ついでに喚ばれただけなのに。

仁蕾

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 神部悠真は困惑していた。
「おい、大丈夫か」
 ぞくぞくと緩やかな痺れが背筋に走らせる甘く低い声。覗き込んでくる男から発せられたものだ。
 白皙の美丈夫。先端が波打つ艶やかな漆黒の長い髪が肩を滑り落ち、見つめてくる双眸は星が煌く夜空を閉じ込めた闇色。揶揄ではなく、本当に星が閉じ込められているのか、時折、銀色が瞬いている。そして、男の頭にその存在を主張するのは、角。古木のように不規則に伸びるそれは、龍のもの。
 悠真は胸中で最悪だと今日の運勢を罵った。
「意識はあるようだな」
 男の指先が悠真の頬を滑り落ちる。指先は冷たいのに、心なしか撫でられた箇所が熱を持ったような気がした。
「あ、んた…」
 上手く声が出せない。
おれか?吾は…ただの通りすがりだ」
 一瞬の逡巡だった。男は何食わぬ顔をしてにっこりと笑って見せた。
 悠真は確信する。目の前の美丈夫は、この世界の誰もが畏怖する龍王『グレルディア・レイ・グランサ』だと。


 発端は、この世界に召喚された事だった。
 悠真と悠真の双子の弟、翔真が自宅のリビングで寛いでいるときだった。休日の昼食後のだらだらとした空気の中、好きな作家の新刊を読み込んでいるときだった。
「悠真」
 具合の悪そうな声だった。弟の呼び掛けに顔を上げれば、翔真が青褪めた顔でソファに横たわっていた。
「どうした、翔真」
「これ…」
 翔真が持ち上げたのは、自身の手。その指先を見て、悠真の表情が驚愕に彩られ、その顔色を白くさせた。
「おま、これっ…!」
 掴んだ翔真の手首の先。指先が半透明になっていた。その面積はどんどん広がり、翔真と言う存在を消そうとしているように見えた。
「何で…っ」
「知らねーよ!なあ、悠真っ、オレ消えるのかっ?」
 非現実的な現象を前に、二人は恐怖するしか無い。
 握り締めている感覚はあるのに、目に見えない翔真の手首を強く握り、冷えた体を抱き寄せる。
「大丈夫だ、大丈夫だからっ…!」
 何が大丈夫なのか。それでも、大事な弟を落ち着かせるためにその体を必死で抱き締める。
 自分の体が透け始めても弟から離れようとは思わなかった。
「にいさん…っ」
 滅多に聞けぬその呼び名を最後に、二人の世界はブラックアウトとしたのだった。
 そして、目を覚ました場所が剣と魔法(ファンタジー)のこの世界。
 どうやら翔真は、千年の眠りから目覚めようとしている魔王を倒す為に召喚された『勇者』であるらしい。国王と宮廷魔術師その他の盛り上がりようは、二人揃って距離を置いたくらいに凄かった。
 では、悠真は何かと言うと、何でも無い。『勇者』の召喚についてきたただの脇役である。危うく捨て置かれるかと思ったのだが、持つべきものは兄思いの弟。兄を蔑ろにするならば、『勇者』など知った事かと啖呵を切ったのだ。
 それはさすがに困ってしまうからなのか、冷遇はされないが、翔真のように優遇される事もなく村人Aおよび新米冒険者としての役割を全うしていた。
 それから半年が経ち、この世界の生活にも慣れ始めた頃。
 翔真は『勇者』としての素質を存分に発揮し、剣術に魔法、その他諸々を順調に修めていた。そして、俗に言う取り巻きの形成も。
 第二皇子に始まり、第一皇女、皇帝の近衛隊第一隊隊長などなどそれなりの地位に就く者達から大人気である。
 本人は鬱陶しいと邪険に扱っているのだが、取り巻き達は心折れるどころか更に奮起している。何故だと嘆く弟を慰めた夜は数え切れない。取り巻き達はそれが気に食わず、悠真に強く当たる時もあるが、大抵は「あーはいはい」と流している。
 そんな生活の中、翔真と共に座学を受けていたときにその話が出て来た。魔王『レイ』の話だ。
 『レイ』の名は長い時代を渡り、魔王の名として継がれて来た。種族は様々。鳥人族ハーピィだった時代もあれば、スライムやゴブリンだった時代もある。そして、今は『龍族』だと習った。
 龍王『グレルディア・レイ・グランサ』。今、悠真の目の前に居る男こそ、『勇者』として召喚された弟の翔真が討伐すべき存在なのである。

