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碧き湖底の魔法使いの遺産 3
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わたしのもとに、緊急の使いが「飛んで」来たのはアシルからエメラルドをもらって二日後のことだった。
アシルからもらったエメラルドは、王都に戻ったらクリストフがネックレスに加工してくれると言ったので、王都に戻るまでは布袋に入れて肌身離さず持っておくことにしている。
それは寝るときもで、首から下げた布袋にエメラルドを入れて眠っていたわたしは、明け方、魔力の気配を感じて目を覚ました。
キンと冷えた冬のまだ薄暗い室内。遮光カーテンで覆われた閉ざされた窓を、一羽のカラスがすり抜けて入ってきた。
……これ、クイールからだわ。
カラスはベッドに上体を起こしたわたしまで真っ直ぐ飛んでくると、私の目の前で姿を変え、一枚の紙になる。
手紙には乱暴な文字で「早く帰れ」と書いてある。
――早く帰れ。あと一か月くらいしかもたねえ。
まったく要領の得ない言葉だが、クイールがわたしに手紙をよこした時点で非常事態だと言うのはわかった。
ここから王都までがおよそ一か月。急がせればもう少し短縮はできるだろうか。
……まったく、もう少しわかるように手紙は書きなさいよ。
わたしは舌打ちして、それから隣で眠るクリストフを見る。
クイールが手紙をよこしたと言うことは、王都で何かがあったのは間違いない。
クイールがわたしに帰って来いと言うくらいだ。それはきっとよほどのことである。
……かといって、わたしが王都まで飛んで帰れるだけの魔力は、まだ溜まってない。
首から下げている袋ごとエメラルドを握りしめて考える。
一か月くらいしかもたないとクイールは言っている。逆を言えば、王都で何があったのかは知らないが、クイールが一か月は持たせられると言うことだ。だから、今日ここを経って王都へ向かえば、飛んで行かなくてもぎりぎり間に合うだろう。しかしその場合、クリストフももれなくついてくる。
王都で何があったのかわからないし以上、クリストフは連れて行きたくない。今のわたしには、クリストフを守れる保証はないのだから。
……でも、この姿じゃ、馬にも乗れない。一人で王都に帰る手段はない。
わたしは少し考えて、ベッドから飛び降りた。
布団から出た途端にまとわりつく冷気に首をすくめて、魔法で暖炉に火を灯すと、王都から持ってきていたわたしの荷物の中から、子供の姿になる前まで使っていてわたしの杖を取り出す。
もともと使っていたわたしの杖は師匠から受け継いだもので、五つの魔石がはまっている。そのうち一つは、子供サイズの杖を作るときに使用したが、あと四つの魔石はまだ杖にはまったままだ。
わたしはその中から緑色の一つの魔石を外すと、クリストフが普段持っている長剣を持ってくる。子供の手には重たいので、ずるずる引きずるようにしながら運んでくると、剣の柄の部分に緑色の魔石を置いて、僅かばかり溜まっていたエメラルドの魔力を使用し、剣の柄に魔石を埋め込んだ。
「これでクリストフの身を守ってくれるはずよ」
クリストフはついてくるなと言っても絶対についてくる。
ズイフォンの時でさえ、町民を避難させた後でわたしを探して追いかけてきたのだ。
ならば彼が危険にさらされないように、手を打っておくしかない。
わたしはまた剣をずるずると引きずって、クリストフがいつも置いているベッド脇に剣を立てかけると、魔力が空っぽになったエメラルドを布袋に納めた。
そして再び眠りにつこうとベッドによじ登ったとき、眠っていたはずのクリストフが目を覚ましていることに気が付いた。
「オデット……どうしたの?」
半分寝ぼけているのか、声がぼんやりしている。
おいで、と手を伸ばされたので、わたしは素直にクリストフの腕の中におさまって、腕の中から彼の顔を見上げた。
「クリストフ、王都に帰らなきゃ行けなくなったの」
「王都に? 急ぐの?」
