叔父一家に家を乗っ取られそうなので、今すぐ結婚したいんです!

狭山ひびき

文字の大きさ
3 / 27

オーレリアの婚活 2

しおりを挟む
「ぷっ、あっはっはっはっは!」

 目の前で笑い転げる友人に、ラルフはじっとりと恨めしそうな視線を向けていた。

 膝を叩いて大笑いしているのは、このサンプソン公爵領の領主の息子、クリス・サンプソンである。

 三つ年上の彼とは子供のころから仲の良い友人で、ラルフは将来領主になる彼の片腕になるために士官学校へ通うことを決めた。だが、そんな固い絆で結ばれた友情も、馬鹿笑いをしているクリスを見ていると、今日を最後にしてやろうかと思えてくる。

 ラルフは、今後の仕事の打ち合わせとして、サンプソン公爵家に来ていた――はずだった。

 二週間後からラルフはここで働くことになるが、ラルフの仕事はもっぱらクリスの護衛である。だから、今後は友人から主になる彼と、その上司にあたる彼の護衛たちと今後の仕事について話を聞くはずだった。

(なぜこうなった)

 きっかけは、仕事の話が退屈になったクリスが、何気なくオーレリアのことを訊いたことがきっかけだった。

 領主の息子と代官の子と言う関係だが、クリスはそれを理由に威張り散らしたりしない。オーレリアとも面識があり、妹がいないクリスは、オーレリアのことをとても可愛がっていた。そんなクリスが、家族を全員失ったオーレリアのことを気にしないはずがない。

 だから、ラルフはオーレリアについて知っていることを話したのだが――失敗した。

 オーレリアの叔父エイブラムのことは、クリスも知っていたらしい。彼の父である領主のもとに、エイブラムからバベット家を継ぐ権利がほしいと申請書が届いていて、クリスもそれを目にしたのだそうだ。

 このままエイブラムに伯爵家を奪われては、オーレリアは家族に次いで大切な家まで失うことになる。それを憂いたクリスは、オーレリアは結婚しないのかとラルフに訊ねた。その結果がこれである。

(そりゃあ俺はオーレリアにこれっぽっちも意識されていなかったけどさ、そこまで笑わなくてもいいだろう!)

 落ち込んでいるオーレリアの心の隙に付け込むようなことはしたくなかったから、もう少し待つつもりだったのに、エイブラムが来て落ち込んでいるオーレリアを見ていたら我慢できなくなった。だが面と向かって結婚を申し込むのは、やはり時期的にまずいような気がして、遠回しに――オーレリアから話を振ってくれないかなと淡い期待をしながら、それとなく結婚を促して見たら、見事に目の前のラルフをスルーされて、「結婚」の二文字だけに飛びつかれたのである。

「そ、そりゃあお前! そんなんじゃわかるわけないだろ……あはははは! あーっ、おなか痛いっ」

 クリスのみならず、ラルフが子供の時から知っている、クリスの専属護衛のドルーとライアスも肩を揺らして笑っていた。あんまりだ。

「そ、それでどうするんだ? オーレリアは婚活するって言い出したんだろ?」

「……だから困ってるんだ」

「ひーっ」

 クリスはとうとうソファに突っ伏して、ばしばしと座面を叩きながら笑い転げる。この笑い上戸め。

「昔からあれだけオーレリアを守って来たのに、全然伝わってないなんて……可哀そうなやつ、あ、あ、あはははははははは!」

 こうなればクリスの笑いの発作はしばらく止まらない。

(こいつが笑いのツボに入ったときはおさまらないからな。スプーンが転がっただけで三十分笑い続けたこともあったし)

