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第6章
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「幼きメリディアが王位を継いでから幾許か経つ頃、闇の中に放られていたのがあの執事じゃ。恐らく親は共食いにおうたのじゃろう」
吸血鬼一族は残酷ではあるが、その生殖能力の低さから親類の情に厚い。あくまでも、親類に対してのみであるが。その為、親が子を捨てる事は決してない。ゆえに、親は同族の糧とされてしまったのではとヴァネッサは推測する。
「他者の子はそれなりの力を有していれば喰われるが、まあ、それはほんの一握り。大抵は殺されるか、放置されるかよ。拾い上げ、育てる…ましてや従僕魔にするなど、酔狂な事はようせん。恐らく、メリディアの気まぐれもあろうが…簡潔に言えば、孤独に飽いたのじゃろう…」
「孤独に、飽きる…」
飽きるほどの孤独とは何だろうと康泰は考えた。長い孤独は、心を狂わせるだろう。狂気の先に辿り着いた退屈は、その狂った心を更なる歪に導くのだろう。
歪んだ狂気は、ともすれば正気と成り得るのか。
康泰には分からない。恐らく隣に佇むヴァネッサも。
「メリディアは、思いの外あの闇の子に愛情を注いで育てておったよ。…親の情と言うよりも、玩具に寄せるような愛着やも知れんがな」
けれども。
「どのような形であれ、メリディアがバーズ・クァントを一定以上の情で育てたのは事実。他の従僕魔との結び付きとは比べ物にならぬほど、その絆は強いであろう…あの子は確かにメリディアとは血は繋がらぬが『子』である事に間違いない。少女の孤独を癒した可愛い子じゃ…」
花のように笑み、幼子の手を引いていた孤高の王。
確かに酷い折檻をする事もあった。だが、今回は明らかにバーズの命を軽んじたものだった。
「…あの子は、いつからあのように狂ってしもうたのか…」
腕を組み、ヴァネッサは息を吐いた。吐息は白く濁り、流れ消える。
「ロイウェン皇に恋をした時じゃないんですか?」
あれ程に盲目的で狂信的なのだ。言葉は悪いが、ロイウェンと言う存在がメリディアの歯車を歪めたのでは無いかと問うが、ヴァネッサは違うと首を振る。
「確かにメリディアは皇に恋をしている。いや、まあ…皇に対して狂信的な部分は否定出来ぬが…だが、それはあくまでも敬慕の延長で、メリディア自身もそれを理解しておる」
強く、気高き存在を崇拝すると言う感情に近いのだ呟き、ヴァネッサははたとまばたいた。
「坊や、メリディアと交戦したと言っておったな…」
「え?ああ、はい」
「襲われた、と…」
低い問いに、さすがの康泰も怪訝に顔を歪める。
襲われ、応戦した事は事実だ。躊躇いなく肯定した。
「ええ。魔皇さんが目覚める少し前、シュノアさんの誘いで庭園に散歩がてら出向いた時に…」
長い髪を靡かせ、純白の彗星となって降り立った少女を思い出す。
「そこからして、妾の知るメリディアと相違しておる…」
メリディアは生まれついての『王』であるとヴァネッサは表情を歪めた。
「確かに冷酷で無慈悲で、無邪気ゆえに残酷な部分もある。じゃが、あれは王である。見境なく誰かを、ましてや初対面で襲うほど不躾な真似はせぬ」
では、何故。
康泰の知るメリディアは、あのメリディアだけだ。孤独であった彼女も、何かを愛でる彼女も、優しい彼女も知らない。
「…嫌な予感がするの…妾は何ぞ、考え違いを起こしておるのでは無いか…?」
問うているような言葉は、独り言。組んでいた手を片方解き、顎に添えてヴァネッサは考え込む。
「…坊や」
「はい」
「後日、改めて時間を貰えぬだろうか。今度は、このような逢瀬では無く、正式な面会を申し込もう」
鮮やかに微笑むヴァネッサに、康泰も笑う。
「逢瀬って、確かにそんな感じですね」
男女が一目のつかぬ城の陰でこそこそと会っている現状は、逢瀬と称するに相応しいのかもしれない。そこに恋慕の情は無いけれど。
「兎も角、妾が言える事では無いが、バーズ・クァントの事は宜しく頼む」
「ええ、努力はしますよ」
