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翌朝。
「おはようございます」
誰かにゆさゆさと体をゆすられて、セシリアはきゅっと眉を寄せた。
「おはようございます、姫様」
「んんん……?」
ゆさゆさゆさゆさ。なかなか強い力だ。
基本的に離宮で一人暮らしのセシリアは、朝、誰かに起こされるのは久しぶりだ。
安眠の邪魔をするのはいったい誰だと薄く瞼を開いたセシリアは、目の前にぬっとあらわれた大きな顔にひっと悲鳴を飲み込んだ。
銀色の毛の大きな狼だ。いや、狐だろうか。セシリアが驚いて飛び起きると、太い前足でセシリアの体をゆすっていた銀色の獣が、満足に頷いた。
「おはようございます。姫様」
「お、……おはよう、ございます……?」
二メートル以上はあろうかという大きな銀色の獣の口から人語が発せられて茫然としたセシリアは、目の前の獣にどことなく見覚えがある気がして首をひねった。
銀色のふわふわの毛並み。大きな耳に、くりっとした目。ふさふさの尻尾。……大きさがかなり違うが、リュークに似ている。
目の前の獣もフェンリルだろうかと思ったとき、たったったっと軽やかな足音が聞こえて、セシリアのベッドにリュークがダイブした。
「おはよう、セシリア!」
「おはよ――」
「行儀が悪い!」
セシリアが挨拶しかけた目の前で、猫パンチならぬフェンリルパンチがさく裂した。パンチを繰り出したのはフェンリルだろうと思われる大きな獣で、パンチを受けて「キャウン!」と鳴いたのはリュークである。
なかなか威力の強そうなフェンリルパンチを食らったリュークは、両前足で頭をかばうようにして小さくなって、上目遣いで銀色の大きな獣を見上げた。
「ひどいよ、ママ」
「ママ!?」
驚いて声を裏返したセシリアに、大きな獣――リュークの母親らしいフェンリルが、目を細めて微笑んだ。
「お初にお目にかかります姫様。愚息が大変ご迷惑をおかけしたようで申し訳ございません。わたくしはレシティと申します。以後お見知りおきを」
レシティと名乗ったリュークの母フェンリルが丁寧に頭を下げてお辞儀をするので、セシリアも慌てて頭を下げる。
「えっと、セシリアです。こちらこそ、リュークにはお世話になりました」
聞けば、レシティはこの城のメイド長をしているらしい。フェンリルが侍女長とはさすが魔王城だと感心していると、レシティが「コーン」と高らかに鳴いた。すると、部屋の中にわらわらと角谷ら尻尾やらが生えている人が集まってくる。レシティとは違い、こちらは角谷尻尾以外は人の姿をしているが、まあ、間違いなく人ではないだろう。
入ってきた彼女たちはみな紺色のワンピースに白いエプロンを身に着けていた。この城で働くメイドたちだそうだ。
「さあさあセシリア姫様。お支度を整えましょうね。僭越ながらドレスがお手荷物の中にございませんでしたので、こちらでご用意させていただきましたよ」
「え? ……え?」
目を白黒させている間に、わーっと集まってきたメイドたちがセシリアをベッドからおろすと、そのまま続き部屋のバスルームに連行した。猫足の浴槽にはたっぷりの湯が張られていて、セシリアはメイドたちに容赦なく服をはぎ取られると、ドボンと湯の中に入れられる。
数人がかりで髪と体を洗われて、そのあとはマッサージ台でオイルマッサージを受けた。口をはさむ間もなく華やかな薔薇色のドレスを着せられて、ドレスよりも赤いセシリアの髪の毛がハーフアップにされて、大粒の真珠の髪飾りがとめられた。
怒涛の展開に、セシリアがハッと我に返ったのはすべての支度が終わってからで、メイドたちはやり切った感満載でニコニコと笑っている。
セシリアはドレッサーの鑑に移るレシティに視線を向けた。
「あの、レシティさん」
「どうぞレシティとお呼びください。セシリア姫様」
「えっと、じゃあレシティ……。あの、どうしてわたしは、こんなに豪華なドレスに着替えさせられたのでしょうか……?」
するとレシティは前足で口を押えてころころと笑った。
「まあまあ、どうしてだなんて。これから陛下と朝食とられるからに決まっているではありませんか」
「え?」
陛下と朝食?
(ええっと……、記憶違いじゃなかったら、昨日、魔王陛下にむやみに近づくなって言われたわよね?)