 ラルフは腕を組んで、口をへの字に曲げると、彼の笑いが止まるのを待つことにした。

 待っている間、考えるのはオーレリアのことだ。

 オーレリアとラルフは、父同士が仲がよかったため、物心つく前から知っていた。家族ぐるみの付き合いだったのだ。

 赤みがかった金髪に、角度によってはオレンジ色に輝く茶色の瞳を持った愛くるしい少女、それがオーレリアだった。

 家族を失って落ち込んでいるが、もともとオーレリアは活発な性格で、あちこちを駆けまわって転んでも、けらけらと笑い飛ばすような明るく我慢強い子だった。

 いつも笑っていて、何かつらいことがあっても口を引き結んでぐっと耐える。そんなオーレリアを守ってあげたいと思いはじめたのは、ラルフが十に満たなかったころからだろう。

 だから、遊んでいてオーレリアが森で迷子になっていたときも、蜂に刺されて目にいっぱいの涙をためていたときも、悪戯をしてオーレリアが両親から怒られたあとも、ラルフは一番にオーレリアを慰めて、甘やかした。

 今思えば、それがまずかった気がしている。

 オーレリアの兄よりも甘やかして、大切に大切にしすぎてきたからか、オーレリアの中でラルフは完全に「家族枠」になってしまったようだった。

 男として、まったく意識されていないのだ。

(そりゃそうだよな。あいつ、平然と抱きついてくるもんな)

 異性だと認識している相手に、ああも平然に抱きついて来ないだろう。食べ物を口に運ばれても一つも照れやしない。泣きはらした顔を見られても、寝起きの顔を見られても、恥ずかしそうに俯くことはない。……完全に家族枠だ。間違いない。

(まずいよなー、これは……)

 オーレリアは美人だ。彼女が本気で婚活をはじめれば、あっという間に相手が見つかるだろう。これまでは水面下でバベッチ伯爵と交渉して、将来オーレリアと結婚したい旨を伝えていたから、オーレリアに来る求婚は握りつぶされていただけで、その気になればオーレリアはいつだって結婚できたのだ。

(というか、俺がオーレリアを好きなのはあの家の使用人にすら知られているのに、どうして本人は気づかないんだろう……)

 せめて少しでも気づいてくれていたら、ラルフだってもうちょっとぐいぐい攻められるのに、完全に信頼しきった目を向けてくるから、「男」として接することができないのだ。

「あー、おかしかった!」

 ようやく笑いが収まったクリスが起き上がって、目尻にたまった涙を拭った。

 ラルフが無言で睨むと、クリスが悪かったと両手をあげる。

「悪かったって! お詫びと言ったらなんだけど、お前に機会をあげるよ。近いうちに、我が家でパーティーを開いてやる。婚活中のオーレリアなら来たがるはずだから、お前が誘って一緒に来ればいい。そこでダンスの一つでも踊れば、オーレリアだって多少はお前を意識するだろう? 何せお前、顔だけはいいもんな」

 顔「だけ」と言うのが余計だ。

 第一、まるでおとぎ話の王子様のようなキラキラした顔の男に言われたくはない。クリスもその弟のギルバートも、ヴァビロア国ではその名を知らない令嬢はいないほどの美丈夫だった。正直、隣に立たれると完全に霞むから、オーレリアのそばでは自分の隣に立たないでほしい。

 だが、パーティーは悪くなかった。

 思えば、オーレリアが社交界デビューをしたとき、ラルフはすでに士官学校に入学していて、オーレリアとパーティーに行ったことがない。だから当然ダンスを踊ったこともないのだ。

 いくらオーレリアと言えど、ダンスのあの独特な距離感には、きっとドキドキしてくれるだろう。

「そう言うことだから、当日はしっかりめかし込んで行けよ。その中途半端に長い髪も、きちんと整えるんだぞ」

 言われてみれば、少し髪が伸びたかもしれない。もともとそれほど短くしていなかったが、さすがに前髪が目について来たし、切った方がいいだろう。

「そしてオーレリアとうまくいった暁には、今度は僕に協力するんだ、いいよな?」

 レオンがニヤリと笑う。

 ラルフは内心あきれ果てた。

(こいつまだ……エイダ王女のことを諦めてなかったのか……)

 ラルフはものすごく面倒くさくなったけれど、オーレリアとの未来と天秤にかけた結果、多少の面倒くささは我慢してやろうとこっそり嘆息したのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜

織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。 侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。 学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。

【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました

雨宮羽那
恋愛
 結婚して5年。リディアは悩んでいた。  夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。  ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。  どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。  そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。  すると、あら不思議。  いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。 「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」 (誰ですかあなた) ◇◇◇◇ ※全3話。 ※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜

顔も知らない旦那様に間違えて手紙を送ったら、溺愛が返ってきました

ラム猫
恋愛
 セシリアは、政略結婚でアシュレイ・ハンベルク侯爵に嫁いで三年になる。しかし夫であるアシュレイは稀代の軍略家として戦争で前線に立ち続けており、二人は一度も顔を合わせたことがなかった。セシリアは孤独な日々を送り、周囲からは「忘れられた花嫁」として扱われていた。  ある日、セシリアは親友宛てに夫への不満と愚痴を書き連ねた手紙を、誤ってアシュレイ侯爵本人宛てで送ってしまう。とんでもない過ちを犯したと震えるセシリアの元へ、数週間後、夫から返信が届いた。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。 ※全部で四話になります。

学生時代、私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私が実は本物の聖女で、いじめていた女は災厄を呼ぶ魔女でした。

さら
恋愛
いじめていた女と一緒に異世界召喚された私。 聖女として選ばれたのは彼女で、私は無能扱いされ追放された。 だが、辺境の村で暮らす中で気づく。 私の力は奇跡を起こすものではなく、 壊れた世界を“元に戻す”本物の聖女の力だった。 一方、聖女として祭り上げられた彼女は、 人々の期待に応え続けるうち、 世界を歪め、災厄を呼ぶ魔女へと変わっていく――。

3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~

放浪人
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、1度目は悪役令嬢として断罪され処刑、2度目は改心して聖女となり国に尽くしたが過労死……という悲惨な最期を遂げた。 記憶を持ったまま3度目の人生が始まった瞬間、彼女は固く決意する。 「もう絶対に働きません! 今世は部屋から一歩も出ず、睡眠と趣味に命をかけます!」 最強の拒絶結界『絶対領域』で部屋に籠城し、婚約破棄イベントも夜会も全て無視して惰眠を貪ろうとするエリザベート。 しかし、彼女の「働きたくない」一心からの行動――適当な農業アドバイスや、安眠妨害への容赦ない迎撃――が、周囲には「国を憂う深慮遠謀」「慈愛に満ちた奇跡」として超好意的に解釈されてしまう!? ヤンデレ化した元婚約者の王太子、物理で愛を語る脳筋騎士団長、効率厨の隣国王子、さらには古代の引きこもり少年までをも巻き込み、事態は国家規模の大騒動へ。 部屋ごと空を飛んで戦場を浄化し、パジャマ姿で古代兵器を操り、地下牢をスイートルームに変えながら、エリザベートは究極の安眠を手に入れることができるのか? 塩対応すればするほど愛され、逃げれば逃げるほど伝説になる、最強引きこもり令嬢の勘違いドタバタ溺愛ファンタジー、ここに完結!

没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。

亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。 しかし皆は知らないのだ ティファが、ロードサファルの王女だとは。 そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……

「美しい女性(ヒト)、貴女は一体、誰なのですか?」・・・って、オメエの嫁だよ

猫枕
恋愛
家の事情で12才でウェスペル家に嫁いだイリス。 当時20才だった旦那ラドヤードは子供のイリスをまったく相手にせず、田舎の領地に閉じ込めてしまった。 それから4年、イリスの実家ルーチェンス家はウェスペル家への借金を返済し、負い目のなくなったイリスは婚姻の無効を訴える準備を着々と整えていた。 そんなある日、領地に視察にやってきた形だけの夫ラドヤードとばったり出くわしてしまう。 美しく成長した妻を目にしたラドヤードは一目でイリスに恋をする。 「美しいひとよ、貴女は一体誰なのですか?」 『・・・・オメエの嫁だよ』 執着されたらかなわんと、逃げるイリスの運命は?

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

処理中です...