9 / 14
8
しおりを挟む
翌朝。
「おはようございます」
誰かにゆさゆさと体をゆすられて、セシリアはきゅっと眉を寄せた。
「おはようございます、姫様」
「んんん……?」
ゆさゆさゆさゆさ。なかなか強い力だ。
基本的に離宮で一人暮らしのセシリアは、朝、誰かに起こされるのは久しぶりだ。
安眠の邪魔をするのはいったい誰だと薄く瞼を開いたセシリアは、目の前にぬっとあらわれた大きな顔にひっと悲鳴を飲み込んだ。
銀色の毛の大きな狼だ。いや、狐だろうか。セシリアが驚いて飛び起きると、太い前足でセシリアの体をゆすっていた銀色の獣が、満足に頷いた。
「おはようございます。姫様」
「お、……おはよう、ございます……?」
二メートル以上はあろうかという大きな銀色の獣の口から人語が発せられて茫然としたセシリアは、目の前の獣にどことなく見覚えがある気がして首をひねった。
銀色のふわふわの毛並み。大きな耳に、くりっとした目。ふさふさの尻尾。……大きさがかなり違うが、リュークに似ている。
目の前の獣もフェンリルだろうかと思ったとき、たったったっと軽やかな足音が聞こえて、セシリアのベッドにリュークがダイブした。
「おはよう、セシリア!」
「おはよ――」
「行儀が悪い!」
セシリアが挨拶しかけた目の前で、猫パンチならぬフェンリルパンチがさく裂した。パンチを繰り出したのはフェンリルだろうと思われる大きな獣で、パンチを受けて「キャウン!」と鳴いたのはリュークである。
なかなか威力の強そうなフェンリルパンチを食らったリュークは、両前足で頭をかばうようにして小さくなって、上目遣いで銀色の大きな獣を見上げた。
「ひどいよ、ママ」
「ママ!?」
驚いて声を裏返したセシリアに、大きな獣――リュークの母親らしいフェンリルが、目を細めて微笑んだ。
「お初にお目にかかります姫様。愚息が大変ご迷惑をおかけしたようで申し訳ございません。わたくしはレシティと申します。以後お見知りおきを」
レシティと名乗ったリュークの母フェンリルが丁寧に頭を下げてお辞儀をするので、セシリアも慌てて頭を下げる。
「えっと、セシリアです。こちらこそ、リュークにはお世話になりました」
聞けば、レシティはこの城のメイド長をしているらしい。フェンリルが侍女長とはさすが魔王城だと感心していると、レシティが「コーン」と高らかに鳴いた。すると、部屋の中にわらわらと角谷ら尻尾やらが生えている人が集まってくる。レシティとは違い、こちらは角谷尻尾以外は人の姿をしているが、まあ、間違いなく人ではないだろう。
入ってきた彼女たちはみな紺色のワンピースに白いエプロンを身に着けていた。この城で働くメイドたちだそうだ。
「さあさあセシリア姫様。お支度を整えましょうね。僭越ながらドレスがお手荷物の中にございませんでしたので、こちらでご用意させていただきましたよ」
「え? ……え?」
目を白黒させている間に、わーっと集まってきたメイドたちがセシリアをベッドからおろすと、そのまま続き部屋のバスルームに連行した。猫足の浴槽にはたっぷりの湯が張られていて、セシリアはメイドたちに容赦なく服をはぎ取られると、ドボンと湯の中に入れられる。
数人がかりで髪と体を洗われて、そのあとはマッサージ台でオイルマッサージを受けた。口をはさむ間もなく華やかな薔薇色のドレスを着せられて、ドレスよりも赤いセシリアの髪の毛がハーフアップにされて、大粒の真珠の髪飾りがとめられた。
怒涛の展開に、セシリアがハッと我に返ったのはすべての支度が終わってからで、メイドたちはやり切った感満載でニコニコと笑っている。
セシリアはドレッサーの鑑に移るレシティに視線を向けた。
「あの、レシティさん」
「どうぞレシティとお呼びください。セシリア姫様」
「えっと、じゃあレシティ……。あの、どうしてわたしは、こんなに豪華なドレスに着替えさせられたのでしょうか……?」
するとレシティは前足で口を押えてころころと笑った。
「まあまあ、どうしてだなんて。これから陛下と朝食とられるからに決まっているではありませんか」
「え?」
陛下と朝食?
