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湖には魔物がすんでいる!?
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――その男は、顔の左半分を灰色の仮面で覆っていた。
ポール爺さんは、四阿の丸い大理石のテーブルの上に頬杖をついて、四阿の緩いカーブを描いた屋根の向こうにある青空を見やった。
雲が少なく、真っ青な空だった。
そう――、あの日も、こんな空の色をした日だった。
ポールが「あの男」をはじめて見たのは、彼がまだ十五歳のときだった。
ふらりと村にやってきたその男は、左の顔半分――それこそ、額から顎にかけてまでを灰色の仮面で覆っていた。
誰もが、簡素な綿や麻で作られたくたびれた服を着ている中で、黒いフロックコートを着た男は異質な雰囲気を放っていた。
背は高く、ひょろりとしていて、仮面で覆われていない右の眼は細く、鼻が異様に高かった。
年は、三十半ばほどだろうと思われたが、顔半分を覆う仮面が邪魔をして年齢が判断しにくかったので、正直あまり自信はない。そして誰も彼の年を訊ねなかった。
男はモンステート・タナーと名乗り、村に二日滞在した。
どうしてこんな田舎の村に来たのか、ポールは不思議に思ったが、村人の誰も彼にかかわろうとはしなかったので、ポールも遠巻きに彼の姿を見るしかしなかった。
二日後、モンステートは村から出て行ったが、――やがて、彼が湖の近くに小さな小屋を建てて住みはじめたと噂が立った。
当時、離れたところに領主が住んでいたとはいえ、土地の管理は今よりもかなり杜撰だった。また、村人も、離れてところに暮らす町人も、特に湖に用はなかったので、ほとんど誰も近寄らなかった。そのためそこに誰かかが住みはじめたところで、気に留めるものはいなかった。
しかし、モンステートが湖の近くに住みはじめて三か月ほどたったころのことだろうか――、近くの川で一人の男の遺体が見つかった。
その男は村の男で――、今思えば、背中に追った獣の爪痕のような傷から、川で釣りをしているところを熊にでも襲われたのだろうと思うのだが、当時、湖の近くに奇妙な姿をしたモンステートが住んでいたことから、それは彼の仕業ではないかと噂されはじめたのだ。
そして、狭い村の中で、その噂は瞬く間に広まり、いつしか「湖には魔物が出るから、決して近づいてはいけない」と幼い子供に言い諭すようになっていった――
「でも、いつの間にかモンステート・タナーはいなくなっとって……、やがで、魔物の噂も自然と消えたんですがね」
あの男がいったい何をしに来ていたのか、今でも思い出すたび不思議でねぇ――、とポールは目尻に皺を刻んで笑う。
「そうですか……。仮面をつけていたとおっしゃいましたが、それは顔の左半分で間違いないですか?」
「ええ、それは間違いないですよ。あの男が村からいなくなったあと……、なんというか、娯楽の少ない村ですから。子供たちが彼の真似をして、琵琶の葉や壊れた皿とかで、仮面のようなものを作っては、彼の真似をして遊ぶことが流行りましてね。だから、そこははっきりと覚えているんですよ」
「なるほど」
ヴィクトールは一つ頷いて、立ち上がった。
「どうもありがとうございます。お仕事中邪魔をしてすみませんでした」
「いやいや。……じゃが、こんな昔話で、役に立ちましたかな?」
ヴィクトールは肩にとまっているクックの頬をかきながら、
「ええ。とても」
不思議そうな顔をするポールに、にっこりと微笑んで見せた。
ポール爺さんは、四阿の丸い大理石のテーブルの上に頬杖をついて、四阿の緩いカーブを描いた屋根の向こうにある青空を見やった。
雲が少なく、真っ青な空だった。
そう――、あの日も、こんな空の色をした日だった。
ポールが「あの男」をはじめて見たのは、彼がまだ十五歳のときだった。
ふらりと村にやってきたその男は、左の顔半分――それこそ、額から顎にかけてまでを灰色の仮面で覆っていた。
誰もが、簡素な綿や麻で作られたくたびれた服を着ている中で、黒いフロックコートを着た男は異質な雰囲気を放っていた。
背は高く、ひょろりとしていて、仮面で覆われていない右の眼は細く、鼻が異様に高かった。
年は、三十半ばほどだろうと思われたが、顔半分を覆う仮面が邪魔をして年齢が判断しにくかったので、正直あまり自信はない。そして誰も彼の年を訊ねなかった。
男はモンステート・タナーと名乗り、村に二日滞在した。
どうしてこんな田舎の村に来たのか、ポールは不思議に思ったが、村人の誰も彼にかかわろうとはしなかったので、ポールも遠巻きに彼の姿を見るしかしなかった。
二日後、モンステートは村から出て行ったが、――やがて、彼が湖の近くに小さな小屋を建てて住みはじめたと噂が立った。
当時、離れたところに領主が住んでいたとはいえ、土地の管理は今よりもかなり杜撰だった。また、村人も、離れてところに暮らす町人も、特に湖に用はなかったので、ほとんど誰も近寄らなかった。そのためそこに誰かかが住みはじめたところで、気に留めるものはいなかった。
しかし、モンステートが湖の近くに住みはじめて三か月ほどたったころのことだろうか――、近くの川で一人の男の遺体が見つかった。
その男は村の男で――、今思えば、背中に追った獣の爪痕のような傷から、川で釣りをしているところを熊にでも襲われたのだろうと思うのだが、当時、湖の近くに奇妙な姿をしたモンステートが住んでいたことから、それは彼の仕業ではないかと噂されはじめたのだ。
そして、狭い村の中で、その噂は瞬く間に広まり、いつしか「湖には魔物が出るから、決して近づいてはいけない」と幼い子供に言い諭すようになっていった――
「でも、いつの間にかモンステート・タナーはいなくなっとって……、やがで、魔物の噂も自然と消えたんですがね」
あの男がいったい何をしに来ていたのか、今でも思い出すたび不思議でねぇ――、とポールは目尻に皺を刻んで笑う。
「そうですか……。仮面をつけていたとおっしゃいましたが、それは顔の左半分で間違いないですか?」
「ええ、それは間違いないですよ。あの男が村からいなくなったあと……、なんというか、娯楽の少ない村ですから。子供たちが彼の真似をして、琵琶の葉や壊れた皿とかで、仮面のようなものを作っては、彼の真似をして遊ぶことが流行りましてね。だから、そこははっきりと覚えているんですよ」
「なるほど」
ヴィクトールは一つ頷いて、立ち上がった。
「どうもありがとうございます。お仕事中邪魔をしてすみませんでした」
「いやいや。……じゃが、こんな昔話で、役に立ちましたかな?」
ヴィクトールは肩にとまっているクックの頬をかきながら、
「ええ。とても」
不思議そうな顔をするポールに、にっこりと微笑んで見せた。
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