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第6章
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「ちょっと話がある人がいるみたいだから。お前は『俺』になって居館に帰って」
『なりません』
即座に返される拒絶は想定済み。だが、恐らく外に居る相手は魔皇に勘付かれる事を厭う故、その身を皇の魔力に晒しているのだろう。
「大丈夫、何かあればすぐに呼ぶ」
小さな頭を指先で擽り、「ね?」と促せば、つぶらな双眸は諦めと共に閉ざされた。
『必ず、お呼びください。おひとりで無理はされぬよう』
「うん、必ず」
額に唇を寄せ、魔力を移して行く。現状の自身の魔力よりも大きくならないように、小さくならないように細心の注意を払いながら。同時に、自分自身の魔力を感知出来ないように小さくして行く。
「うう…調整は苦手だ…」
少しばかり苦戦を強いられるが、どうにか最小限にまで抑え込み、念には念をと『小さな彼』から譲渡された影でその身を覆った。
「それじゃ、よろしくね」
『承知いたしました』
頷いたリィは康泰の肩からひらりと飛び降り、康泰の歩幅に合わせた動きで去って行く。その小さな体が角を曲がるまで見送り、康泰は近くのバルコニードアから外に出た。吹雪の影響のないそこに雪が積もる事は無い。
躊躇なく手すりを乗り越え、宙へと躍り出た。ごうと風を裂き落下する。
ぽすん、と着地は何とも軽やかに。
柔い雪が微かに沈む。が、数歩先に居る人物は腰まで雪に埋もれていた。
「そこ、寒くないですか?ヴァネッサ様」
手を差し出した相手、冥界の王帝ヴァネッサは苦笑を浮かべた。
「寒くない、と取り繕う事が出来れば良いのじゃが…皇の魔力に身を曝しているからの…少しばかり寒いのが本音じゃ…」
重ねられた手は氷のように冷たい。少しばかりと言うのも彼女の強がりなのだろう。しかし、それを口にするほど康泰も馬鹿ではない。
「こちらに」
自分とは違い、深く雪に埋まるヴァネッサの手を引いて城の陰に入り、少しでも風が当たらぬように避難する。本当は城の中に連れて行きたいが、そうしてしまえばさすがにロイウェンに所業が露見してしまうだろう。
『暗影』のヴェールをヴァネッサにも纏わせれば、多少は寒さが和らいだのか震える唇からほうと息が零れ落ちた。
「急に呼び出したのに、手間を掛けさせてすまなんだ…」
「いえ、これくらいお気になさらず。それで…こんな寒い中わざわざお越しいただいたのは…?」
錫色の双眸がはたりとまばたく。
「風天の姫の刺客が来たはずじゃ」
「…お耳の早い事で。ついさっき来ましたね。酷い怪我をしている状態なので、今俺の居館で診察を…」
「生きているのじゃな?」
「ええ、今のところは」
きょとりとまばたく康泰が頷けば、ヴァネッサは安堵の息を吐き出した。
何故、冥界の王帝が一介の従僕魔の安否を気に掛けるのか。
それを感じ取ったのか、ヴァネッサは苦笑を滲ませる。
「ああ、別にそやつを案じている訳では無い。…あの者は、風天の姫の子のようなものじゃ…死すれば、メリディアは壊れるであろうな…」
「…自分が、ああしたのに?」
康泰の眉間に深い皺が刻まれた。己で傷つけたくせに何を悔いる事があるのだと暗に告げる。
その不機嫌な顔を見上げ、ヴァネッサは笑った。
「少しだけ昔話に付き合うておくれ…」
二人は壁に背を預け、互いの温もりを共有するように肩を寄せた。
「メリディアと会うた事は?」