必ずとは確約出来ないが、引き取った以上、出来る限りの手段は講じるつもりだ。
では、と優雅に手を振ったヴァネッサは、ずるりと影の中へと身を沈めた。それでも、ロイウェンの魔力に紛れるほどの僅かな力の使い方で、康泰は感嘆の息を漏らした。
その時。
「このようなところで逢引きとは、感心せんな」
降って来た愉快気な声に、右手で顔を覆い隠して項垂れる。
ちらりと見上げたのは、城の壁。三階ほどの高さだろうか。そこの花頭窓から頬杖をついて顔を出すのは、バレないようにとしていた相手―ロイウェンだった。
「バレた…」
自分に成り代わってくれたリィには悪いが、自分の努力が実らなかったのはまだ良い。だが、ヴァネッサがあれだけ警戒して、ロイウェンの魔力に身を曝していたと言うのに何故。
おいでと手招きされ、諦めて地面を蹴った。ふわりと浮いた体は、ロイウェンの魔力の誘導に逆らう事無く上昇する。
伸ばされた手に手を重ねれば、柔らかな動作でもう片方の腕に座る格好を取らされた。
「…わざわざ部屋から降りて来たのか…」
往来が日中よりは少ないと言えど、誰も居ない訳ではない。気配の違和を感じ取り、自室から降りて来るとは思わなかった。
「わざわざ降りて来た」
康泰を腕に抱いたまま、ロイウェンはゆったりと歩き出した。が、向かう先は自室ではないようだ。下り階段に足を踏み出した。
「上手く隠れたと思ったんだけど…」
「ああ、上手く隠れていたな」
じゃあ何で。むっすりとした顔で問えば、ロイウェンは喉奥でくつくつと笑う。
「そう拗ねる事もあるまい。見つけたのはたまたまだ」
人ひとり腕に抱いているとは思えぬ、危うさの欠片も無い柔らかな振動に心地好さを感じてしまう。
「結界を強化しようと魔力の密度を上げていたのだ。天界に露呈する訳にもいかぬゆえ、徐々にな」
嗚呼、と康泰は項垂れた。魔力の密度変化は、今思い返しても何の違和感も無い。冥界の王帝にすら察する事が出来ないほど微細な増強だったのだろう。
「その最中に、不可解な流れの淀みが出来ているのを見つけたのだ。何事かと思い『氷鏡』で覗けば、お前と王帝の姿を見つけた」
侵入者かと思い肝が冷えたとロイウェンは笑った。
「あー…それは、ごめん」
淀みを見つけた時、緊張感は急激に高まっただろう。無駄な心労を掛けてしまったと、素直に頭を下げた。
「よい、私の気が緩んでいた証拠だ。まあ、お前と王帝のように我が魔力に身を浸す事が出来る者は居らぬがな」
魔皇の魔力に触れるのは、劇薬の湯船に浸かるようなものだ。おいそれと真似出来る芸当ではない。
吸血鬼一族は残酷ではあるが、その生殖能力の低さから親類の情に厚い。あくまでも、親類に対してのみであるが。その為、親が子を捨てる事は決してない。ゆえに、親は同族の糧とされてしまったのではとヴァネッサは推測する。
「他者の子はそれなりの力を有していれば喰われるが、まあ、それはほんの一握り。大抵は殺されるか、放置されるかよ。拾い上げ、育てる…ましてや従僕魔にするなど、酔狂な事はようせん。恐らく、メリディアの気まぐれもあろうが…簡潔に言えば、孤独に飽いたのじゃろう…」
「孤独に、飽きる…」
飽きるほどの孤独とは何だろうと康泰は考えた。長い孤独は、心を狂わせるだろう。狂気の先に辿り着いた退屈は、その狂った心を更なる歪に導くのだろう。
歪んだ狂気は、ともすれば正気と成り得るのか。
康泰には分からない。恐らく隣に佇むヴァネッサも。
「メリディアは、思いの外あの闇の子に愛情を注いで育てておったよ。…親の情と言うよりも、玩具に寄せるような愛着やも知れんがな」
けれども。
「どのような形であれ、メリディアがバーズ・クァントを一定以上の情で育てたのは事実。他の従僕魔との結び付きとは比べ物にならぬほど、その絆は強いであろう…あの子は確かにメリディアとは血は繋がらぬが『子』である事に間違いない。少女の孤独を癒した可愛い子じゃ…」
花のように笑み、幼子の手を引いていた孤高の王。
確かに酷い折檻をする事もあった。だが、今回は明らかにバーズの命を軽んじたものだった。
