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泉の妖精の異変
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「お前の息子までおかしくなったのか」
サーシャロッドの問いかけに、泉の女王は泣きながら頷いた。
たしかに、泉の女王の息子――時期、泉の王となる彼ならば、女王を捕えることもできるかもしれない。
月の宮では、人間や動物たちは、成長はあっても老いることはない。だが、妖精は別だ。もちろん、寿命が来て死ぬということはほとんどないが、彼らは持って生まれたその力の縁具合によって外見が変わる。
簡単に言えば、生まれてから力が増えるごとに成長し、力のピークを迎え、減退していくと少しずつ老いて行く。妖精によって力の減退速度は変わるので、老いる速度もまた違う。例えば翁は外見は相当な老人だが、あれはもう生まれてから二千年近く生きている。
生きるのに飽きた妖精は、人間界に飛び出していき、やがて自然に溶けるように消える。妖精は気まぐれで、どこで生きるのをやめるか、逆にどこまで生きるかは、彼らの自由だ。
だが、それぞれの妖精たちを束ねる妖精の長たちは、なかなか自由がきかない。だから行われるのが、代替わりだ。
次代の長は、その子が継ぐことが多いが、必ずしもそうではない。強い力を持った妖精が生まれ、その者が力のピークを迎えたとき、代替わりが行われる。歴代の長たちの子が次代を担うことが多いのは、単に力の強い妖精が生まれやすいからと言うだけだ。
現に、雪の女王の息子は、次代の長の座を継ぐことはない。人との混血であるのも一因だが、そこそこ強い力を持つカイルでも、長の座を継ぐにはまだ足りない。雪の妖精たちにはまだ次代の長となるものが生まれていないが、時期が来れば自然と、新しい長が誕生するだろう。
そして、この泉の女王の次代は、彼女の息子だった。
サーシャロッドも、そろそろだろうなとは思っていた。彼の力は強かったし、いつピークが訪れてもおかしくない状態だったから、近いうちに代替わりが行われるだろう、と。
つまり、彼女の息子の力は、女王に匹敵するのだ。いや、力が減退しはじめている女王よりも、強い力を持っていてもおかしくない。
「とにかく、元凶を探すしかないな」
黒だるまのときと同じであれば、どこかに黒い水晶があるはずだ。それを探し出してすべて浄化しないことには、この惨状をどうにかすることはできないだろう。
あとは、雪だるまと違って青水晶を突き立てることができない泉の妖精たちを、どうやって浄化するかだが――、そこはあとまわしにしておくことにする。ポールが何か考えるだろう。
「お前たちはここにいろ。ここへは誰も入ってこれないようにしておく」
サーシャロッドがそう言って踵を返そうとしたとき、女王が彼の腕に縋りついた。
「お、おねがいです! お忙しいのはわかっております。でも、その前にどうか――、あの子を止めてください」
あの子は――、カモミールの姫の心を壊して、永遠に閉じ込めてしまうつもりです。
泉の妖精の王子は、恍惚として表情でカモミールの姫の頬を撫でる。
泉の妖精の城にある大きな聖堂。そこで、純白のドレスに身を包んだカモミールの姫は、虚ろな目で泉の妖精の王子を見上げていた。
「ああ――、もうすぐあなたのすべてが手に入る」
祭壇の上においてあるのは、銀色の小さな指輪。曼珠沙華の模様が彫られた指輪の中央には、黒い石がはまっていた。
エレノアに渡した黒い小瓶の中身と同じ液体を飲ませたカモミールは、とても従順だ。だが、まだ完成ではない。この指輪をはめて、すべてが手に入るのだ。
「永遠に私のものに――」
この指輪をはめれば、この口が憎たらしい単語を並べることもないだろう。ヤマユリの王子の記憶もすべてなくなる。ただカモミールの姫が映すのは、泉の妖精の王子である自分だけ。自分の言うことしか聞こえず、素直に従う、人形のように従順な姫になるだろう。
「愛していますよ。永遠に、愛してあげますからね」
耳元でささやけば、ピクリとカモミールの姫の睫毛が揺れる。だが、それだけだ。泉の王子は、そっとむき出しの肩に手のひらを這わせた。真っ白なウエディングドレスがよく似合っている。これで彼女は永遠に自分のもの。自分の花嫁だ。
ほしくてほしくて、狂いそうなほど恋焦がれた存在が目の前にある。
泉の王子は、参列席の一番はじめに座っているエレノアに視線を向けた。
「最後まで薬を飲まないなんて強情な方だ。頭が割れるように痛いのでしょう? 飲めばいいのに、ほら――」
エレノアのもとに、泉の妖精の一人が進みでる。黒い液体の入った小瓶を目の前に差し出されて、エレノアはゆるゆると首を振った。
