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瘴気溜まり 1

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 ジルベールが帰ってきて三日後、セレアとジルベールはカントリーハウスから一番近いところにある瘴気溜まりへ向かっていた。
 セレアが自分から瘴気溜まりを浄化すると言うとジルベールは驚愕したが、とても喜んで、あろうことかセレアに抱き着いてきた。
 もちろんセレアは文句を言ったが、ジルベールはセレアの文句など聞いていないのか、自分が満足するまで抱きしめた後で、何度も何度も「ありがとう」と言った。

 まさかジルベールの口から感謝の言葉が出るとは思わなかったセレアは驚いたが、不思議と悪い気はしなかった。
 そして、セレアとジルベールは、十名ほどの護衛の騎士とともに、馬車で半日ほど場所にある瘴気溜まりのポイントへ向かって出立したのである。

「瘴気溜まりはどこに発生しているの?」
「今から向かうところは山の近くの、日陰になっているところだ。瘴気溜まりはあまり日が当たらない場所に発生しやすい」
「へえ、そうなんだ」

 それは知らなかった。だったら一日の大半が日陰になっている場所がなくなれば瘴気溜まりも発生しないのだろうか。……まあ、そのような場所をすべてなくするのは無理だとはわかっているけれど。

「そこは一番近い町からも少し距離があるんだが、周囲に畑がたくさんあって、農民が畑仕事ができなくなって困っている。魔物の数が少ないときは危険を承知で仕事に向かっていたようなんだが、今は数が増えているからな」
「騎士たちが討伐しているんだっけ?」
「ああ。騎士と魔術師ができるだけ多くの魔物を討伐しようと頑張っている。……だけど、堂々巡りだからな。肉体的にも精神的にも疲労が蓄積されている」
「まあそうね」

 討伐しても討伐しても新たに湧いてくると嫌気がさしてくるだろう。終わりが見えない作業――それも、日を追うごとに瘴気溜まりが大きくなって、発生してくる魔物が強くなっているとあればなおさらだ。

「どこの領地もこんな感じなの?」
「多少の差はあれど、どこも瘴気溜まりに悩まされているのは同じだ。どうやらちょうど瘴気溜まりの発生しやすいサイクルのようだからな」
「どういうこと?」
「瘴気溜まりは、十年から十五年に一度、発生しやすくなる時期があるんだ。もちろんその時期以外にも発生するんだが、発生する数が違う。理由はわかっていないが、去年の秋ごろから春先にかけて瘴気溜まりが発生しやすい時期だったみたいだ。今は新しい瘴気溜まりはあまり観測されていないから落ち着いたみたいだが、その時発生した瘴気溜まりが各地で拡大している」
(そんなサイクルがあったんだ……)

 知らなかった。
 思えば、セレアは聖女のことも魔物のことも瘴気溜まりのことも、ほとんど何も教わらずに育った。聖女であれば本来ならば教えられることなのかもしれないが、わざとなのかどうなのか、ゴーチェはセレアにそれらの知識を与えなかったのである。

「今回はちょうどタイミングが悪かった。前回のサイクルのときには、国に聖女が十人ほどいて、彼女たちが各地に派遣されて事なきを得たみたいだがな」

 なるほど、前回に対して今回は、動ける聖女はセレアのみ。
 王太子妃が懐妊していなければ違ったかもしれないが、それでも一人増えるだけだ。しかも王太子妃となれば、国中を回ることはできない。
 十歳の女の子を酷使することはできないし、幼ければ魔物が発生する瘴気溜まりを見るのも怖いだろう。セレアも七年前に見たときは怖かった。

「前の時の聖女はみんな亡くなったの?」
「いや、生きてはいるが力は失っている。だいたい三十をすぎると自然と力が消えるみたいだな」
「そう……なんだ」

 では、セレアのこの力も、三十歳くらいになったら消えるのだろうか。

(この力がなくなったあとのわたしには、何が残るのかしら?)

 ふと、そんなことを考える。
 ジルベールは聖女の力が欲しくてセレアを攫って邸に閉じ込めた。
 けれど、その力がなくなれば、セレアは彼にとって無価値だ。
 貴族令嬢としてきちんと教育を受けたわけでもないし、父親もアレだ。ジルベールはゴーチェが口出しできないようにセレアをどこか都合のいいところの養女にしてから結婚すると言っていたので、ゴーチェによって迷惑をこうむることはないかもしれないが、それを抜きにしても何のメリットもない気がする。

「ねえ、三十をすぎて、わたしの力がなくなったらどうするの?」

 訊いたって仕方がないのに、気づけばそんなことを訊ねていた。
 ジルベールはきょとんと首をひねる。

「どう、とは?」
「だから、聖女の力がなくなったらわたしはいらないでしょ?」
「……よくわからないが、つまり、力がなくなったら君を自由にしろと言っているのか?」

 違う。そういうことが訊きたかったわけじゃない。
 けれど、では何が訊きたかったのかと言われれば、セレア自身にもよくわからなかった。
 セレアが黙っていると、ジルベールが不快そうに眉を寄せた。

「俺と結婚する以上、力が失われようとどうしようと君は俺の妻だ。公爵夫人が離婚して市井で暮らすなんて聞いたことがないし、俺は離婚するつもりはない」
「……なんで?」
「なんで? 当たり前だろう。結婚すると決めた以上は生涯を共にするつもりだ。逃がすわけないだろう。それともまだ逃げたいのか?」
「そうじゃ……ないけど」

 セレアはジルベールの答えが不思議でならなかった。
 聖女の力がなくなって無価値になったセレアも、変わらず妻としてそばに置くつもりだろうか。

(……変なの)

 ジルベールは、聖女の力が欲しいくせに。
 セレアはやっぱり彼の考えていることはわからないと思ったが――どうしてだろう、ジルベールのその答えに、ホッとしてしまう自分がいた。


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