「…あの子は、いつからあのように狂ってしもうたのか…」
腕を組み、ヴァネッサは息を吐いた。吐息は白く濁り、流れ消える。
「ロイウェン皇に恋をした時じゃないんですか?」
あれ程に盲目的で狂信的なのだ。言葉は悪いが、ロイウェンと言う存在がメリディアの歯車を歪めたのでは無いかと問うが、ヴァネッサは違うと首を振る。
「確かにメリディアは皇に恋をしている。いや、まあ…皇に対して狂信的な部分は否定出来ぬが…だが、それはあくまでも敬慕の延長で、メリディア自身もそれを理解しておる」
強く、気高き存在を崇拝すると言う感情に近いのだ呟き、ヴァネッサははたとまばたいた。
「坊や、メリディアと交戦したと言っておったな…」
「え?ああ、はい」
「襲われた、と…」
低い問いに、さすがの康泰も怪訝に顔を歪める。
襲われ、応戦した事は事実だ。躊躇いなく肯定した。
「ええ。魔皇さんが目覚める少し前、シュノアさんの誘いで庭園に散歩がてら出向いた時に…」
長い髪を靡かせ、純白の彗星となって降り立った少女を思い出す。
「そこからして、妾の知るメリディアと相違しておる…」
メリディアは生まれついての『王』であるとヴァネッサは表情を歪めた。
「確かに冷酷で無慈悲で、無邪気ゆえに残酷な部分もある。じゃが、あれは王である。見境なく誰かを、ましてや初対面で襲うほど不躾な真似はせぬ」
では、何故。
康泰の知るメリディアは、あのメリディアだけだ。孤独であった彼女も、何かを愛でる彼女も、優しい彼女も知らない。
「…嫌な予感がするの…妾は何ぞ、考え違いを起こしておるのでは無いか…?」
問うているような言葉は、独り言。組んでいた手を片方解き、顎に添えてヴァネッサは考え込む。
「…坊や」
「はい」
「後日、改めて時間を貰えぬだろうか。今度は、このような逢瀬では無く、正式な面会を申し込もう」
鮮やかに微笑むヴァネッサに、康泰も笑う。
「逢瀬って、確かにそんな感じですね」
男女が一目のつかぬ城の陰でこそこそと会っている現状は、逢瀬と称するに相応しいのかもしれない。そこに恋慕の情は無いけれど。
「兎も角、妾が言える事では無いが、バーズ・クァントの事は宜しく頼む」
「ええ、努力はしますよ」
必ずとは確約出来ないが、引き取った以上、出来る限りの手段は講じるつもりだ。
では、と優雅に手を振ったヴァネッサは、ずるりと影の中へと身を沈めた。それでも、ロイウェンの魔力に紛れるほどの僅かな力の使い方で、康泰は感嘆の息を漏らした。
その時。
「このようなところで逢引きとは、感心せんな」
降って来た愉快気な声に、右手で顔を覆い隠して項垂れる。
ちらりと見上げたのは、城の壁。三階ほどの高さだろうか。そこの花頭窓から頬杖をついて顔を出すのは、バレないようにとしていた相手―ロイウェンだった。
「バレた…」
自分に成り代わってくれたリィには悪いが、自分の努力が実らなかったのはまだ良い。だが、ヴァネッサがあれだけ警戒して、ロイウェンの魔力に身を曝していたと言うのに何故。
おいでと手招きされ、諦めて地面を蹴った。ふわりと浮いた体は、ロイウェンの魔力の誘導に逆らう事無く上昇する。
伸ばされた手に手を重ねれば、柔らかな動作でもう片方の腕に座る格好を取らされた。
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往来が日中よりは少ないと言えど、誰も居ない訳ではない。気配の違和を感じ取り、自室から降りて来るとは思わなかった。
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康泰を腕に抱いたまま、ロイウェンはゆったりと歩き出した。が、向かう先は自室ではないようだ。下り階段に足を踏み出した。
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淀みを見つけた時、緊張感は急激に高まっただろう。無駄な心労を掛けてしまったと、素直に頭を下げた。
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