歩きながら窓の外に視線を向ける。風雪は弱まる事も無く、時折、更に強い風に煽られて積雪を舞い上げた。
 ふと、吹雪の中に黒い影を捉え、康泰の足が止まる。
 風に煽られる事の無い金の髪と黒衣。佇むその人物に、見覚えがあった。かつて、まだ康泰が人間であり、ミオンと対面するより少し前。授業中の居眠りの最中に見た夢の中。
 まるで催眠術を掛けられたかのように、康泰の意識はその影に集中していた。
 影が、ゆっくりと振り返った瞬間。
「閣下、いかがされましたか?」
 掛けられた声に、康泰ははっと意識を現実へと引き戻す。視線を向ければ、不思議そうに首を傾げるミオンがいた。
「あ…?」
「やはり、部屋へ戻りましょうか…?」
 心配に表情を歪めるミオンに、康泰は違うと慌てて否定する。その際、ちらりと窓の外を伺い見たが、そこに既に影は無く。
 気のせいかと自問し、いや違うと自答する。
 ―あの男は、まさしく…
「大丈夫、行こう」
 ミオンは難しい表情をしていたが、「ね?」と康泰が促せば渋々とではあるものの了承し歩みを再開した。
 辿り付いたのは扉の無い部屋。廊下からそのまま足を踏み入れ、少しばかり奥まった場所にある大理石の大きなテーブルへと近付いた。
 美しい波打つブロンドの髪と長い睫毛が縁取る灼眼をした妖艶な女が、退屈そうな表情で頬杖を付いて座っていた。その後ろにはメイドが一人。
「ビビ、お待たせしました」
 ミオンが声を掛ければ、女はにこりと微笑み手を振った。
「ほんと、待ちくたびれたわよ」
 柔らかそうな桃色の唇から零れ落ちたのは、男の声。そう言えば『兄』だと言っていたと康泰は衝撃に息を詰める。
「閣下、こちらがわたくしの兄…と申しますか、姉と申しますか…ヴィヴィアン・ウェリス=ジュエラです。五階層で構成される冥幻魔界の第三階層、『炎熱区域』を治めております」
 ヴィヴィアンは立ち上がると、康泰に向かって淑女よろしくドレスを摘み上げてお辞儀をした。ふわりと華やかな香りが漂う。
「ヴィヴィアン・ウェリスと申します。ビビとお呼びください。以後、お見知りおきを」
「あーっと…星呂康泰です」
 宜しくと頭を下げれば、ヴィヴィアンはふふっと笑みを零した。
「可愛らしいお方ね。でも…まだ存在が不安定だわ…」
 風が吹けば掻き消えそうだと眉を顰める。そこなのだとミオンも頷いた。
「とにもかくにも、飲み物を用意いたします。さ、閣下、座られてください」
 ミオンはヴィヴィアンの正面にある椅子を引き、康泰を促した。話をするには遠いだろうと思いながらも、ミオンに促されるままに康泰はその椅子に腰を下ろした。ヴィヴィアンもまた、椅子に腰掛ける。
「ジェナ、お前がお行き。ミオンが行っては話が進まないわ」
「畏まりました」
 その場を離れようとしたミオンより先に、ヴィヴィアンは自身のメイドに指示を出して送り出す。メイドのジェナは意に反する事も無く了承を告げ、康泰とミオンに頭を下げると足音も無く部屋を後にした。
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