「あー…はい、襲われたので応戦しました」
「なんと…あの子に応戦したのか!はっはっは!何とも愉快!」
大きな口を開けて笑う王帝はそれでも美しさを損なう事は無い。しかし、すぐに笑いは消え去り、少しばかりの憂いを乗せてヴァネッサは息をつく。
「…妾は…妾たちはあの子が生を受けてから、否、この世界の営みを原初の頃より全てを見つめて来た」
「原初…?」
妾たちの秘密じゃ。そう言ってヴァネッサは人差し指を唇に添える。
「ロイウェンの坊やも知らぬ妾たちの秘密。些か本題とは逸れるが、与太話と思うて聞き流して構わぬ」
ああ、聞きたくないなと康泰は耳を塞ぎたくなったが、それはヴァネッサとその半身であるクロードに対して失礼だと思い諦めた。
他言無用。それを胸に深く刻み込んでヴァネッサの声に耳を傾ける。
「妾たちは元々天界を治めておった。まあ言えば、初代天帝よの。様々な時空を旅していた妾たちは『空白の次元』であったこの世界を寝床にしようと決め、妾たちの伴侶であった者と共に世界を整えた」
やはり、康泰は耳を塞ぎたくなった。僅かに光を失った琥珀の双眸は吹雪の向こう側を意味も無く眺める。
「妾たちは天界を創り出し、伴侶殿は冥幻魔界を創り出した。ああ、そうそう、元々冥界と言う世界は存在せなんだ。命を摘む気も無かったからの。天界から生み出し、冥幻魔界を生き、命尽きれば昇華されて天界へと還る。最初はそんな単純な循環で世界は動いておった」
それは長い年月続いていた。百年、千年。誰もがそれを当たり前とする安寧秩序の世界。
「じゃが、まあ、安寧と言うものは案外あっさりと崩されるものよ。…法を犯して人間界を垣間見た者が『欲』と言う穢れを持ち込んだ」
それは容易く世界を侵食し、安寧を破壊する。
「その結果、妾たちは腹心に弑され、永遠と言われた命を落とした。この世界で初めての『死者』となったのじゃ。と言っても、妾たちに還る場所は無い。還る場所が無ければ、消滅するだけ。これも仕方なき事かと、無念ではあるが妾たちはそれを受け入れた。…じゃが、初代魔皇であった伴侶殿はそれを良しとせなんだ」
そして創り出されたのが『冥界』である。
「冥界は我が伴侶そのもの。我が伴侶の体と魂で創り出された『生きる』死者の世界じゃ」
どう言う思いでその伴侶はヴァネッサたちの『死』を見届け、その存在全てを捧げたのだろうか。
「いつか我が居城に招こう。冥界に行けば、我が伴侶殿を紹介する事が出来るゆえな」
「えーと…とりあえず、死ぬ予定は無いんですが」
「ほほ、案ずるな。まじないを施せば二日ほどの滞在ならば可能じゃ」
「そう言う事ならお邪魔します」
ふふと笑えば、ヴァネッサも柔らかな笑みを浮かべた。
「冥界に居っても世界を見ていた。天界には『天樹』と言うものがあっての。天使族の卵を成し、天帝の力を増幅させる重要な役割がある。そういう役目を妾たちが与えた。アレは妾の『子』のようなもの。縁を断たぬ以上、妾とアレは繋がったまま。天樹との繋がりは今尚切れておらぬ故な、たまに暇潰しにアレを通して世界を見ているのよ」
そう言ってヴァネッサは悪びれる様子も無く、いたずらをする子供のように赤い舌を出す。
今の天帝が何代目になるのかは知らないが、康泰は少しばかり憐れに思う。己が絶対と信じて疑わぬのに、その実は…だなんて。
「それでの、冥幻魔界を覗き見る事もある。…昔のメリディアは、もう少し優しい子であった」
あの躊躇いなく斬り込んで来る王妃が?
己の従僕魔を瀕死の重傷にまで追い遣る魔王が?
