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プロローグ
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「だってよく考えてみて? わたくしは強い日差しにあたるだけで気分が悪くなるほど、繊細で可憐で儚い姫なのよ。あんな野蛮な方と結婚だなんて、とてもじゃないけど無理に決まっているでしょう? その点あなたは、わたくしと違って、粗野でがさつで、まるでお山で暮らすお猿さんみたいじゃないの。山登りだってお得意でしょう? わたくしのかわりに嫁ぐのには当たり前のことだと思わなくて?」
一年ぶりに顔を合わせる姉プリシラは、金粉を散りばめたかのようにキラキラと輝く金髪を指先でいじりながら、うふふ、と優雅に笑ってみせた。
この艶やかな髪にも、陶器のように真っ白な肌にも、きっとすごくお金がかけられていることだろう。豪華なドレス、耳たぶが痛くならないのかと思うほどに大きなダイアモンドのイヤリング、大粒のサファイアのネックレス……。姉を彩るすべてに視線を這わせて、セシリアはため息をつきたくなった。
頭のてっぺんからつま先まで、いったいいくらのお金が使われているのだろう。それらはすべて、『他国』の国民の血税で賄われているのだということを、プリシラは理解しているのだろうか。
(って駄目ね、お母様は根っからのお姫様だし、お姉様は人の苦労なんてなんとも思わないような人だもの……)
百歩譲って母は仕方がない。嫁いだ身とはいえ、もともとはこの国――レバニエル国出身だ。国王である母の兄は母を溺愛しているから、一度嫁いで他国の人間になった妹が出戻ってきたからと言って、迷惑に思うことなく、むしろ万々歳とばかりに大歓迎した。母のおかれた境遇にひどく同情し、かつて王女として王城で暮らしていた時と同じような暮らしをさせている。思うところがないわけではないが、国王がよしよししているのだから仕方がない。
けれども、プリシラとセシリアは、母の娘とはいえ、この国の姫ではない。それなのに当然のような顔をして城で贅沢三昧の日々を送る姉は、少々ーーいや、かなり図々しすぎるのではなかろうか。
「あなたってば、こんなボロ家に平気ですむくらい図太いんですもの、あの野蛮な方の妻としてうまくやっていけるでしょう」
笑顔のプリシラには悪気はないのかもしれない。三つ年上の姉の中では、「優れたわたくし、不出来な妹」の図式が成立していて、それを微塵にも疑っていない。見た目も、鮮やかな金髪の姉に対して、セシリアは「サルのお尻見たい」と揶揄されるような赤毛である。栗色の瞳も平々凡々過ぎて、プリシラに言わせれば「高貴ではない」。つまり、不出来な人間を不出来だと言うことに、姉が罪悪感を抱くはずはないのだ。プリシラの中でそれは当然のことなのだから。
一応、セシリアの名誉のために言っておくが、セシリアが暮らしている家は決してボロ家ではない。
見かけは古いが、れっきとした王家の持ち物で、王都のはずれにある、百五十年前の王妃が静養に使っていたという王家の離宮だ。建物自体は大きくはないが、プリシラ一人が暮らすには充分すぎるほどの広さがある。かわいらしい庭もついていて、専属ではないが定期的に庭師も来るので、季節の花々が咲き乱れる、素敵な家だ。
本当ならばセシリアは、この離宮に母子三人で暮らすつもりでいた。レバニエル国は母の祖国とはいえ、セシリアたちは今はなき旧グリモアーナ国の人間だ。母は旧グリモアーナ国の国王に嫁ぎ、セシリアとプリシラを生んだ。本当は兄が一人いたが、グリモアーナ国の滅亡に巻き込まれて父とともに他界している。
旧グリモアーナ国が滅びたのは十五年前。当たり前のように隣国に移り住み、レバニエル国の王族と同等の贅沢な暮らしを送るのは間違っている。セシリアは母と姉にそう訴えたが、二人は聞く耳を持たなかった。
それでもいつか考え直してくれるだろうと、セシリアは十四歳の春からこの離宮に移り住み、できるだけ自分の身の回りのことは自分で行いながら生きてきた。
母はそんな末娘を心配して、頻繁に顔を出しては城に戻って来いというが、姉プリシラは本人曰く「ボロ家」であるこの離宮に近づくことも嫌なようで、滅多にやってこない。
その姉が珍しくセシリアに会いに来たかと思えば、突然意味のわからないことを言い出した。姉が意味不明なことはいつものことなのだが、今日ばかりはいつもに輪をかけて意味不明である。セシリアにもわかるように順を追って教えてほしいところだが、どうやらプリシラは言いたいことを言って満足したようだった。
「だからね、あなた。わたくしのかわりにあの方のところへ嫁ぎなさいな。詳しい話はハロルドをよこすから、彼にお訊きなさいね。それじゃあ道中、くれぐれも気を付けて。間違っても死んだりしないでね。あなたが死んだら、わたくしが嫁がなくてはいけなくなるんだもの」
セシリアはもう突っ込む気も起きなかった。ハロルドが来るというから、彼に詳細を聞けばいいだろう。どうせ姉に何かを訊ねたところで、まともな答えは返ってこない。
(というか、嫁ぐって、どういうこと……?)
レバニエル国王に養ってもらっている以上、レバニエル国の都合でどこかに嫁がされることは覚悟の上だ。だからそこに文句はない。けれども、姉に縁談が来ていたことなど知らなかったし、それがそっくりそのまま自分に回ってくるとも思わなかった。第一、嫁ぐ相手が誰なのかもわからない。
(お姉様のことだから、どうぜ肖像画か何かを見て、単に気に入らなかっただけのことのような気がするけど……、でもいくら何でも急すぎよね?)