 何故、男が魔王であると気が付いたのか。男の額だ。龍族が有すると言う額の宝珠『龍玉』に魔王の刻印を見つけたからだ。よくよく見なければ気付かないほどに宝珠の色と同化した刻印に気が付いた悠真は、懸命にも狂乱する事無く、そっと視線を宝珠から逸らした。
「ああ、無理に動くな。足が腫れている」
 身じろいだ悠真を制し、男―グレルディアは悠真の傍に膝をつき、悠真の腫れた右足を慎重に掬い上げる。
 びりりとした痛みに表情を歪めれば、「すまん、しばし我慢をしてくれ」と申し訳なさそうな声で謝られてしまった。
 大きな手のひらが足首を覆う。ひやりとした手が気持ち良い。
「彼の者に癒しを」
 柔らかな声に導かれるように淡い光が一瞬灯り、痛みが光と共に消え去った。
 悠真は瞠目する。魔王は闇の統治者。対して、先ほど使った癒しの魔法は闇と反する聖魔法。
 自身の弱点を平然と使用する魔王なぞ、聞いた事が無い。
 しかし、動揺は必死に抑えて表に出さず、悠真はグレルディアに謝意を示した。
「あ、ありがとうございます。えと、私はユーマと申します」
 礼をしたいと告げれば、グレルディアは苦笑を滲ませて気にするなと首を振った。
「では、せめてお名前を…」
 どこかの時代劇のようだと思いながらも口にすれば、グレルディアはしばらく考え、小さなため息を吐き出した。
「…グレイだ。天龍族のグレイだ」
 天龍族だと?なんて事だ。
 偽名である事情は察する。だが、天龍族である事に叫び出したいのを必死に堪え、悠真は立ち上がってもう一度頭を下げた。
 グレルディアも立ち上がると空を見上げた。つられて悠真も空を仰ぐ。薄い茜が滲み始め、夕刻が迫る時間だ。
「何故この森に来たのかは聞かんが、今この森は危険度が上がっている。あまり近寄らん方が良いだろう」
 森は悠真と翔真を召喚したディスタ帝国の東に位置する比較的魔物の少ない穏やかな森だ。民が薬草を取りに来る事が出来る程に。
「なぜ…?」
「…さあな。さあ、お前も早く帰れ。日が暮れれば魔物の時間だ」
 それだけを残し、グレルディアは去ってしまった。
「うーっそだろー…っ」
 唸り声と共にしゃがみこみ、ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱す。
 天龍族。この世界の創世期から人の行く末を見守る『神の代理人』もしくは『神』そのものとして数多の神話に登場する龍族の中でも最高位に位置する種族である。
 聖魔法が使用できるのも頷ける話だ。頷ける話ではあるが、頷きたく無い話でもある。
「天龍族が魔王だと…?ふざけるのも大概にしてくれっ」
 悠真は立ち上がり、踵を返す。
 早く報告をせねばと思ったが、ふと足を止めた。
「いや…城の人達は『間も無く魔王が目覚める』って言ってたな…」
 既に目覚めていると知れば、どうなる。準備が整って居ない今、『勇者』である翔真に討伐命令が出るかもしれない。まだ魔王討伐には早過ぎる。今対峙すれば確実に迎えるのは死。
「どうすれば…」
 悠真は途方に暮れてしまった。
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