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第5章
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しおりを挟むモニスは意外と律儀だなと、何度目かの朝食を楽しみながら康泰は胸中で笑う。食事を必要としないにも関わらず、康泰の食事やおやつの時間に付き合ってくれるのだから。
ちなみに、モニスが摂取しているのは水のみ。ただの水ではなく、康泰の魔力が溶け込んだ水である。
「思ったんですが…」
古書のページを捲くりながら、モニスは問いだけを康泰に向けた。
「あなた、まだ正式に皇とツガイの契りを交わしていないのですね」
何を言うかと思えば。康泰は苦笑を滲ませた。
「まあ…ね…色々あるんですよ」
「色々、ですか…そんなもの私には関係無いと言われるのかと思いましたが?」
モニスが康泰の傍で生活をし始めてから、およそ半月ほどが経過していた。最初の頃は、城に勤める者達の表情はモニスを見掛ける度に苦く歪んでいたが、今では特に反応を示さないどころか休憩の茶会を共に楽しむくらいには交流がある。
そんな最中でモニスが抱いた少しばかり疑問。モニスはその疑問を濁す事無く直球で康泰にぶつけた。それが出来る程度には馴染んだのだろうと康泰は笑う。
『色々』について伝えても良いものかと少しだけ考えた康泰は、朝食として食べていたサンドイッチの最後のひと口を口内に放り込み、ご馳走様でしたと手を合わせた。
「んー…まあ、あいつに誓約されたあなただから言いますけど、俺は元々人間だったんですよ」
「…人間、だったんですか…?」
突然の告白にモニスはまばたく。
「意外と最近までは。で、ちょっと魂を弄って貰って魔族になりまして。あ、一応自分の意思で魔族になったので、そこは誤解して欲しくないんですけど…」
「はあ…」
「まあ、元々人間だったもんで、なかなか魂とか魔力とかが安定しなくって」
モニスは眩暈を覚えた。魔皇の魔力を使役したり、他者の種族を一時的ならがらも作り替えてしまう存在が、魂や魔力が安定していないと宣う。何の悪い冗談かと頭が痛い。
「つまり、魔力の安定がしていない以上、何かあった時の対処が難しいからそれまでは内密にと言う事ですか…」
ため息混じりに告げれば、康泰はご明察と笑った。
小さなノックに話を中断し、招き入れたのは食器を下げに来た侍女長のマリだ。
「今日も美味しかったです、ごちそうさま」
「それはよう御座いました。本日のお茶はわたくしの特製ブレンドのコーヒーとなっております。お口に合えば宜しいのですが…」
「マリさんが作るのは何でも美味しいよ」
年齢よりも僅かに幼さを見せる康泰の笑みにマリも微笑み、楚々と頭を下げると下げた食器を載せたワゴンを押して部屋を出て行った。
ぱたんと扉が閉じれば、モニスは話を再開させる。
「今居る王妃…魔王の方々から皇妃が選ばれる事は無いのですか?」
多妻である場合、その中から条件が合う者が正妃として選ばれる事が多いはずだとモニスは問う。
「無いらしいですよ。王妃はあくまで王妃。皇妃には成り得ないとか…」
モニスの喉が小さく上下した。
天界に住む者でも知っている。魔皇と皇妃の真なる発音には強い呪が込められており、対の存在で無い限りそれを口にした瞬間に事切れる、と。
「…あなた、本当に魔皇の正妃なんですね…」
「そうみたいですね」
双眸を眇めて微笑む様は酷薄な笑みで、魔皇を連想させた。
モニスは深く息を吐き出すのと同時に、ページが進まなくなった本をぱたんと閉じる。
「皇妃は王妃の中から選ばれる事は無く、王妃はその事実を知らない…そうなると、皇妃候補であると漏れてしまうだけでも襲撃を受けてしまうでしょうね。可能性の芽を早めに摘むのは、何処の世界でも常套手段ですからね…」
「ま、そう言うことですね」
湯気立ち昇るコーヒーにスペード型に固められた砂糖ひとつを放り込み、スプーンでくるくると掻き混ぜてゆっくりと溶かす。
「そう考えると、あなた曰く、魔力がまだ安定していない以上、安易に公表するのは確かに危険ですね」
引っかかる物の言い方をしたモニスに、康泰は僅かに表情を歪めた。
「あの、安定して無い事は本当ですから、そんなに疑わないでくださいよ。これが無いと俺、自分の魔力で死んじゃいますから」
示したバングルは、明かりを浴びてきらりと存在を主張した。
傍目は美しい造形の付加装飾具。だが、そこに渦巻く魔力を感知したモニスは少しばかり顔色を悪くする。禍々しくも神々しく、厳かでおぞましい魔力の塊がそこに込められていた。例えるならば、畏怖。そして、恐怖。
「…なるほど、確かにこれは手懐けなければあなた自身が召されてしまうでしょうね…」
意識して視線を逸らす。ずっと直視をしていると呑み込まれそうだった。
「まあ、でも、先生をしてもらったミオンさんとシュノアさんは出張に出ちゃってますし…しばらくは自習ですねー…」
宿題を貰っておけば良かったと考えながら、モニスと他愛も無い話をしていると控え目なノックが鳴らされる。それに応えれば入室の声が掛けられ、マリが折り目正しく礼を取った。
「お寛ぎのところ申し訳御座いません。ガロン・ティシェア=ジュエラがいらっしゃっておりますが、お会いになられますか?」
「おっ、いい所に来たなー。会う会う、会います。モニスさんも行きますよ」
促され、モニスの表情は歪んだ。何が楽しくて王妃と顔を合わせなければならないのか。そう考えている事を隠しもしない表情に、康泰は笑う。だが、モニスは康泰の傍から離れる訳には行かない。それが分かっているから康泰は笑っているだけで言葉を重ねる事はしない。
諦めたモニスは深いため息と共に腰を上げ、康泰と共にガロンが居る応接間へと歩き始めた。
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