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金色の蛇は退屈している
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ロマリエ王国の北東――、ルノディック国との国境に沿うように走っている山脈がある。
その山脈のルノディック側に広がる森は、迷いの森と呼ばれており、近くに村や町もないためによほどの用事がない限り誰も近寄らない。
ちなみにロマリエ王国側に広がる森は近年、開発が進められていて、木々を伐採して新しい集落が作られつつある。少し離れたところに鉱山が見つかったからだ。その発掘作業のため、国が人が住む場所を整えている最中なのである。しかし、山脈の高い山を越えて、わざわざ「迷いの森」と不穏な名がつけられている森に足を踏み込むものいない。
そのため、開発が進むロマリエ王国側の森とは違い、迷いの森は鬱蒼としている。
さて、その迷いの森。
密集する木々の中に、ふと開けた場所がある。
上から見るとぽっかりと楕円の形に穴が開いているようにも見えるその場所の中に、石造りの大きな邸が立っている。
その建物はずいぶんと古いようで、やや苔むした部分のある石壁は、しかしながらそれが妙な味わいを出していて優美で、またある種の近寄りがたさのあるものだった。
「ここは……?」
アロウンに連れてこられたシュバリエは、邸を見上げて首を傾げた。
アロウンは邸の玄関のドアノブに手をかけながら答えた。
「昔なじみの家だ」
そう言いながら、勝手にドアノブを回して玄関を開けたアロウンにシュバリエは目を丸くしたが、邸の中に向かって「入るぞー!」と声をかけているところを見れば、どうやらいつもこのような形で訪問していたのだろうと思われた。
アロウンが宣言通りすたすたと邸の中に入って行ったので、シュバリエは慌ててその背中を追いかける。
長く続く廊下を歩いていると、しばらくしてパタパタという小さな足音が聞こえてきた。
「アロウン様! いらっしゃいまし!」
廊下の奥から小走りに走ってきたのは子供だった。しかし、ただの子供ではない。
年の頃は十二、三歳ほどに見える。チェックのシャツに、膝丈の半ズボンをはいていた。髪の色は灰色で、トパーズ色をした目はくりんと大きい。ここまでは普通の子供と同じだろう。だが、彼にはどう考えても「普通の子供」が持っていないものが備わっていた。それは――
「……耳?」
シュバリエの視線が、彼の頭にピンと立っている、まるで猫のような耳に注がれる。ぴくぴくと動いているところから、どうやらそれは一風変わったファッションというわけではなさそうだ。そして――
「しっぽ……」
ぴくぴくと動いていのは耳だけではなく、彼のおしりから伸びた灰色のしっぽも――
シュバリエが茫然としていると、アロウンは子供の頭を撫でながら告げた。
「ユーリー、クラウドはいるか?」
ユーリーと呼ばれた子供は、にこにこ笑いながら「はい!」と元気よく返事をする。
そして、こっちですよ、と言って歩き出したユーリーについて歩き出そうとしたアロウンの腕を、シュバリエは慌てて掴んだ。
「ま、待ってくれ。その……、あの子供はいったい……」
するとアロウンは薄く笑って、こともなげに告げた。
「あの子はユーリー。妖精で、この邸の、まあ……、使用人みたいなものだな」
シュバリエはパチパチと目を瞬いてから、もう一度、手招きしているユーリーに視線を向ける。
「妖精……って、もっとこう……、虫のようなものを想像していた」
その言葉に、アロウンはぶはっと大きく吹き出した。
その山脈のルノディック側に広がる森は、迷いの森と呼ばれており、近くに村や町もないためによほどの用事がない限り誰も近寄らない。
ちなみにロマリエ王国側に広がる森は近年、開発が進められていて、木々を伐採して新しい集落が作られつつある。少し離れたところに鉱山が見つかったからだ。その発掘作業のため、国が人が住む場所を整えている最中なのである。しかし、山脈の高い山を越えて、わざわざ「迷いの森」と不穏な名がつけられている森に足を踏み込むものいない。
そのため、開発が進むロマリエ王国側の森とは違い、迷いの森は鬱蒼としている。
さて、その迷いの森。
密集する木々の中に、ふと開けた場所がある。
上から見るとぽっかりと楕円の形に穴が開いているようにも見えるその場所の中に、石造りの大きな邸が立っている。
その建物はずいぶんと古いようで、やや苔むした部分のある石壁は、しかしながらそれが妙な味わいを出していて優美で、またある種の近寄りがたさのあるものだった。
「ここは……?」
アロウンに連れてこられたシュバリエは、邸を見上げて首を傾げた。
アロウンは邸の玄関のドアノブに手をかけながら答えた。
「昔なじみの家だ」
そう言いながら、勝手にドアノブを回して玄関を開けたアロウンにシュバリエは目を丸くしたが、邸の中に向かって「入るぞー!」と声をかけているところを見れば、どうやらいつもこのような形で訪問していたのだろうと思われた。
アロウンが宣言通りすたすたと邸の中に入って行ったので、シュバリエは慌ててその背中を追いかける。
長く続く廊下を歩いていると、しばらくしてパタパタという小さな足音が聞こえてきた。
「アロウン様! いらっしゃいまし!」
廊下の奥から小走りに走ってきたのは子供だった。しかし、ただの子供ではない。
年の頃は十二、三歳ほどに見える。チェックのシャツに、膝丈の半ズボンをはいていた。髪の色は灰色で、トパーズ色をした目はくりんと大きい。ここまでは普通の子供と同じだろう。だが、彼にはどう考えても「普通の子供」が持っていないものが備わっていた。それは――
「……耳?」
シュバリエの視線が、彼の頭にピンと立っている、まるで猫のような耳に注がれる。ぴくぴくと動いているところから、どうやらそれは一風変わったファッションというわけではなさそうだ。そして――
「しっぽ……」
ぴくぴくと動いていのは耳だけではなく、彼のおしりから伸びた灰色のしっぽも――
シュバリエが茫然としていると、アロウンは子供の頭を撫でながら告げた。
「ユーリー、クラウドはいるか?」
ユーリーと呼ばれた子供は、にこにこ笑いながら「はい!」と元気よく返事をする。
そして、こっちですよ、と言って歩き出したユーリーについて歩き出そうとしたアロウンの腕を、シュバリエは慌てて掴んだ。
「ま、待ってくれ。その……、あの子供はいったい……」
するとアロウンは薄く笑って、こともなげに告げた。
「あの子はユーリー。妖精で、この邸の、まあ……、使用人みたいなものだな」
シュバリエはパチパチと目を瞬いてから、もう一度、手招きしているユーリーに視線を向ける。
「妖精……って、もっとこう……、虫のようなものを想像していた」
その言葉に、アロウンはぶはっと大きく吹き出した。
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