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第5章
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「ほう、それで?」
外は漆黒。相変わらずの猛吹雪。
居館の一室、康泰の自室に訪れていた不遜な魔皇は、ソファーのど真ん中に腰を据え、ベッドに寝転がりながら従僕魔と戯れている己のツガイを眺めていた。
日中にガロンと交わした話を端的に伝えた結果が、先の言葉だ。
「把握してた?」
「いいや」
「なーんか悔しくない?」
「別に?」
不貞腐れているような子供染みた言葉に、ロイウェンは双眸を柔らかく眇めて微かに笑う。楽し気なその様相に、康泰の表情は更に不機嫌に歪んだ。
「俺は腹立つ」
「お前が腹を立てる必要は無いだろう」
それはそうだが。
うぐぐと歯噛みする康泰に、ロイウェンはソファーから立ち上がり天井を見上げる康泰の傍に腰を下ろした。上等なベッドはその重みを柔らかく受け止める。
「まったく…何が気に食わないのだ、お前は…」
のそりとした動きで自身の膝に懐いてくる子供を見下ろし、ロイウェンは呆れたと息を吐き出した。
「あんたが平然としているのが」
「今、慌てふためいた所で何か変わるか?」
「…把握してなかったくせに」
「そうだな。無能な私は、ツガイ殿の機嫌取りをするしか出来んからな」
うつ伏せて隠れる康泰の顎に手を滑らせ、指先でその骨格を数度撫でれば、擽ったさから逃げるように仰向けに転がった康泰の頭をするりと撫でる。
「…ごめん、八つ当たり」
「気にするな。…今回の事は、私の不手際だ。ガロンには謝罪のしようも無いな」
ところで、と言葉を切ったロイウェンに康泰はきゅっと口を結ぶ。続く言葉が簡単に予想できた。
「お前はいつの間にガロンと交流を得たのだ?」
「あーあー…うん、まあ、ちょっとあんたが寝こけてる時に色々と」
嘘は言っていない。が、深く聞かれた場合、誤魔化せないような気はしている。
康泰の心情を知ってか知らずか、目の泳ぐ康泰をじっと見下ろしていた漆黒は深いため息と共に閉じられた。
「交友関係を広げるのは別に構わん。ただ、我が身が狙われているのだと言う事を念頭に置いて動いておくれ」
諦念を込めた声音に、「…うん」と小さく返す。
―そなたの喪失は、世界を崩じさせる…
小さな皇の言葉が脳裏を過ぎった。
ふと思う。
一体、今の自分にどれだけの価値があるのだろう。自分ではわからないけれども、それでも、目の前の男は自分に手を伸ばすのだと知っている。
それが自分に向けられた『愛』なのかは判断出来ない。もしかしたら、それが定められた『星』だからなのかもしれない。それならそれで構わないと言うのが本音だ。魔皇の支柱となる為に招かれたのだから。たとえ向けられる感情が何であっても、この男は『愛』してくれる。ならば、自分も『愛』を返すだけだ。
「…ロイウェン皇や」
「なんだ?」
少しだけ沈んだ声を不審に思ったのか、慰めるような手付きが髪を撫でる。
「俺は、ちゃんとあんたを愛するよ」
脈絡もない言葉だと自分でも思った。案の定、ロイウェンも驚きに数度瞬き、言葉の意味を理解して僅かに眉を顰める。
「…お前にとって『愛』は、ツガイとしての義務か?」
些細な変化だった。その漆黒の奥、僅かに揺らいだ。
おや?と思う。これは、少しばかり己惚れてもいいのかもしれない。
「ご存じの通りに俺はガキだから、いくら何でも義務で誰かを愛するほど達観はしてない。始まりはどうであれ、今の俺は自分の意思であんたを愛するんだよ」
ロイウェンの柳眉がきゅっと寄った。
「…嗚呼、どうしたものか」
見上げる先の美貌が歪んだ。
「柄にもなく、喜びではしゃいでしまいそうだ」
「あっはっはっは!」
