魔王陛下の押し掛け女房~姉に押し付けられた縁談ですが、頑張って祖国を再興しようと思います~

狭山ひびき

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「ったく、国を再興しろって言ったくせに、誰一人としてついてこないってどういうこと!?」

 険しい山脈をえっちらおっちら上りながら、セシリアはぶつぶつと文句を言っていた。

 やれ旧グリモアーナ国の再興だと騒いでいた連中は、旧グリモアーナ国の国境付近までは一緒に来てくれたものの、この先は姫の仕事だといんばかりに旗を振って「いってらっしゃいませー」とお見送り。全く現金なものだと思いながら、セシリアは高い山を見上げて嘆息すると、仕方なく山登りを開始した。

(ハロルドはまあ、仕方なけどさ。あのお姉様を放置すると、どんな我儘を言うかわかったもんじゃないものね)

 ハロルドはプリシラ付きの従者ではないのだが、放っておけばレバニエル国の姫よりも我儘三昧をする姉である。誰かストッパーがそばにいなければ、どんな状況になるかわからない。

 セシリアは離宮で暮らすようになってから身の回りのことは自分で行ってきたので、たった一人で山に放り出されたところで泣き言を言って逃げ出すような性格ではないが、だからと言って本当に一人で放り出すだろうか?

「ほんと、みんな意気地なしなんだから! 国を再興するって言うなら一緒についてくる意気込みくらい見せなさいよね!」

 もっとも、セシリアは国の再興についてはピンと来ていない。ただ、金ばかりかかる旧グリモアーナ国の王族はレバニエル国から出て行ってほしいという、レバニエル国民の言い分はよくわかるので、できることならこの縁談をまとめて、レバニエル国にいる旧グリモアーナ国を全員呼び戻したいとは思っているが。

 幸いなことに夏場なので山頂の雪もほとんど残っていない。旧グリモアーナ国だった時の舗装された道も残っていて、ご丁寧に「旧グリモアーナ国」と矢印の描かれた看板がいたるところに立っているので、よほどの馬鹿でも迷うことはないだろう。手前の一山を上ったあとはトンネルが通っているはずなので、なんだかんだとそれほど大変な道ではないのだ。

 だが、そうはいっても、さすがに一日でたどり着くほど近いわけでもないので、手前の山の山頂付近に立っている山小屋で一夜を明かすことにした。

 この山小屋もずいぶん使われていないようで、木製のテーブルの上にも、木を切っただけの椅子の年輪の上にも埃が積もっていた。

 セシリアは山小屋の中を簡単に掃除して、テーブルの上に背負ってきたリュックの中身を取り出した。

 パンとクッキー、それからビーフジャーキーなどの食べ物はすべてセシリアお手製だ。

 鍋を取り出すと、近くに流れている小川に向かう。このあたりは冬にたくさんの雪が降るので、この時期は雪解け水が流れているのだ。

 セシリアは鍋に水をくむと、夕焼け色に染まった空を見上げた。

 旧グリモアーナ国の姫と言われても、二歳の時から戻っていない母国の記憶はほとんどゼロである。この山も、この空も、もちろん今から向かう旧グリモアーナ国にも、何に懐かしさも感じない。もっとも、記憶が残っていたところで、すっかり魔王の国となったかつての祖国が、当時の面影を残しているとは思えない。

(魔王の国ってどんなところなのかしら? 空には鳥のかわりにドラゴンが飛んでいたりするのかな?)

 ちょっぴりワクワクしてしまうのは不謹慎だろうか。

(ドラゴンとも仲良くなれればいいなぁ。だってわたし、魔王の嫁になる予定だし)

 すっかり魔王の嫁になるつもりでいるセシリアは、まだ見ぬ魔王国に思いをはせながら、水を入れた鍋を持って山小屋に戻る。そして、目を見開いて絶叫した。

「あああああああああ!? わたしのご飯―――!」

 びくりと震えたのは山小屋の中にいた可愛らしい盗人だった。

 銀色のモフモフした毛並みに、ぴんととがった耳。ふっさふさの尻尾。狐のようだし、そうでない気もする、見たことのない生き物が、食べかけのクッキーを口にくわえてふるふると震えている。

(……あ、かわいい)

 中型犬くらいはありそうな見た目だが、あどけない顔立ちをしているのでまだ子狐(?)なのだろうか。

 それにしてもふっさふさだ。目はくりんくりん。銀色に輝く毛並みの狐ははじめてみたが、とにかく可愛らしい。

 セシリアはテーブルの上に鍋をおくと、そーっと子狐に近づいた。

「ちっちっちっ、怖くないからねー」

 舌打ちしながら近づくと、子狐が大きな目でこちらを見上げてくる。

 どうやら子狐はセシリアお手製のクッキーが気に入ったらしい。パンやビーフジャーキーはそっくりそのまま残っているのに、クッキーだけがほとんどなくなっている。

「クッキーが気に入ったの? 全部食べていいよー」

 子狐は人間の言葉がわかるのか、セシリアが「いい」と言った瞬間に食べかけのクッキーを飲み込んだ。テーブルの上に残っていた二枚もあっという間に平らげる。

 クッキーがなくなると、子狐はセシリアに顔を向けた。「くぅん」と短く鳴く声が「もうないの?」と言っているように聞こえて、そのあまりの可愛さにセシリアの胸がキュンとなる。

(本当は明日以降の食糧なんだけど……!)

 わずかな葛藤ののち、セシリアは机の上におきっぱなしにしていたリュックの中から、明日以降の食事分のクッキーを取り出した。

 子狐がぴくんと大きな耳を動かして、テーブルの上に両前足をつくと身を乗り出す。

 セシリアがクッキーを一枚手に取って、そっと口元に近づけると、子狐がくんくんと鼻を鳴らして顔を近づけ、ぱくりとクッキーを食べた。

(かーわーいーいー!)

 子狐にすっかり心奪われたセシリアは、残っていたクッキーをすべて子狐に与えた。

 満腹になったらしい子狐は「くーん」と鳴くと椅子の上から降りて、すたすたと山小屋の出入り口へ向かう。

 もう行ってしまうのかと淋しくなったが、野生動物を捕らえて愛玩動物にするわけにはいかない。

「じゃあねー、狐ちゃん」

 セシリアがそう言って手を振ると、子狐は一度だけ振り返った。その顔が何か言いたそうに見えたが、多分これは気のせいだろう。

 子狐がいなくなると、セシリアは鍋に汲んできた水を沸かしてお茶を入れる。山小屋には小さなキッチンがあって、少し湿ってはいたが薪も積んであった。薪の量も充分なので、明日の朝まで火を絶やさずにいられるだろう。

 残されていたパンとビーフジャーキーで簡単な夕食を取ったあとで、セシリアは床の上に持ってきていたブランケットを敷くと、早めに就寝することにしたのだった。

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