怪訝な眼差しでヴァネッサを見遣れば、そう疑うなと笑われる。
「まあ、生粋の吸血鬼一族じゃからの。残酷な面が色濃いのはあの一族の本能じゃ。…あの子は一族の中でも力が強く、生まれる時に母の命を食い破り、一族の長を継承するときに父の命を糧とした孤独の王よ…」
生まれた時から独りだったのだと、ヴァネッサは呟いた。
『なりません』
即座に返される拒絶は想定済み。だが、恐らく外に居る相手は魔皇に勘付かれる事を厭う故、その身を皇の魔力に晒しているのだろう。
「大丈夫、何かあればすぐに呼ぶ」
小さな頭を指先で擽り、「ね?」と促せば、つぶらな双眸は諦めと共に閉ざされた。
『必ず、お呼びください。おひとりで無理はされぬよう』
「うん、必ず」
額に唇を寄せ、魔力を移して行く。現状の自身の魔力よりも大きくならないように、小さくならないように細心の注意を払いながら。同時に、自分自身の魔力を感知出来ないように小さくして行く。
「うう…調整は苦手だ…」
少しばかり苦戦を強いられるが、どうにか最小限にまで抑え込み、念には念をと『小さな彼』から譲渡された影でその身を覆った。
「それじゃ、よろしくね」
『承知いたしました』
頷いたリィは康泰の肩からひらりと飛び降り、康泰の歩幅に合わせた動きで去って行く。その小さな体が角を曲がるまで見送り、康泰は近くのバルコニードアから外に出た。吹雪の影響のないそこに雪が積もる事は無い。
躊躇なく手すりを乗り越え、宙へと躍り出た。ごうと風を裂き落下する。
ぽすん、と着地は何とも軽やかに。
柔い雪が微かに沈む。が、数歩先に居る人物は腰まで雪に埋もれていた。
「そこ、寒くないですか?ヴァネッサ様」
手を差し出した相手、冥界の王帝ヴァネッサは苦笑を浮かべた。
「寒くない、と取り繕う事が出来れば良いのじゃが…皇の魔力に身を曝しているからの…少しばかり寒いのが本音じゃ…」
重ねられた手は氷のように冷たい。少しばかりと言うのも彼女の強がりなのだろう。しかし、それを口にするほど康泰も馬鹿ではない。
「こちらに」
自分とは違い、深く雪に埋まるヴァネッサの手を引いて城の陰に入り、少しでも風が当たらぬように避難する。本当は城の中に連れて行きたいが、そうしてしまえばさすがにロイウェンに所業が露見してしまうだろう。
『暗影』のヴェールをヴァネッサにも纏わせれば、多少は寒さが和らいだのか震える唇からほうと息が零れ落ちた。
「急に呼び出したのに、手間を掛けさせてすまなんだ…」
「いえ、これくらいお気になさらず。それで…こんな寒い中わざわざお越しいただいたのは…?」
錫色の双眸がはたりとまばたく。
「風天の姫の刺客が来たはずじゃ」
「…お耳の早い事で。ついさっき来ましたね。酷い怪我をしている状態なので、今俺の居館で診察を…」
「生きているのじゃな?」
「ええ、今のところは」
きょとりとまばたく康泰が頷けば、ヴァネッサは安堵の息を吐き出した。
何故、冥界の王帝が一介の従僕魔の安否を気に掛けるのか。
それを感じ取ったのか、ヴァネッサは苦笑を滲ませる。
「ああ、別にそやつを案じている訳では無い。…あの者は、風天の姫の子のようなものじゃ…死すれば、メリディアは壊れるであろうな…」
「…自分が、ああしたのに?」
康泰の眉間に深い皺が刻まれた。己で傷つけたくせに何を悔いる事があるのだと暗に告げる。
その不機嫌な顔を見上げ、ヴァネッサは笑った。
「少しだけ昔話に付き合うておくれ…」
二人は壁に背を預け、互いの温もりを共有するように肩を寄せた。
「メリディアと会うた事は?」
「あー…はい、襲われたので応戦しました」
「なんと…あの子に応戦したのか!はっはっは!何とも愉快!」
大きな口を開けて笑う王帝はそれでも美しさを損なう事は無い。しかし、すぐに笑いは消え去り、少しばかりの憂いを乗せてヴァネッサは息をつく。
「…妾は…妾たちはあの子が生を受けてから、否、この世界の営みを原初の頃より全てを見つめて来た」
