マッドハッターの気ままな事件簿~ドSな帽子屋は一人の少女を溺愛する~

狭山ひびき

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お猫様はどこに消えた!?

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 オルフェリウスの執務室から退出したその足で、ヴィクトールは二階の東の端にある部屋へとやってきた。

 扉を叩けば、「はい」と聞きなれない少年と青年の間のような声がして、ヴィクトールはおやっと首を傾げる。

 この部屋の中には、無愛想な軍人上がりの黒髪の青年と、人形のように愛らしい金髪の美少女だけだったはずだ。

 王家の秘密たる少女の部屋には、基本、限られた人でなければ入れない。

 ヴィクトールの知らない、新たな秘密の共有者たる男は、扉を開け、ヴィクトールを見ていぶかしんだ。

「……なんでハムスターと鳩?」

 おそらく、彼の常識の範疇はんちゅうを超えてしまったがために、ぽろっと心の声が口から洩れてしまったのだろう。

 シルクハットをかぶり、その上に白いハムスターと鳩を乗せたヴィクトールは、唖然とした顔をしている男に視線を落として合点した。

(ハワード公爵令息か。名前はシオンだったかな。なるほど、彼ならばいてもおかしくない)

 シオン・ハワードは国王オルフェリウスの遠縁かつ友人で――、本人は決して認めたくはないだろうが、オルフェリウスがからかって遊ぶおもちゃであることをヴィクトールは知っている。

 王家とも血のつながっており、オルフェリウスの信頼の厚いシオンならば、王家の秘密の共有者となってもおかしくはなかった。

「あら、帽子屋マッドハッターじゃないの。久しぶりね」

 訝しむシオンの背後から、この部屋の主であり王家の秘密であるシュゼットの可愛らしい声が聞こえてきた。

「……帽子屋マッドハッター?」

 一方、シオンはその名が聞きなれないのだろう、さらに不思議そうな顔をしている。

 そして、「帽子屋マッドハッター」という単語を聞いた途端に、部屋の窓際に立っていた黒髪の青年――シュゼットの護衛であるアークは、素早く部屋の隅まで移動した。

(おやおや……)

 ヴィクトールは以前、小生意気なことを言ってきたアークを、精神的にコテンパンに打ちのめしたことがある。どうやらその時のことをまだ根に持っているらしい。無表情な青年の顔の中に微かな不快感を読み取り、ヴィクトールは内心で苦笑した。

 ヴィクトールは、まだ不審そうなシオンに部屋の中に招き入れられて、シュゼットと向かい合わせのソファに腰を下ろした。

我が君ユアーマジェスティ、お久しぶりですね」

「……我が君ユアーマジェスティ?」

 シオンが目を丸くして、シュゼットとヴィクトールを交互に見やる。

「シオン、こちらは帽子屋マッドハッター。情報屋よ。いろんな情報に精通しているの」

「……情報屋」

 シオンの視線が更に胡散臭そうになる。

 ヴィクトールは口の端を持ち上げて笑顔を作ると、シオンに向かって軽くお辞儀をした。シルクハットの上の相棒たちが落ちないよう、ほんの軽く。

「はじめまして、シオン・ハワード殿下。シオンとお呼びしても?」

「……どうして俺の名前を……」

 ファーストネームはともかく、どうしてハワードという姓までわかったのかと愕然とするシオンに、ヴィクトールは肩をすくめて見せる。

「情報屋ですから」

 シオンの瞳にみるみるうちに警戒の色がのぞいた。

(くそ真面目なお坊ちゃんというのは本当らしいな)

 きっとまっすぐに育てられたのだろう。人を疑えることは生きていくうえでの重要なスキルだが、疑っていることを簡単に表情に出してはいけない。嘘とおべっかで他人をあざむくことを知らない純真な性格のようだった。

(きっと、そうだから陛下にいいように使われるんだろうな)

 そう思うが、助言はしてやらない。そこは自分で学ぶといいだろう。ヴィクトールはそうして生きてきた。人にいいように利用され、騙されて――そして利用することを覚えたのだ。利用して騙して、裏切って。そうして生きる術を手に入れた。

 年を重ねても純粋なままでいられる存在と言うのはまぶしくてときに羨ましくも映るが、ヴィクトールにとってそれはスノウだけでいい。

 アークが動こうとしないので、シオンが続き部屋に控えているメイドに紅茶を煎れるように頼む。

 ヴィクトールは用意された紅茶に角砂糖を一つ落として、銀のスプーンでかき混ぜた。

「シオン、ちょうどいいじゃない。さっきの話を相談してみたら?」

「おや、シオン。困りごとかな?」

 シオンと呼ぶことを了承されていたわけではないが、返事がないのでヴィクトールは勝手にそう呼ぶことにした。シオンは特に気にした様子はなく、瞳に警戒の色をにじませたまま、もごもごと答える。

「困りごとというか……」

「あら、妹に泣きつかれて困っているって言っていたじゃない。猫が帰ってこないんでしょう?」

「……猫?」

 ヴィクトールはシルクハットの大きな鍔の下で瞠目した。

(いよいよ、猫に縁のある日だな……)

 ヴィクトールはオルフェリウスに頼まれた王太后の猫捜索の依頼を思い出してため息をつきたくなってくる。

 クルックー、とヴィクトールの嘆きを代弁するかのように、帽子の上で鳩が鳴いた。
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