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魔女は根にもつ生き物です
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「うっふふ、ふふんっ」
メリーエル・フォーンはすこぶるご機嫌だった。
気分は天にも昇るようで、居間に入るや否やくるっと優雅にターンを決め、スキップし、それでもたりずに、キッチンへ向かうと、ユリウスに向かって投げキスだ。
蒸したカボチャを丁寧に裏ごししていたユリウスはぎょっとし、思わず木べらを取り落とした。
「ど、どうしたんだ、メリーエル……?」
「うふふふふっ」
うっとりと頬に手を当てるメリーエルを見て、ユリウスはますます心配した。
「どうした? 変なものでも食べたのか? あれほど落ちているものは食うなと言っただろう。いったい何を拾い食いした!」
機嫌のよかったメリーエルも、これにはさすがにムッとする。
「失礼ね。何も拾い食いなんてしてないし、今までだってしたことはないわよ!」
「嘘をつけ! そのキノコは食えないと言ったのに忠告を無視して食った挙句、丸二日笑いが止まらなくなったのはどこのどいつだ!」
「それは拾ったんじゃなくて、採取したのよ!」
「同じだろうが!」
「だって真っ赤で、白い斑点が美味しそうだったんだもの!」
「どこをどう見たら美味しそうに見える! どう見たって毒々しい毒キノコじゃないか!」
「なんですって――」
メリーエルは眉を跳ね上げるが、ハッと我に返ると、再びにこにこと笑い出した。
「まあいいわ、今日のわたしはとっても機嫌がいいの!」
ユリウスは、まさかこいつまた笑い茸を食ったのかと訝りながら、ほどけかけたエプロンの腰ひもを結びなおす。
そして再び、パンプキンパイ作りを再開したユリウスだったが、視界の端でメリーエルが一人でダンスをしはじめるのを捕えると、さすがに手を止めた。
これは、理由を聞いてやるまで邪魔をし続ける気だな――とユリウスの勘が告げている。
ユリウスは渋々、メリーエルに訊ねることにした。
「それで、何があったんだ?」
するとメリーエルは、待っていましたとばかりに目をキラキラと輝かせて、くるぶしまである真っ黒く分厚いローブのポケットに手を突っ込むと、「じゃーん!」と何かを取り出して高く掲げた。
ユリウスはメリーエルが手に持っている毬栗にも似た刺々した物体を見上げ、「あ!」と声をあげた。
「この馬鹿! そんなものをポケットに突っ込んだら、ぼろぼろになるじゃないか! 見せてみろ! あああああっ、ほら見ろ! ぶすぶすと小さい穴がっ、変な棘がっ!」
「やーね、小姑みたいに」
「誰が小姑だ! そして、これを誰が治すと思っているんだ!」
「……ユリウス?」
「わかっているなら――」
「ああああ! わかった! わかったってば! いいからとにかく、早くこれ見てよ! 手に持っているのチクチクして地味に痛いのよっ」
このままではユリウスの説教がはじまると悟ったメリーエルが、ユリウスの目の前に毬栗のような、しかし色は濃い灰色をした物体を差し出す。
「――なんだこれは」
「ふっふっふ! これはねぇー、ハリネズミ茸って言って、それはそれは貴重なキノコなのよー!」
「ハリネズミ茸……?」
聞いたことのない名前に、ユリウスに眉間に皺が寄る。明らかに食べたら腹を壊しそうな見た目である。例に漏れず、また「美味しそう!」とメリーエルのずれた感覚で採取してきたのでは――と怪しんだユリウスだが、心の声が伝わったのか、メリーエルが口を尖らせた。
「違うわよ。食べるために取って来たんじゃないの!」
「では、何のために?」
「ふふっ、これはねー、長年作りたかった魔法薬に欠かせない、とっても重要なキノコなのよ」
「作りたかった薬……?」
「ふふふふふ」
ユリウスは嫌な予感がした。この前、寝ている間に脱毛薬の実験台にされた苦い経験を思い出したからだ。
