セカンドライフは魔皇の花嫁

仁蕾

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第3章

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「ご無事で何よりです」
 いつもよりも固い声にどうしたのかと問えば、謝罪と苦笑を返される。
「鐘の音が聞こえたと思いますが、あの招かれざる客は少々厄介でして、ミオンでも手を抜くと怪我をし兼ねない相手だった為、手荒になりましたが強制転移いたしました…」
 そんなにもと思うが、姿を見る事が敵わなかった客人は、魔皇の魔力を少しずつではあるが侵食して自身の魔力に染めようとしていた。否、相手は天使。魔力と言うには些か語弊があるだろう。
「コータ様もご覧になられたアレ等は、お察しの通り天界よりの使い。そして、今、ミオンと対峙しているであろう者も天の使いです」
 冥幻魔界ジュノ・ガルディスの魔力は各個人が内包するもので、天界の者が使う力は毛色が違うのだとシュノアは言う。
「アレ等が使う力は個人の者ではなく、天帝…天界を統べる帝の力を使用しております。故に、天帝の力が尽きぬ限り無尽蔵に力を行使するのです」
 天使が使う力を『天恵』だと言った。天帝からの恵みだと。
「コータ様がご覧になった天の使いは、下級の者。上手く天恵を行使出来ない、所謂、出来損ないになります」
「ああ…出来損ない…気配が希薄だった理由もそれって事か…」
 ぼそりと呟けば、シュノアはひとつ頷いた。
 しかし、と疑問が浮かぶ。
「なんで天界の奴らが冥幻魔界に…?」
 ミオンの物言いからして昨日今日で起こった異変では無い事が察せた。その問いに対して、明確な答えを持たないとシュノアは首を振る。
「皇が眠られてから度々降りて来ております…」
「安直に考えれば冥幻魔界の掌握、ですかね」
「恐らくは」
 唸りながら背凭れに頭を預け、天井を仰ぎ見た。見慣れぬ天井に、そう言えばと姿勢を戻して顔を上げる。
「此処って、誰の部屋ですか?」
「コータ様の居館パラスの使用していない部屋になります」
 兎に角部屋に戻ろうと言うシュノアの提案に頷き、二人はその部屋を出た。
 廊下に出れば、びりびりと窓ガラスが震えている。ミオンと降りて来た天使の力が衝突した余波が結界を張っていて尚届いているのだ。
「…天使に手を出したら、問題ですかねー…」
 歩みを止めて空を見上げる康泰の呟きに、シュノアは少しばかり苦さを含ませて表情を歪めた。
「正式な来訪の届けはありませんが、こちらが下手を打てばこれ幸いとばかりに攻め込んで来かねません」
 それ故にミオンも苦戦するのだと、シュノアは疲れたようにため息を吐き出す。
 皇が眠って以降、天使とまともに交戦出来たのはミオンとシュノア、王妃の面々だけだったと言う。以来、基本的にはミオンとシュノアの二人で対応して来たのだと。
「何故、天使達はこの区域に…?」
「天帝の力です。天帝の力は魔皇と拮抗しています。容易くなくとも結界を裂く事が可能なのです」
 なんて忌々しいのだろう。
 言葉に出来ない程の押し殺した苛立ちを感じ、シュノアに目を向ければ、康泰と同じようにガラス越しに空を見上げ、虚空を睨み付けていた。
(嗚呼、邪魔だなあ…)
 自分を大切にしてくれる人達を、自分が大切に思う人達を苦しめる存在は邪魔だ。
 さあ行きましょうと、無理矢理に冷静さを装うシュノアの後ろを歩きながら、もう一度思う。
(アレ等は、少しばかり、邪魔だな…)
 ゆっくりと瞼を下ろし、ふうと小さなため息を吐き出した。

   ***


 苛立ちで荒れそうになる魔力を気力で抑え、ミオンは目の前の男とも女とも区別の付かぬ存在を冷めた目で見据えていた。
 雪よりも白い翼は二対四枚。階級は『智天使ケルビム』。白銀の髪を揺らめかせて微笑むのは、モニス・マナ=ケルブ。楽園エデンを守護する部隊の隊長であるモニスは、『天恵』を使用する事に躊躇いは無く、容赦なくその力を揮う。
(相変わらずやり難い相手ですね…)
 放つ魔力は僅かなずれも無く相殺されてしまい、モニスに直撃する事は無い。募る苛立ちにミオンは舌を打つ。
「ミオン宰相フィニ、まだ頑張られるのですか?」
 モニスの穏やかな微笑みは崩れない。むしろ、ミオンを嘲るような態度だ。
 しかし、それに対してミオンもまた微笑んで見せた。
「あなたこそ、毎回『遊び』に来られますけど、あまり成長が見受けられませんね」
 体内の魔力を瞬時に練り上げ、空気中の水を増幅させ吹き荒れる風を操りながら『水沫』の攻撃を仕掛ける。
「そもそも、いい加減にしつこいんですよ。皇が居ぬ間にしか攻め込んで来れぬ若輩風情が」
 美しい笑みを湛えたまま隠しもせずに嘲笑すれば、モニスの目元がぴくりと引き攣ったのをミオンは見た。
 生まれ出でてより高い地位に君臨するモニスは、少しの挑発でも面白いように反応を示す。容易に心を乱すのは指揮官に相応しいとは言え無いだろうにと、ミオンは胸中で嘆息を漏らした。
 もう少しばかり『遊ぶ』のも一興ではあるが、深夜の遊戯は煩わしいのもまた事実。
 いい加減面倒になって来たと思い始めた頃。
 ―…ぉ…ぉお…
 不気味に響いた『何か』。
 ―…ぉおぉ…おおぉお…
 鯨のような、獣のような声だ。ミオンの眉が「おや…?」と小さく跳ねた。遠い昔に良く聞いていた声だと気付く。しかし、その声の持ち主は飼い主でもある皇が眠りに就いてから自分の縄張りに引き篭もっていたはずだ。
「っ、今回はこれまでですね」
 僅かな怯えと恐怖を滲ませ、モニスは震える声で吐き出した。安い捨て台詞を置いて姿を消そうとした瞬間、豪風が吹き荒れ、二人の視界を塞いだ。
「っ、く…」
 ほんの一瞬ではあるが、目も開けていられなかった。
 風が緩み、ほうと息を吐き出して目を開け、息を呑んだ。
「これは…」
 鳥籠だと思った。否、それは間違いなく鳥籠だ。中に納まるのは、美しい氷の彫刻。
「早々に撤退すべきでしたね…モニス…」
 鳥籠の中には、氷となったモニスの姿。集中すれば氷の彫刻にまだ命の拍動を感じる為、天界へ帰還する事叶わず、そこに閉じ込められたのだろう。
 ―ごぁぁあぉおぉおお…
 轟いた咆哮は、ざまあみろと言わんばかりの喜色を滲ませて遠くに消えて行った。
 ミオンは声のした方を見つめ、こくりと喉を鳴らす。
「…冰王ひょうおう…」
 名は魔皇しか知らない。魔皇の魔力で満たされた凍土の世界を生きる崇高な種族の長であるが故に、その精神は気高く、他者に膝を折る事は無い存在。
 いつの頃からか付けられた通り名が『冰王』。
 何を切っ掛けにねぐらから出て来たのかは分からないが、無意味な交戦を断ち切ってくれた事は有難かった。深く頭を下げ、足早に居館へと戻る。
 その背で氷の鳥籠と彫刻がざらりと形を崩した事に気付く事は無かった。
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