戸惑うように眉根を寄せて、今までになく表情を緩めるツガイが可愛らしい。
面映ゆさを胸に抱いて康泰は憩い良く起き上がり、枕にしていたロイウェンの膝を跨いでその首に腕を巻き付けた。自分よりも幾らか逞しい腕が、己の腰を抱き寄せる。
嗚呼、もどかしい。嗚呼、愛しい。
「あー…ふふ…」
形の良い頭を抱え込んで、目を閉じる。
情動に突き動かされても、抱き締めるだけでしかその想いを伝える術がない。正式な契りを交わしていない以上、その身を『喰らう』事は出来なくて。
額に唇を寄せて、瞼に口付けて、絹のような滑らかな手触りの金色を撫でて。
額に唇を寄せられて、瞼に口付けられて、大きな手のひらが背中を撫でて。
重ねられた唇から、蜂蜜のように甘い魔力が溢れて混ざり合って、互いの体に沈み込んで行く。
ざわざわと腹の奥がざわめく感覚がし始めた瞬間、ロイウェンがそっと唇を離した。
「これ以上は、混ざり過ぎる…」
混ざり過ぎた魔力は、痕跡となってその身に刻まれてしまう。どの魔族であっても、痕跡を残せるのはそのツガイだけである為、非公式であるツガイである以上、痕跡が残るのは好ましくない。
不満だと言う胸の内を隠す事無く表情を歪めた康泰に苦笑を滲ませ、その体を抱えたままロイウェンはベッドに倒れ込む。
「とりあえず、ガロンの件は動きたいのなら動けばいい。ユリエラも居るし、私の魔力もある」
ロイウェンの言葉にぱちくりと瞬いた康泰は、密やかに笑いながらロイウェンの隣に横臥して精悍な横顔を見遣った。
「慢心?」
「慢心なんぞするものか。掌中の珠を損ねるほど愚かにはならん」
閉ざされた瞼の縁を飾る長い睫毛を見つめながら、手慰みに柔らかな金糸を摘まみ上げ、するすると編んでは解いてを繰り返す。
「どう考えても、あんたの結界をバレないように歪ませるなんて、人間には出来ない所業だ。…魔族が関わっているのか、天界が関わっているのか…」
「…冥界の可能性も考えておけ」
「冥界…話が更にややこしくなりそうだな…」
ぐうと唸りながら天井を見上げ、ミオンに教えて貰った記憶を掘り返す。
「ほう、それで?」
外は漆黒。相変わらずの猛吹雪。
居館の一室、康泰の自室に訪れていた不遜な魔皇は、ソファーのど真ん中に腰を据え、ベッドに寝転がりながら従僕魔と戯れている己のツガイを眺めていた。
日中にガロンと交わした話を端的に伝えた結果が、先の言葉だ。
「把握してた?」
「いいや」
「なーんか悔しくない?」
「別に?」
不貞腐れているような子供染みた言葉に、ロイウェンは双眸を柔らかく眇めて微かに笑う。楽し気なその様相に、康泰の表情は更に不機嫌に歪んだ。
「俺は腹立つ」
「お前が腹を立てる必要は無いだろう」
それはそうだが。
うぐぐと歯噛みする康泰に、ロイウェンはソファーから立ち上がり天井を見上げる康泰の傍に腰を下ろした。上等なベッドはその重みを柔らかく受け止める。
「まったく…何が気に食わないのだ、お前は…」
のそりとした動きで自身の膝に懐いてくる子供を見下ろし、ロイウェンは呆れたと息を吐き出した。
「あんたが平然としているのが」
「今、慌てふためいた所で何か変わるか?」
「…把握してなかったくせに」
「そうだな。無能な私は、ツガイ殿の機嫌取りをするしか出来んからな」
うつ伏せて隠れる康泰の顎に手を滑らせ、指先でその骨格を数度撫でれば、擽ったさから逃げるように仰向けに転がった康泰の頭をするりと撫でる。
「…ごめん、八つ当たり」
「気にするな。…今回の事は、私の不手際だ。ガロンには謝罪のしようも無いな」
ところで、と言葉を切ったロイウェンに康泰はきゅっと口を結ぶ。続く言葉が簡単に予想できた。
「お前はいつの間にガロンと交流を得たのだ?」
「あーあー…うん、まあ、ちょっとあんたが寝こけてる時に色々と」
嘘は言っていない。が、深く聞かれた場合、誤魔化せないような気はしている。