きっとまたろくでもないものを作るに違いないと警戒しているユリウスの目の前で、メリーエルがハリネズミ茸を持ったまま、くるっとターンを決める。
「これがあったらね、誰でもあっという間に貧弱になっちゃう薬が作れるのよ!」
「………………。……は?」
ユリウスはたっぷりと沈黙して、そのあとで自分の耳を疑った。
「誰でもあっという間に貧弱になる、薬?」
「そう。誰でもあっという間に貧弱になっちゃう薬」
メリーエルは、さすがに手が痛くてこれ以上持っていられなくなって、ハリネズミ茸をテーブルの上におく。
「――そんなものが、ずっと作りたかったのか?」
「うん」
メリーエルは大きく頷く。
「誰でもあっという間に貧弱になつちゃう薬はね、すっごいのよ! 飲むとたちどころに、全身の筋肉と脂肪が分解されて、あーっという間にガリガリになっちゃうの! まあ、欠点と言えば、しばらくトイレから出てこられない状態になっちゃうんだけど――、まあ、それは仕方ないわよね」
「……悪いが、俺にはその薬の素晴らしさも、お前の言う『仕方ない』もよくわからん」
ユリウスはだんだん聞くのが馬鹿馬鹿しくなってきて、パンプキンパイ作りを再開することにした。
かぼちゃを丁寧に裏ごししたあと、生クリームと混ぜてフィリングを作っていく。話の途中で無視されたメリーエルはぷくっと頬を膨らませた。
「ちょっと! まだ話は終わってない!」
「残念ながら俺はそんな薬に興味はない」
「なんでよ! お店に出せばきっと売れに売れてボロ儲けよ!」
「いったい誰が自ら進んで貧相になると?」
「誰もこのまま売ろうなんて言ってないじゃないの」
「―――、なに?」
ユリウスはぴたりと手を止めて、メリーエルを振り返った。
メリーエルはにっこりと満面の笑みを浮かべて、
「分解されるのが脂肪だけにしたら、最強のダイエット薬でしょ?」
改良して売るのよ――、と言う。
ユリウスはこめかみに手を当てて、はーっと大きくため息をついた。
「またか……」
メリーエル・フォーンはすこぶるご機嫌だった。
気分は天にも昇るようで、居間に入るや否やくるっと優雅にターンを決め、スキップし、それでもたりずに、キッチンへ向かうと、ユリウスに向かって投げキスだ。
蒸したカボチャを丁寧に裏ごししていたユリウスはぎょっとし、思わず木べらを取り落とした。
「ど、どうしたんだ、メリーエル……?」
「うふふふふっ」
うっとりと頬に手を当てるメリーエルを見て、ユリウスはますます心配した。
「どうした? 変なものでも食べたのか? あれほど落ちているものは食うなと言っただろう。いったい何を拾い食いした!」
機嫌のよかったメリーエルも、これにはさすがにムッとする。
「失礼ね。何も拾い食いなんてしてないし、今までだってしたことはないわよ!」
「嘘をつけ! そのキノコは食えないと言ったのに忠告を無視して食った挙句、丸二日笑いが止まらなくなったのはどこのどいつだ!」
「それは拾ったんじゃなくて、採取したのよ!」
「同じだろうが!」
「だって真っ赤で、白い斑点が美味しそうだったんだもの!」
「どこをどう見たら美味しそうに見える! どう見たって毒々しい毒キノコじゃないか!」
「なんですって――」
メリーエルは眉を跳ね上げるが、ハッと我に返ると、再びにこにこと笑い出した。
「まあいいわ、今日のわたしはとっても機嫌がいいの!」
ユリウスは、まさかこいつまた笑い茸を食ったのかと訝りながら、ほどけかけたエプロンの腰ひもを結びなおす。
そして再び、パンプキンパイ作りを再開したユリウスだったが、視界の端でメリーエルが一人でダンスをしはじめるのを捕えると、さすがに手を止めた。
これは、理由を聞いてやるまで邪魔をし続ける気だな――とユリウスの勘が告げている。
ユリウスは渋々、メリーエルに訊ねることにした。
「それで、何があったんだ?」
するとメリーエルは、待っていましたとばかりに目をキラキラと輝かせて、くるぶしまである真っ黒く分厚いローブのポケットに手を突っ込むと、「じゃーん!」と何かを取り出して高く掲げた。
ユリウスはメリーエルが手に持っている毬栗にも似た刺々した物体を見上げ、「あ!」と声をあげた。
「この馬鹿! そんなものをポケットに突っ込んだら、ぼろぼろになるじゃないか! 見せてみろ! あああああっ、ほら見ろ! ぶすぶすと小さい穴がっ、変な棘がっ!」
「やーね、小姑みたいに」
「誰が小姑だ! そして、これを誰が治すと思っているんだ!」
「……ユリウス?」
「わかっているなら――」
「ああああ! わかった! わかったってば! いいからとにかく、早くこれ見てよ! 手に持っているのチクチクして地味に痛いのよっ」
このままではユリウスの説教がはじまると悟ったメリーエルが、ユリウスの目の前に毬栗のような、しかし色は濃い灰色をした物体を差し出す。
「――なんだこれは」
「ふっふっふ! これはねぇー、ハリネズミ茸って言って、それはそれは貴重なキノコなのよー!」
「ハリネズミ茸……?」
聞いたことのない名前に、ユリウスに眉間に皺が寄る。明らかに食べたら腹を壊しそうな見た目である。例に漏れず、また「美味しそう!」とメリーエルのずれた感覚で採取してきたのでは――と怪しんだユリウスだが、心の声が伝わったのか、メリーエルが口を尖らせた。
「違うわよ。食べるために取って来たんじゃないの!」
「では、何のために?」
「ふふっ、これはねー、長年作りたかった魔法薬に欠かせない、とっても重要なキノコなのよ」
「作りたかった薬……?」
「ふふふふふ」
ユリウスは嫌な予感がした。この前、寝ている間に脱毛薬の実験台にされた苦い経験を思い出したからだ。
きっとまたろくでもないものを作るに違いないと警戒しているユリウスの目の前で、メリーエルがハリネズミ茸を持ったまま、くるっとターンを決める。
「これがあったらね、誰でもあっという間に貧弱になっちゃう薬が作れるのよ!」
「………………。……は?」
ユリウスはたっぷりと沈黙して、そのあとで自分の耳を疑った。
「誰でもあっという間に貧弱になる、薬?」
「そう。誰でもあっという間に貧弱になっちゃう薬」
メリーエルは、さすがに手が痛くてこれ以上持っていられなくなって、ハリネズミ茸をテーブルの上におく。
「――そんなものが、ずっと作りたかったのか?」
「うん」
メリーエルは大きく頷く。
「誰でもあっという間に貧弱になつちゃう薬はね、すっごいのよ! 飲むとたちどころに、全身の筋肉と脂肪が分解されて、あーっという間にガリガリになっちゃうの! まあ、欠点と言えば、しばらくトイレから出てこられない状態になっちゃうんだけど――、まあ、それは仕方ないわよね」
「……悪いが、俺にはその薬の素晴らしさも、お前の言う『仕方ない』もよくわからん」
ユリウスはだんだん聞くのが馬鹿馬鹿しくなってきて、パンプキンパイ作りを再開することにした。
かぼちゃを丁寧に裏ごししたあと、生クリームと混ぜてフィリングを作っていく。話の途中で無視されたメリーエルはぷくっと頬を膨らませた。
「ちょっと! まだ話は終わってない!」
「残念ながら俺はそんな薬に興味はない」
「なんでよ! お店に出せばきっと売れに売れてボロ儲けよ!」
「いったい誰が自ら進んで貧相になると?」
「誰もこのまま売ろうなんて言ってないじゃないの」
「―――、なに?」
ユリウスはぴたりと手を止めて、メリーエルを振り返った。
メリーエルはにっこりと満面の笑みを浮かべて、
「分解されるのが脂肪だけにしたら、最強のダイエット薬でしょ?」
改良して売るのよ――、と言う。
ユリウスはこめかみに手を当てて、はーっと大きくため息をついた。
「またか……」
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