ともかく、遅かれ早かれセシリアも嫁ぐことになるのだ。相手はレバニエル国のどこかの貴族だろう。
そんな呑気なことを考えていたセシリアが仰天することになるのは、このすぐ後のことだった。
一年ぶりに顔を合わせる姉プリシラは、金粉を散りばめたかのようにキラキラと輝く金髪を指先でいじりながら、うふふ、と優雅に笑ってみせた。
この艶やかな髪にも、陶器のように真っ白な肌にも、きっとすごくお金がかけられていることだろう。豪華なドレス、耳たぶが痛くならないのかと思うほどに大きなダイアモンドのイヤリング、大粒のサファイアのネックレス……。姉を彩るすべてに視線を這わせて、セシリアはため息をつきたくなった。
頭のてっぺんからつま先まで、いったいいくらのお金が使われているのだろう。それらはすべて、『他国』の国民の血税で賄われているのだということを、プリシラは理解しているのだろうか。
(って駄目ね、お母様は根っからのお姫様だし、お姉様は人の苦労なんてなんとも思わないような人だもの……)
百歩譲って母は仕方がない。嫁いだ身とはいえ、もともとはこの国――レバニエル国出身だ。国王である母の兄は母を溺愛しているから、一度嫁いで他国の人間になった妹が出戻ってきたからと言って、迷惑に思うことなく、むしろ万々歳とばかりに大歓迎した。母のおかれた境遇にひどく同情し、かつて王女として王城で暮らしていた時と同じような暮らしをさせている。思うところがないわけではないが、国王がよしよししているのだから仕方がない。
けれども、プリシラとセシリアは、母の娘とはいえ、この国の姫ではない。それなのに当然のような顔をして城で贅沢三昧の日々を送る姉は、少々ーーいや、かなり図々しすぎるのではなかろうか。
「あなたってば、こんなボロ家に平気ですむくらい図太いんですもの、あの野蛮な方の妻としてうまくやっていけるでしょう」
笑顔のプリシラには悪気はないのかもしれない。三つ年上の姉の中では、「優れたわたくし、不出来な妹」の図式が成立していて、それを微塵にも疑っていない。見た目も、鮮やかな金髪の姉に対して、セシリアは「サルのお尻見たい」と揶揄されるような赤毛である。栗色の瞳も平々凡々過ぎて、プリシラに言わせれば「高貴ではない」。つまり、不出来な人間を不出来だと言うことに、姉が罪悪感を抱くはずはないのだ。プリシラの中でそれは当然のことなのだから。
一応、セシリアの名誉のために言っておくが、セシリアが暮らしている家は決してボロ家ではない。
見かけは古いが、れっきとした王家の持ち物で、王都のはずれにある、百五十年前の王妃が静養に使っていたという王家の離宮だ。建物自体は大きくはないが、プリシラ一人が暮らすには充分すぎるほどの広さがある。かわいらしい庭もついていて、専属ではないが定期的に庭師も来るので、季節の花々が咲き乱れる、素敵な家だ。
本当ならばセシリアは、この離宮に母子三人で暮らすつもりでいた。レバニエル国は母の祖国とはいえ、セシリアたちは今はなき旧グリモアーナ国の人間だ。母は旧グリモアーナ国の国王に嫁ぎ、セシリアとプリシラを生んだ。本当は兄が一人いたが、グリモアーナ国の滅亡に巻き込まれて父とともに他界している。
旧グリモアーナ国が滅びたのは十五年前。当たり前のように隣国に移り住み、レバニエル国の王族と同等の贅沢な暮らしを送るのは間違っている。セシリアは母と姉にそう訴えたが、二人は聞く耳を持たなかった。
それでもいつか考え直してくれるだろうと、セシリアは十四歳の春からこの離宮に移り住み、できるだけ自分の身の回りのことは自分で行いながら生きてきた。
母はそんな末娘を心配して、頻繁に顔を出しては城に戻って来いというが、姉プリシラは本人曰く「ボロ家」であるこの離宮に近づくことも嫌なようで、滅多にやってこない。
その姉が珍しくセシリアに会いに来たかと思えば、突然意味のわからないことを言い出した。姉が意味不明なことはいつものことなのだが、今日ばかりはいつもに輪をかけて意味不明である。セシリアにもわかるように順を追って教えてほしいところだが、どうやらプリシラは言いたいことを言って満足したようだった。
「だからね、あなた。わたくしのかわりにあの方のところへ嫁ぎなさいな。詳しい話はハロルドをよこすから、彼にお訊きなさいね。それじゃあ道中、くれぐれも気を付けて。間違っても死んだりしないでね。あなたが死んだら、わたくしが嫁がなくてはいけなくなるんだもの」
セシリアはもう突っ込む気も起きなかった。ハロルドが来るというから、彼に詳細を聞けばいいだろう。どうせ姉に何かを訊ねたところで、まともな答えは返ってこない。
(というか、嫁ぐって、どういうこと……?)
レバニエル国王に養ってもらっている以上、レバニエル国の都合でどこかに嫁がされることは覚悟の上だ。だからそこに文句はない。けれども、姉に縁談が来ていたことなど知らなかったし、それがそっくりそのまま自分に回ってくるとも思わなかった。第一、嫁ぐ相手が誰なのかもわからない。
(お姉様のことだから、どうぜ肖像画か何かを見て、単に気に入らなかっただけのことのような気がするけど……、でもいくら何でも急すぎよね?)
ともかく、遅かれ早かれセシリアも嫁ぐことになるのだ。相手はレバニエル国のどこかの貴族だろう。
そんな呑気なことを考えていたセシリアが仰天することになるのは、このすぐ後のことだった。
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