(ええっと……、記憶違いじゃなかったら、昨日、魔王陛下にむやみに近づくなって言われたわよね?)
魔王――リュシルフルは女嫌いだそうだ。だから結婚する気もないから、むやみに近づくなとそう言われたはずである。それなのに一緒に朝食をとってくれるのだろうか。
セシリアの考えていることがわかったのか、レシティはふふふと楽しそうに笑った。
「姫様。女は度胸、当たって砕けろでございます。わたくしたちメイド一同は、姫様の味方でございますよ。いい加減お妃様を娶っていただかなくては困りますからね。どうぞあの堅物陛下をめろめろにして差し上げてくださいませ!」
「ええ―――!?」
いったい何がどうなっているのか、セシリアには全然わからなかった。
「おはようございます」
誰かにゆさゆさと体をゆすられて、セシリアはきゅっと眉を寄せた。
「おはようございます、姫様」
「んんん……?」
ゆさゆさゆさゆさ。なかなか強い力だ。
基本的に離宮で一人暮らしのセシリアは、朝、誰かに起こされるのは久しぶりだ。
安眠の邪魔をするのはいったい誰だと薄く瞼を開いたセシリアは、目の前にぬっとあらわれた大きな顔にひっと悲鳴を飲み込んだ。
銀色の毛の大きな狼だ。いや、狐だろうか。セシリアが驚いて飛び起きると、太い前足でセシリアの体をゆすっていた銀色の獣が、満足に頷いた。
「おはようございます。姫様」
「お、……おはよう、ございます……?」
二メートル以上はあろうかという大きな銀色の獣の口から人語が発せられて茫然としたセシリアは、目の前の獣にどことなく見覚えがある気がして首をひねった。
銀色のふわふわの毛並み。大きな耳に、くりっとした目。ふさふさの尻尾。……大きさがかなり違うが、リュークに似ている。
目の前の獣もフェンリルだろうかと思ったとき、たったったっと軽やかな足音が聞こえて、セシリアのベッドにリュークがダイブした。
「おはよう、セシリア!」
「おはよ――」
「行儀が悪い!」
セシリアが挨拶しかけた目の前で、猫パンチならぬフェンリルパンチがさく裂した。パンチを繰り出したのはフェンリルだろうと思われる大きな獣で、パンチを受けて「キャウン!」と鳴いたのはリュークである。
なかなか威力の強そうなフェンリルパンチを食らったリュークは、両前足で頭をかばうようにして小さくなって、上目遣いで銀色の大きな獣を見上げた。
「ひどいよ、ママ」
「ママ!?」
驚いて声を裏返したセシリアに、大きな獣――リュークの母親らしいフェンリルが、目を細めて微笑んだ。
「お初にお目にかかります姫様。愚息が大変ご迷惑をおかけしたようで申し訳ございません。わたくしはレシティと申します。以後お見知りおきを」
レシティと名乗ったリュークの母フェンリルが丁寧に頭を下げてお辞儀をするので、セシリアも慌てて頭を下げる。
「えっと、セシリアです。こちらこそ、リュークにはお世話になりました」
聞けば、レシティはこの城のメイド長をしているらしい。フェンリルが侍女長とはさすが魔王城だと感心していると、レシティが「コーン」と高らかに鳴いた。すると、部屋の中にわらわらと角谷ら尻尾やらが生えている人が集まってくる。レシティとは違い、こちらは角谷尻尾以外は人の姿をしているが、まあ、間違いなく人ではないだろう。
入ってきた彼女たちはみな紺色のワンピースに白いエプロンを身に着けていた。この城で働くメイドたちだそうだ。
「さあさあセシリア姫様。お支度を整えましょうね。僭越ながらドレスがお手荷物の中にございませんでしたので、こちらでご用意させていただきましたよ」
「え? ……え?」
目を白黒させている間に、わーっと集まってきたメイドたちがセシリアをベッドからおろすと、そのまま続き部屋のバスルームに連行した。猫足の浴槽にはたっぷりの湯が張られていて、セシリアはメイドたちに容赦なく服をはぎ取られると、ドボンと湯の中に入れられる。
数人がかりで髪と体を洗われて、そのあとはマッサージ台でオイルマッサージを受けた。口をはさむ間もなく華やかな薔薇色のドレスを着せられて、ドレスよりも赤いセシリアの髪の毛がハーフアップにされて、大粒の真珠の髪飾りがとめられた。