魔王――リュシルフルは女嫌いだそうだ。だから結婚する気もないから、むやみに近づくなとそう言われたはずである。それなのに一緒に朝食をとってくれるのだろうか。
セシリアの考えていることがわかったのか、レシティはふふふと楽しそうに笑った。
「姫様。女は度胸、当たって砕けろでございます。わたくしたちメイド一同は、姫様の味方でございますよ。いい加減お妃様を娶っていただかなくては困りますからね。どうぞあの堅物陛下をめろめろにして差し上げてくださいませ!」
「ええ―――!?」
いったい何がどうなっているのか、セシリアには全然わからなかった。
「おはようございます」
誰かにゆさゆさと体をゆすられて、セシリアはきゅっと眉を寄せた。
「おはようございます、姫様」
「んんん……?」
ゆさゆさゆさゆさ。なかなか強い力だ。
基本的に離宮で一人暮らしのセシリアは、朝、誰かに起こされるのは久しぶりだ。
安眠の邪魔をするのはいったい誰だと薄く瞼を開いたセシリアは、目の前にぬっとあらわれた大きな顔にひっと悲鳴を飲み込んだ。
銀色の毛の大きな狼だ。いや、狐だろうか。セシリアが驚いて飛び起きると、太い前足でセシリアの体をゆすっていた銀色の獣が、満足に頷いた。
「おはようございます。姫様」
「お、……おはよう、ございます……?」
二メートル以上はあろうかという大きな銀色の獣の口から人語が発せられて茫然としたセシリアは、目の前の獣にどことなく見覚えがある気がして首をひねった。
銀色のふわふわの毛並み。大きな耳に、くりっとした目。ふさふさの尻尾。……大きさがかなり違うが、リュークに似ている。
目の前の獣もフェンリルだろうかと思ったとき、たったったっと軽やかな足音が聞こえて、セシリアのベッドにリュークがダイブした。
「おはよう、セシリア!」
「おはよ――」
「行儀が悪い!」
セシリアが挨拶しかけた目の前で、猫パンチならぬフェンリルパンチがさく裂した。パンチを繰り出したのはフェンリルだろうと思われる大きな獣で、パンチを受けて「キャウン!」と鳴いたのはリュークである。
なかなか威力の強そうなフェンリルパンチを食らったリュークは、両前足で頭をかばうようにして小さくなって、上目遣いで銀色の大きな獣を見上げた。
「ひどいよ、ママ」
「ママ!?」
驚いて声を裏返したセシリアに、大きな獣――リュークの母親らしいフェンリルが、目を細めて微笑んだ。
「お初にお目にかかります姫様。愚息が大変ご迷惑をおかけしたようで申し訳ございません。わたくしはレシティと申します。以後お見知りおきを」
レシティと名乗ったリュークの母フェンリルが丁寧に頭を下げてお辞儀をするので、セシリアも慌てて頭を下げる。
「えっと、セシリアです。こちらこそ、リュークにはお世話になりました」
聞けば、レシティはこの城のメイド長をしているらしい。フェンリルが侍女長とはさすが魔王城だと感心していると、レシティが「コーン」と高らかに鳴いた。すると、部屋の中にわらわらと角谷ら尻尾やらが生えている人が集まってくる。レシティとは違い、こちらは角谷尻尾以外は人の姿をしているが、まあ、間違いなく人ではないだろう。
入ってきた彼女たちはみな紺色のワンピースに白いエプロンを身に着けていた。この城で働くメイドたちだそうだ。
「さあさあセシリア姫様。お支度を整えましょうね。僭越ながらドレスがお手荷物の中にございませんでしたので、こちらでご用意させていただきましたよ」
「え? ……え?」
目を白黒させている間に、わーっと集まってきたメイドたちがセシリアをベッドからおろすと、そのまま続き部屋のバスルームに連行した。猫足の浴槽にはたっぷりの湯が張られていて、セシリアはメイドたちに容赦なく服をはぎ取られると、ドボンと湯の中に入れられる。
数人がかりで髪と体を洗われて、そのあとはマッサージ台でオイルマッサージを受けた。口をはさむ間もなく華やかな薔薇色のドレスを着せられて、ドレスよりも赤いセシリアの髪の毛がハーフアップにされて、大粒の真珠の髪飾りがとめられた。
怒涛の展開に、セシリアがハッと我に返ったのはすべての支度が終わってからで、メイドたちはやり切った感満載でニコニコと笑っている。
セシリアはドレッサーの鑑に移るレシティに視線を向けた。
「あの、レシティさん」
「どうぞレシティとお呼びください。セシリア姫様」
「えっと、じゃあレシティ……。あの、どうしてわたしは、こんなに豪華なドレスに着替えさせられたのでしょうか……?」
するとレシティは前足で口を押えてころころと笑った。
「まあまあ、どうしてだなんて。これから陛下と朝食とられるからに決まっているではありませんか」
「え?」
陛下と朝食?
(ええっと……、記憶違いじゃなかったら、昨日、魔王陛下にむやみに近づくなって言われたわよね?)
魔王――リュシルフルは女嫌いだそうだ。だから結婚する気もないから、むやみに近づくなとそう言われたはずである。それなのに一緒に朝食をとってくれるのだろうか。
セシリアの考えていることがわかったのか、レシティはふふふと楽しそうに笑った。
「姫様。女は度胸、当たって砕けろでございます。わたくしたちメイド一同は、姫様の味方でございますよ。いい加減お妃様を娶っていただかなくては困りますからね。どうぞあの堅物陛下をめろめろにして差し上げてくださいませ!」
「ええ―――!?」
いったい何がどうなっているのか、セシリアには全然わからなかった。
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