「クイールから報せがきて、何かあったみたい」
「……何か?」
クリストフの眉が寄る。彼が起き上がろうとしたのがわかったので、わたしは彼の夜着をつかんでくいっと引っ張った。
「クイールが一か月くらいは守ってくれるみたい。でも何があったのかがわからないから、急いで帰りたいの」
「一か月か。急いでもここからなら王都まで一か月近くかかるから、確かに早く出立した方がよさそうだね」
「うん。だから、朝になったら出発したい。……でも、まだ眠いから、もう少しだけ寝たいわ」
「……わかった」
クリストフはわたしを抱きなおすと、ゆっくりと頭を撫でてくれる。
クリストフの腕の中は温かくて、すぐに瞼が重たくなってきた。
何だか最近、彼の腕の中が眠るときの定位置になって来たなと思いながら、わたしはそのまま眠りに落ちた。
次にわたしが目を覚ました時には、クリストフはすでに起きていて、帰途の準備もあらかた終わっていた。
ロジェに慌ただしい出立を詫びて、昼前には馬車に乗り込んでヴェーレ公爵城をあとにする。
ヴェーレ地方に来るときは、少し遠回りして観光しながらだったけれど、今回はどこにも寄り道せずに真っ直ぐ王都を目指す。
途中宿は取るが、新婚旅行とは思えない日程に、フィオナとアイリスは不思議そうだ。
しかし悪戯に王都に何かがあったと告げて不安がらせるわけにもいかない。わたしだって、王都に何が起こっているのか知らないのだから不用意な発言は避けるべきだ。
力の大半を失ったとはいえ、クイールが魔物に手こずるとは思えない。そう考えると、魔人が襲ってきたと考えるのが一番有力な線だろう。
……参ったわね。もし本当に魔人なら、対抗できるかしら。
王都に戻るまでに、エメラルドにどれだけの魔力がたまるだろうか。これに魔力を目いっぱい貯めたところで、大人の姿だったころのわたしの魔力量からすると三分の一たまればいい方だ。
クイールほどの強大な魔人はそうそういないだろうが、彼と同等の魔人が現れたら、エメラルドに貯めた魔力だけでは足りない。
……最悪なことになっていませんように。
わたしは祈るようにエメラルドの入った布袋を握りしめた。
アシルからもらったエメラルドは、王都に戻ったらクリストフがネックレスに加工してくれると言ったので、王都に戻るまでは布袋に入れて肌身離さず持っておくことにしている。
それは寝るときもで、首から下げた布袋にエメラルドを入れて眠っていたわたしは、明け方、魔力の気配を感じて目を覚ました。
キンと冷えた冬のまだ薄暗い室内。遮光カーテンで覆われた閉ざされた窓を、一羽のカラスがすり抜けて入ってきた。
……これ、クイールからだわ。
カラスはベッドに上体を起こしたわたしまで真っ直ぐ飛んでくると、私の目の前で姿を変え、一枚の紙になる。
手紙には乱暴な文字で「早く帰れ」と書いてある。
――早く帰れ。あと一か月くらいしかもたねえ。
まったく要領の得ない言葉だが、クイールがわたしに手紙をよこした時点で非常事態だと言うのはわかった。
ここから王都までがおよそ一か月。急がせればもう少し短縮はできるだろうか。
……まったく、もう少しわかるように手紙は書きなさいよ。
わたしは舌打ちして、それから隣で眠るクリストフを見る。
クイールが手紙をよこしたと言うことは、王都で何かがあったのは間違いない。
クイールがわたしに帰って来いと言うくらいだ。それはきっとよほどのことである。
……かといって、わたしが王都まで飛んで帰れるだけの魔力は、まだ溜まってない。
首から下げている袋ごとエメラルドを握りしめて考える。
一か月くらいしかもたないとクイールは言っている。逆を言えば、王都で何があったのかは知らないが、クイールが一か月は持たせられると言うことだ。だから、今日ここを経って王都へ向かえば、飛んで行かなくてもぎりぎり間に合うだろう。しかしその場合、クリストフももれなくついてくる。
王都で何があったのかわからないし以上、クリストフは連れて行きたくない。今のわたしには、クリストフを守れる保証はないのだから。