怒涛の展開に、セシリアがハッと我に返ったのはすべての支度が終わってからで、メイドたちはやり切った感満載でニコニコと笑っている。
セシリアはドレッサーの鑑に移るレシティに視線を向けた。
「あの、レシティさん」
「どうぞレシティとお呼びください。セシリア姫様」
「えっと、じゃあレシティ……。あの、どうしてわたしは、こんなに豪華なドレスに着替えさせられたのでしょうか……?」
するとレシティは前足で口を押えてころころと笑った。
「まあまあ、どうしてだなんて。これから陛下と朝食とられるからに決まっているではありませんか」
「え?」
陛下と朝食?
(ええっと……、記憶違いじゃなかったら、昨日、魔王陛下にむやみに近づくなって言われたわよね?)
魔王――リュシルフルは女嫌いだそうだ。だから結婚する気もないから、むやみに近づくなとそう言われたはずである。それなのに一緒に朝食をとってくれるのだろうか。
セシリアの考えていることがわかったのか、レシティはふふふと楽しそうに笑った。
「姫様。女は度胸、当たって砕けろでございます。わたくしたちメイド一同は、姫様の味方でございますよ。いい加減お妃様を娶っていただかなくては困りますからね。どうぞあの堅物陛下をめろめろにして差し上げてくださいませ!」
「ええ―――!?」
いったい何がどうなっているのか、セシリアには全然わからなかった。
2
あなたにおすすめの小説
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、すれ違いの末に離れ離れになった夫婦の物語。
再会したとき、二人が選ぶのは「離婚」か、それとも「再構築」か。
妻を一途に想い続ける夫と、
その想いを一ミリも知らない妻。
――攻防戦の幕が、いま上がる。
聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!?
元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
異世界で目覚めたら、もふもふ騎士団に保護されてました ~ちびっ子だけど、獣人たちの平穏のためお世話係がんばります!!~
ありぽん
ファンタジー
神のミスで命を落とした芽依は、お詫びとして大好きな異世界へ転生させてもらえることに。だが転生の際、またしても神のミスで、森の奥地に幼女の姿で送られてしまい。転生の反動で眠っていた瞳は、気づかないうちに魔獣たちに囲まれてしまう。
しかしそんな危機的状況の中、森を巡回していた、獣人だけで構成された獣騎士団が駆け付けてくれ、芽依はどうにかこの窮地を切り抜けることができたのだった。
やがて目を覚ました芽依は、初めは混乱したものの、すぐに現状を受け入れ。またその後、同じ種族の人間側で保護する案も出たが、ある事情により、芽依はそのまま獣騎士団の宿舎で暮らすことに。
そこで芽依は、助けてくれた獣騎士たちに恩を返すため、そして日々厳しい任務に向かう獣人たちが少しでも平穏に過ごせるようにと、お世話係を買って出る。
そんな芽依に、当初は不安だった獣人たちだったが、元気で明るい瞳の存在は、次第に獣人たちの力となっていくのだった。
これはちびっ子転生者の芽依が、獣人や魔獣たちのために奮闘し、癒しとなっていく。そんな、ほっこりまったり? な物語。
夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。
古森真朝
ファンタジー
「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。
俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」
新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは――
※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる