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妖精王の遣い
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突然マリアベル姫の部屋にやってきたルノディック国の国王は、中肉中背で淡いブラウンの髪をしていた。
シュバリエに聞く話では五十を超えているらしいが、メリーエルの目には三十半ばから後半くらいの顔立ちに見える。
優しそうな顔立ちで、少し頼りなさそうに見えるから実年齢よりも若く見えるのか。もしくはその逆で童顔だから頼りなさそうに見えるのか、メリーエルにはわからない。
マリアベル姫の部屋のソファに、ローテーブルをはさんで向かい合って座り、メリーエルは、どうして国王が突然やってきたのだろうと考えた。
最初は戸惑っていたマリアベル姫の侍女ルイーザは、ローテーブルの上にお茶をセットすると、部屋の隅まで下がり、どこか困ったような表情を浮かべている。
ユリウスは、一国の国王を前にも緊張した様子はなく、それどころかあからさまに迷惑そうな顔をして腕を組んで座っていた。
国王は紅茶で喉を潤すと、こほんと咳ばらいをして言った。
「時に魔女よ」
「メリーエル」
「メリーエル。実は相談があるのだ」
挨拶もそこそこに、「相談」と言い出したルノディック国王に、メリーエルは眉を顰める。
(何かしら……、シュバリエ王子と同じ匂いがする……)
シュバリエと同じように惚れ薬をよこせとは言わないだろうが、王族のお願いだ。ろくでもないことを言いだすに決まっているぞとメリーエルは決めてかかった。
ルノディック国王は、ずいと身を乗り出すと、小声でこう言った。
「痩せる薬がほしいのだ」
「………」
ほらやっぱり、ろくな願いを言わない。
メリーエルは額をおさえて天井を仰いだ。
(あー……、ダイエット薬ね。一応まだ残ってるけど……、あんなもの上げたら、わたし、処刑されるんじゃないかしら)
ロマリエ王国の近衛隊に復讐するついでに実験した、飲むと貧弱になる薬。脂肪だろうが筋肉だろうがたちどころに溶かして体外に排出させるため、あっという間に体重が落ちる。問題は、しばらくトイレから出られなくなることと、筋肉までおちるから「美しく」痩せるのは、まあ不可能。
改良して売り出してやろうかと思ったのだが、なかなかうまくいかず、諦めて投げた中途半端な試作品だけが、ロマリエ王国にある邸の実験室に残っている。
毒ではないが、体に優しくもないそんな薬を王族に渡せば、どんな言いがかりをつけられるかわかったものではない。
「シュバリエ殿下の知り合いの魔女だ。さぞかし優秀なのだろう?」
ルノディック国王が期待に目を輝かせて言えば、メリーエルの隣でユリウスが「ぷっ」と吹き出した。
メリーエルはユリウスをじろりと人睨みしたのち、国王をしげしげと見つめて、ゆっくりと首を振る。
「申し訳ないけど、痩せる薬は持っていません。それに、陛下はそんなもの必要なさそうだけど……」
おなかのあたりが心配になる中年でありながら、メリーエルの目の前のルノディック国王のお腹は出ていない。細いわけではないが、適度に筋肉がついた適度に引き締まった体型で、ダイエットは不要そうだ。
すると国王は、「私ではない」と頭を振った。
「薬はマリアベルにやるのだ。最近痩せると言い出して聞かなくてな」
「マリアベル姫に? だめよ! そんなこと絶対にダメ!」
メリーエルは慌てた。
(シュバリエ王子が細いから愛せないとか言い出してるのに、これ以上にガリガリになったら大変じゃないの!)
すると、国王はシュンと肩を落とした。
「だめか……。しかしな、最近マリアベルは無理なダイエットをはじめて、このままでは体調を崩すやも……」
「いやー! やめさせて! ダイエットなんて絶対にダメ!」
「だがなぁ……」
国王は困った顔をしたあと、ふと顔をあげ、ルイーザを振り返った。
「そう言えば、そのマリアベルはどこにいったのだ? 部屋にいないようだが」
不思議そうに首をひねる国王に、ルイーザの顔が真っ青になる。
そして、がばっと頭を下げて、こう告げた。
「申し訳ございません! 姫様は、いなくなってしまわれました!」
メリーエルの目の前で、ピシっと、国王の顔が凍り付いた。
シュバリエに聞く話では五十を超えているらしいが、メリーエルの目には三十半ばから後半くらいの顔立ちに見える。
優しそうな顔立ちで、少し頼りなさそうに見えるから実年齢よりも若く見えるのか。もしくはその逆で童顔だから頼りなさそうに見えるのか、メリーエルにはわからない。
マリアベル姫の部屋のソファに、ローテーブルをはさんで向かい合って座り、メリーエルは、どうして国王が突然やってきたのだろうと考えた。
最初は戸惑っていたマリアベル姫の侍女ルイーザは、ローテーブルの上にお茶をセットすると、部屋の隅まで下がり、どこか困ったような表情を浮かべている。
ユリウスは、一国の国王を前にも緊張した様子はなく、それどころかあからさまに迷惑そうな顔をして腕を組んで座っていた。
国王は紅茶で喉を潤すと、こほんと咳ばらいをして言った。
「時に魔女よ」
「メリーエル」
「メリーエル。実は相談があるのだ」
挨拶もそこそこに、「相談」と言い出したルノディック国王に、メリーエルは眉を顰める。
(何かしら……、シュバリエ王子と同じ匂いがする……)
シュバリエと同じように惚れ薬をよこせとは言わないだろうが、王族のお願いだ。ろくでもないことを言いだすに決まっているぞとメリーエルは決めてかかった。
ルノディック国王は、ずいと身を乗り出すと、小声でこう言った。
「痩せる薬がほしいのだ」
「………」
ほらやっぱり、ろくな願いを言わない。
メリーエルは額をおさえて天井を仰いだ。
(あー……、ダイエット薬ね。一応まだ残ってるけど……、あんなもの上げたら、わたし、処刑されるんじゃないかしら)
ロマリエ王国の近衛隊に復讐するついでに実験した、飲むと貧弱になる薬。脂肪だろうが筋肉だろうがたちどころに溶かして体外に排出させるため、あっという間に体重が落ちる。問題は、しばらくトイレから出られなくなることと、筋肉までおちるから「美しく」痩せるのは、まあ不可能。
改良して売り出してやろうかと思ったのだが、なかなかうまくいかず、諦めて投げた中途半端な試作品だけが、ロマリエ王国にある邸の実験室に残っている。
毒ではないが、体に優しくもないそんな薬を王族に渡せば、どんな言いがかりをつけられるかわかったものではない。
「シュバリエ殿下の知り合いの魔女だ。さぞかし優秀なのだろう?」
ルノディック国王が期待に目を輝かせて言えば、メリーエルの隣でユリウスが「ぷっ」と吹き出した。
メリーエルはユリウスをじろりと人睨みしたのち、国王をしげしげと見つめて、ゆっくりと首を振る。
「申し訳ないけど、痩せる薬は持っていません。それに、陛下はそんなもの必要なさそうだけど……」
おなかのあたりが心配になる中年でありながら、メリーエルの目の前のルノディック国王のお腹は出ていない。細いわけではないが、適度に筋肉がついた適度に引き締まった体型で、ダイエットは不要そうだ。
すると国王は、「私ではない」と頭を振った。
「薬はマリアベルにやるのだ。最近痩せると言い出して聞かなくてな」
「マリアベル姫に? だめよ! そんなこと絶対にダメ!」
メリーエルは慌てた。
(シュバリエ王子が細いから愛せないとか言い出してるのに、これ以上にガリガリになったら大変じゃないの!)
すると、国王はシュンと肩を落とした。
「だめか……。しかしな、最近マリアベルは無理なダイエットをはじめて、このままでは体調を崩すやも……」
「いやー! やめさせて! ダイエットなんて絶対にダメ!」
「だがなぁ……」
国王は困った顔をしたあと、ふと顔をあげ、ルイーザを振り返った。
「そう言えば、そのマリアベルはどこにいったのだ? 部屋にいないようだが」
不思議そうに首をひねる国王に、ルイーザの顔が真っ青になる。
そして、がばっと頭を下げて、こう告げた。
「申し訳ございません! 姫様は、いなくなってしまわれました!」
メリーエルの目の前で、ピシっと、国王の顔が凍り付いた。
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