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第5章
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しおりを挟む「王帝も聞き及んでいるかと思いますが、現在、ガロン=ジュエラが治める水閣地区にて、近年人魚族の数が不自然に減少しているそうで。…此度の件、あなたが絡んでいると少々厄介であると思っておりますが…」
とりあえずとでも言うように、ロイウェンは躊躇いなく問い掛けた。
人魚族の減少の件は、王帝の耳にも届いている。しかし、実の所被害は人魚族だけではない。
「…そなたも知っているだろう?被害は、有翼族や獣人族…様々な種族に及んでいると」
ただ、その数が非常に少ない為に表に出て来ていないだけ。
王帝の言葉に、表情を動かしたのは康泰だけだった。事実、ロイウェンはその事を調べ、知り得ていた。
それでも、ロイウェンの笑みは歪む事も無い。今やるべきは、被害をどう防ぐべきか。悔いる事は、後にせねば助けられる命を掬い零す事となる。
「冥幻魔界と冥界が隣接するのは、水閣地区と凍土地区のみ。そして、冥界に住む者でそなたと拮抗する力を有するは予のみ」
クロードは右手をテーブルに置いた。置いたはずの手が、とぷりと沈み込んだ。
引きずり出した手に握るのは、手のひら大の牡丹を模る紅玉。灯りに照らされ妖しく光る。
「冥界を治める王帝クロード・フォン・シーラ及びヴァネッサ・ディレイ・シーナは、此度の件に関して、魔皇ロイウェン・グロウ・オーサに真名を預け、真実のみを告げると誓う」
クロードの王帝としての宣誓に、紅玉はほんの一瞬だけ柔い光を放った。それを見届け、クロードは大きく息を吐き出す。
「やれやれ、まさか手土産をこのように使用するとは思わなんだ…」
ほれと差し出された紅玉を、ロイウェンは苦笑しながら受け取った。
「王帝を疑うは畏れ多いとは思いますが、私も皇ですので…」
「良い。我らの立場は対等。それ以下でもそれ以上でも無い。まあ、今代の天帝殿は我らのように安易に済ませられん気性をしておるようだがの」
呵々と笑うクロードにロイウェンも笑う。
「とりあえず、宣誓の証にしてしもうたが、手土産としても受け取って貰えれば予も助かる」
「これは樹霊族の…」
「最近…五十年ほど前かの…寿命で枯れてしもうた者の置き土産よ」
細められた双眸は、過ぎ去りし日を思い返し、優しい光を灯していた。
「快気祝い、と言うのも可笑しいが…目覚めぬと諦めていたそなたが目覚めたのだ。しかも、起きて早々に嫁取りまでしておると来た。言祝がぬ理由も無かろう」
それと。
クロードの手が再び沈む。
「これを坊やに」
差し出された手のひらに転がる小さな黒曜石。ロイウェンの指先がそれを摘まみ上げ、きょとりと瞬く康泰の手のひらに載せられた。
「耳飾りにでもして身に着けよ。それを着けていれば、予の『子』等が予の友であると判断出来る」
クロードが『子』と称するのは、冥界の王帝のみが使役する事の出来る力―『九泉』の事である。
「えーと…ありがとうございます…」
友と呼ばれるには、あまりに浅い縁しか結べていないと認識している。つい先ほどが初対面である上に、会話をしていたのはロイウェンで自分とは会話らしい会話をしていない。
康泰の戸惑いに気が付いたのか、クロードは笑みを深めた。
「良い良い、深く考える事もない。何かの拍子でそなたを損ねた時が怖いだけじゃ」
そろりと目線だけでロイウェンに問い掛ければ、受け取りなさいと頷かれる。
「あー…そう言う事なら、有難く…」
ぺこりと頭を下げれば、クロードは機嫌よく好々爺の笑みを浮かべた。
「王帝にはこれを」
ベルベットを被せた箱の中で輝くのは、薄い青色の宝石で作られた首飾り。
康泰はクロードの錫色の双眸がきらきらと輝くのを見た。
「これは、冰王の一族…馮族の鱗じゃな…?」
「ええ、王帝に贈るのならば特別に、と」
「冰王?馮族?」
「ああ、お前はまだ会っていなかったか…近い内に連れて行こう。凍土地区に唯一生きる野生種族だ」
この極寒の地で、野生を謳歌する生き物が居る事に驚きである。
「ヴァネッサも喜んでいる。有難く頂戴する」
クロードが指先で箱の縁を撫でれば、闇の中にとぷりと沈み込んだ。
それを見届けたクロードは、そろりと息を吐き出した。
「皇よ、少々相談したき議があるのだが…」
「…白花の兄妹の事でしょうか?」
すかさずロイウェンが問えば、クロードは眉を跳ね上げた。 吐き出されたため息は憂いを濃くしている。
沈黙の後、クロードは手元に落としていた視線を上げ、ロイウェンを見た。
「白花のについた『子』等は浄化したのかえ?」
「…魔皇さんは別件で忙しかったので、ミオンさんにも確認してもらいながら俺が浄化作業を代行しました」
「そうか…坊やが対応したのならば、大事には至らぬだろう」
そう述べてはいても、クロードの表情は晴れない。別の何かが原因で憂慮しているのは分かるが、一体何なのか。
再び訪れた沈黙は、少しばかり長かった。だが、康泰もロイウェンも急かす事はしない。王帝からの言葉を静かに待つ。
「…アレは、救い難い事にこの身に惑わされてしもうた」
「アレ、とは…?」
首を傾げる康泰に、クロードは双眸を閉ざした。
「坊やが助けた白花の兄…リンザの事よ」
どこでこの身を見たのやら。
ため息交じりの言葉が、苦々しく吐き出された。
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