「原初…?」
妾たちの秘密じゃ。そう言ってヴァネッサは人差し指を唇に添える。
「ロイウェンの坊やも知らぬ妾たちの秘密。些か本題とは逸れるが、与太話と思うて聞き流して構わぬ」
ああ、聞きたくないなと康泰は耳を塞ぎたくなったが、それはヴァネッサとその半身であるクロードに対して失礼だと思い諦めた。
他言無用。それを胸に深く刻み込んでヴァネッサの声に耳を傾ける。
「妾たちは元々天界を治めておった。まあ言えば、初代天帝よの。様々な時空を旅していた妾たちは『空白の次元』であったこの世界を寝床にしようと決め、妾たちの伴侶であった者と共に世界を整えた」
やはり、康泰は耳を塞ぎたくなった。僅かに光を失った琥珀の双眸は吹雪の向こう側を意味も無く眺める。
「妾たちは天界を創り出し、伴侶殿は冥幻魔界を創り出した。ああ、そうそう、元々冥界と言う世界は存在せなんだ。命を摘む気も無かったからの。天界から生み出し、冥幻魔界を生き、命尽きれば昇華されて天界へと還る。最初はそんな単純な循環で世界は動いておった」
それは長い年月続いていた。百年、千年。誰もがそれを当たり前とする安寧秩序の世界。
「じゃが、まあ、安寧と言うものは案外あっさりと崩されるものよ。…法を犯して人間界を垣間見た者が『欲』と言う穢れを持ち込んだ」
それは容易く世界を侵食し、安寧を破壊する。
「その結果、妾たちは腹心に弑され、永遠と言われた命を落とした。この世界で初めての『死者』となったのじゃ。と言っても、妾たちに還る場所は無い。還る場所が無ければ、消滅するだけ。これも仕方なき事かと、無念ではあるが妾たちはそれを受け入れた。…じゃが、初代魔皇であった伴侶殿はそれを良しとせなんだ」
そして創り出されたのが『冥界』である。
「冥界は我が伴侶そのもの。我が伴侶の体と魂で創り出された『生きる』死者の世界じゃ」
どう言う思いでその伴侶はヴァネッサたちの『死』を見届け、その存在全てを捧げたのだろうか。
「いつか我が居城に招こう。冥界に行けば、我が伴侶殿を紹介する事が出来るゆえな」
「えーと…とりあえず、死ぬ予定は無いんですが」
「ほほ、案ずるな。まじないを施せば二日ほどの滞在ならば可能じゃ」
「そう言う事ならお邪魔します」
ふふと笑えば、ヴァネッサも柔らかな笑みを浮かべた。
「冥界に居っても世界を見ていた。天界には『天樹』と言うものがあっての。天使族の卵を成し、天帝の力を増幅させる重要な役割がある。そういう役目を妾たちが与えた。アレは妾の『子』のようなもの。縁を断たぬ以上、妾とアレは繋がったまま。天樹との繋がりは今尚切れておらぬ故な、たまに暇潰しにアレを通して世界を見ているのよ」
そう言ってヴァネッサは悪びれる様子も無く、いたずらをする子供のように赤い舌を出す。
今の天帝が何代目になるのかは知らないが、康泰は少しばかり憐れに思う。己が絶対と信じて疑わぬのに、その実は…だなんて。
「それでの、冥幻魔界を覗き見る事もある。…昔のメリディアは、もう少し優しい子であった」
あの躊躇いなく斬り込んで来る王妃が?
己の従僕魔を瀕死の重傷にまで追い遣る魔王が?
怪訝な眼差しでヴァネッサを見遣れば、そう疑うなと笑われる。
「まあ、生粋の吸血鬼一族じゃからの。残酷な面が色濃いのはあの一族の本能じゃ。…あの子は一族の中でも力が強く、生まれる時に母の命を食い破り、一族の長を継承するときに父の命を糧とした孤独の王よ…」
生まれた時から独りだったのだと、ヴァネッサは呟いた。
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⭐︎⭐︎⭐︎
ご拝読頂きありがとうございます!
コメント、エール、いいねお待ちしております♡
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