康泰の心情を知ってか知らずか、目の泳ぐ康泰をじっと見下ろしていた漆黒は深いため息と共に閉じられた。
「交友関係を広げるのは別に構わん。ただ、我が身が狙われているのだと言う事を念頭に置いて動いておくれ」
諦念を込めた声音に、「…うん」と小さく返す。
―そなたの喪失は、世界を崩じさせる…
小さな皇の言葉が脳裏を過ぎった。
ふと思う。
一体、今の自分にどれだけの価値があるのだろう。自分ではわからないけれども、それでも、目の前の男は自分に手を伸ばすのだと知っている。
それが自分に向けられた『愛』なのかは判断出来ない。もしかしたら、それが定められた『星』だからなのかもしれない。それならそれで構わないと言うのが本音だ。魔皇の支柱となる為に招かれたのだから。たとえ向けられる感情が何であっても、この男は『愛』してくれる。ならば、自分も『愛』を返すだけだ。
「…ロイウェン皇や」
「なんだ?」
少しだけ沈んだ声を不審に思ったのか、慰めるような手付きが髪を撫でる。
「俺は、ちゃんとあんたを愛するよ」
脈絡もない言葉だと自分でも思った。案の定、ロイウェンも驚きに数度瞬き、言葉の意味を理解して僅かに眉を顰める。
「…お前にとって『愛』は、ツガイとしての義務か?」
些細な変化だった。その漆黒の奥、僅かに揺らいだ。
おや?と思う。これは、少しばかり己惚れてもいいのかもしれない。
「ご存じの通りに俺はガキだから、いくら何でも義務で誰かを愛するほど達観はしてない。始まりはどうであれ、今の俺は自分の意思であんたを愛するんだよ」
ロイウェンの柳眉がきゅっと寄った。
「…嗚呼、どうしたものか」
見上げる先の美貌が歪んだ。
「柄にもなく、喜びではしゃいでしまいそうだ」
「あっはっはっは!」
戸惑うように眉根を寄せて、今までになく表情を緩めるツガイが可愛らしい。
面映ゆさを胸に抱いて康泰は憩い良く起き上がり、枕にしていたロイウェンの膝を跨いでその首に腕を巻き付けた。自分よりも幾らか逞しい腕が、己の腰を抱き寄せる。
嗚呼、もどかしい。嗚呼、愛しい。
「あー…ふふ…」
形の良い頭を抱え込んで、目を閉じる。
情動に突き動かされても、抱き締めるだけでしかその想いを伝える術がない。正式な契りを交わしていない以上、その身を『喰らう』事は出来なくて。
額に唇を寄せて、瞼に口付けて、絹のような滑らかな手触りの金色を撫でて。
額に唇を寄せられて、瞼に口付けられて、大きな手のひらが背中を撫でて。
重ねられた唇から、蜂蜜のように甘い魔力が溢れて混ざり合って、互いの体に沈み込んで行く。
ざわざわと腹の奥がざわめく感覚がし始めた瞬間、ロイウェンがそっと唇を離した。
「これ以上は、混ざり過ぎる…」
混ざり過ぎた魔力は、痕跡となってその身に刻まれてしまう。どの魔族であっても、痕跡を残せるのはそのツガイだけである為、非公式であるツガイである以上、痕跡が残るのは好ましくない。
不満だと言う胸の内を隠す事無く表情を歪めた康泰に苦笑を滲ませ、その体を抱えたままロイウェンはベッドに倒れ込む。
「とりあえず、ガロンの件は動きたいのなら動けばいい。ユリエラも居るし、私の魔力もある」
ロイウェンの言葉にぱちくりと瞬いた康泰は、密やかに笑いながらロイウェンの隣に横臥して精悍な横顔を見遣った。
「慢心?」
「慢心なんぞするものか。掌中の珠を損ねるほど愚かにはならん」
閉ざされた瞼の縁を飾る長い睫毛を見つめながら、手慰みに柔らかな金糸を摘まみ上げ、するすると編んでは解いてを繰り返す。
「どう考えても、あんたの結界をバレないように歪ませるなんて、人間には出来ない所業だ。…魔族が関わっているのか、天界が関わっているのか…」
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