……でも、この姿じゃ、馬にも乗れない。一人で王都に帰る手段はない。
わたしは少し考えて、ベッドから飛び降りた。
布団から出た途端にまとわりつく冷気に首をすくめて、魔法で暖炉に火を灯すと、王都から持ってきていたわたしの荷物の中から、子供の姿になる前まで使っていてわたしの杖を取り出す。
もともと使っていたわたしの杖は師匠から受け継いだもので、五つの魔石がはまっている。そのうち一つは、子供サイズの杖を作るときに使用したが、あと四つの魔石はまだ杖にはまったままだ。
わたしはその中から緑色の一つの魔石を外すと、クリストフが普段持っている長剣を持ってくる。子供の手には重たいので、ずるずる引きずるようにしながら運んでくると、剣の柄の部分に緑色の魔石を置いて、僅かばかり溜まっていたエメラルドの魔力を使用し、剣の柄に魔石を埋め込んだ。
「これでクリストフの身を守ってくれるはずよ」
クリストフはついてくるなと言っても絶対についてくる。
ズイフォンの時でさえ、町民を避難させた後でわたしを探して追いかけてきたのだ。
ならば彼が危険にさらされないように、手を打っておくしかない。
わたしはまた剣をずるずると引きずって、クリストフがいつも置いているベッド脇に剣を立てかけると、魔力が空っぽになったエメラルドを布袋に納めた。
そして再び眠りにつこうとベッドによじ登ったとき、眠っていたはずのクリストフが目を覚ましていることに気が付いた。
「オデット……どうしたの?」
半分寝ぼけているのか、声がぼんやりしている。
おいで、と手を伸ばされたので、わたしは素直にクリストフの腕の中におさまって、腕の中から彼の顔を見上げた。
「クリストフ、王都に帰らなきゃ行けなくなったの」
「王都に? 急ぐの?」
「クイールから報せがきて、何かあったみたい」
「……何か?」
クリストフの眉が寄る。彼が起き上がろうとしたのがわかったので、わたしは彼の夜着をつかんでくいっと引っ張った。
「クイールが一か月くらいは守ってくれるみたい。でも何があったのかがわからないから、急いで帰りたいの」
「一か月か。急いでもここからなら王都まで一か月近くかかるから、確かに早く出立した方がよさそうだね」
「うん。だから、朝になったら出発したい。……でも、まだ眠いから、もう少しだけ寝たいわ」
「……わかった」
クリストフはわたしを抱きなおすと、ゆっくりと頭を撫でてくれる。
クリストフの腕の中は温かくて、すぐに瞼が重たくなってきた。
何だか最近、彼の腕の中が眠るときの定位置になって来たなと思いながら、わたしはそのまま眠りに落ちた。
次にわたしが目を覚ました時には、クリストフはすでに起きていて、帰途の準備もあらかた終わっていた。
ロジェに慌ただしい出立を詫びて、昼前には馬車に乗り込んでヴェーレ公爵城をあとにする。
ヴェーレ地方に来るときは、少し遠回りして観光しながらだったけれど、今回はどこにも寄り道せずに真っ直ぐ王都を目指す。
途中宿は取るが、新婚旅行とは思えない日程に、フィオナとアイリスは不思議そうだ。
しかし悪戯に王都に何かがあったと告げて不安がらせるわけにもいかない。わたしだって、王都に何が起こっているのか知らないのだから不用意な発言は避けるべきだ。
力の大半を失ったとはいえ、クイールが魔物に手こずるとは思えない。そう考えると、魔人が襲ってきたと考えるのが一番有力な線だろう。
……参ったわね。もし本当に魔人なら、対抗できるかしら。
王都に戻るまでに、エメラルドにどれだけの魔力がたまるだろうか。これに魔力を目いっぱい貯めたところで、大人の姿だったころのわたしの魔力量からすると三分の一たまればいい方だ。
クイールほどの強大な魔人はそうそういないだろうが、彼と同等の魔人が現れたら、エメラルドに貯めた魔力だけでは足りない。
……最悪なことになっていませんように。
わたしは祈るようにエメラルドの入った布袋を握りしめた。
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