飲みたくない――
泉の妖精の王子は肩をすくめた。
「強情な方だ。あなたには私と姫が結ばれるところをしっかり見ていただきたかったのですが、まあ、いいでしょう。どの道その薬は、式が終わったら無理やりにでも飲んでいただきますけどね」
エレノアが参列席の背もたれに寄りかかって、苦しそうな息を吐きだすのを見、泉の王子は嗜虐的な笑みを浮かべる。
そして、愛する花嫁に視線を戻すと、その頬にちゅっと口づけた。
「さあ、式をはじめましょう――」
カモミールの姫は、虚ろな目をしたまま、ゆっくりと微笑んだ。
サーシャロッドの問いかけに、泉の女王は泣きながら頷いた。
たしかに、泉の女王の息子――時期、泉の王となる彼ならば、女王を捕えることもできるかもしれない。
月の宮では、人間や動物たちは、成長はあっても老いることはない。だが、妖精は別だ。もちろん、寿命が来て死ぬということはほとんどないが、彼らは持って生まれたその力の縁具合によって外見が変わる。
簡単に言えば、生まれてから力が増えるごとに成長し、力のピークを迎え、減退していくと少しずつ老いて行く。妖精によって力の減退速度は変わるので、老いる速度もまた違う。例えば翁は外見は相当な老人だが、あれはもう生まれてから二千年近く生きている。
生きるのに飽きた妖精は、人間界に飛び出していき、やがて自然に溶けるように消える。妖精は気まぐれで、どこで生きるのをやめるか、逆にどこまで生きるかは、彼らの自由だ。
だが、それぞれの妖精たちを束ねる妖精の長たちは、なかなか自由がきかない。だから行われるのが、代替わりだ。
次代の長は、その子が継ぐことが多いが、必ずしもそうではない。強い力を持った妖精が生まれ、その者が力のピークを迎えたとき、代替わりが行われる。歴代の長たちの子が次代を担うことが多いのは、単に力の強い妖精が生まれやすいからと言うだけだ。
現に、雪の女王の息子は、次代の長の座を継ぐことはない。人との混血であるのも一因だが、そこそこ強い力を持つカイルでも、長の座を継ぐにはまだ足りない。雪の妖精たちにはまだ次代の長となるものが生まれていないが、時期が来れば自然と、新しい長が誕生するだろう。
そして、この泉の女王の次代は、彼女の息子だった。
サーシャロッドも、そろそろだろうなとは思っていた。彼の力は強かったし、いつピークが訪れてもおかしくない状態だったから、近いうちに代替わりが行われるだろう、と。
つまり、彼女の息子の力は、女王に匹敵するのだ。いや、力が減退しはじめている女王よりも、強い力を持っていてもおかしくない。
「とにかく、元凶を探すしかないな」
黒だるまのときと同じであれば、どこかに黒い水晶があるはずだ。それを探し出してすべて浄化しないことには、この惨状をどうにかすることはできないだろう。
あとは、雪だるまと違って青水晶を突き立てることができない泉の妖精たちを、どうやって浄化するかだが――、そこはあとまわしにしておくことにする。ポールが何か考えるだろう。
「お前たちはここにいろ。ここへは誰も入ってこれないようにしておく」
サーシャロッドがそう言って踵を返そうとしたとき、女王が彼の腕に縋りついた。
「お、おねがいです! お忙しいのはわかっております。でも、その前にどうか――、あの子を止めてください」
あの子は――、カモミールの姫の心を壊して、永遠に閉じ込めてしまうつもりです。
泉の妖精の王子は、恍惚として表情でカモミールの姫の頬を撫でる。
泉の妖精の城にある大きな聖堂。そこで、純白のドレスに身を包んだカモミールの姫は、虚ろな目で泉の妖精の王子を見上げていた。
「ああ――、もうすぐあなたのすべてが手に入る」
祭壇の上においてあるのは、銀色の小さな指輪。曼珠沙華の模様が彫られた指輪の中央には、黒い石がはまっていた。
エレノアに渡した黒い小瓶の中身と同じ液体を飲ませたカモミールは、とても従順だ。だが、まだ完成ではない。この指輪をはめて、すべてが手に入るのだ。
「永遠に私のものに――」
この指輪をはめれば、この口が憎たらしい単語を並べることもないだろう。ヤマユリの王子の記憶もすべてなくなる。ただカモミールの姫が映すのは、泉の妖精の王子である自分だけ。自分の言うことしか聞こえず、素直に従う、人形のように従順な姫になるだろう。
「愛していますよ。永遠に、愛してあげますからね」
耳元でささやけば、ピクリとカモミールの姫の睫毛が揺れる。だが、それだけだ。泉の王子は、そっとむき出しの肩に手のひらを這わせた。真っ白なウエディングドレスがよく似合っている。これで彼女は永遠に自分のもの。自分の花嫁だ。
ほしくてほしくて、狂いそうなほど恋焦がれた存在が目の前にある。
泉の王子は、参列席の一番はじめに座っているエレノアに視線を向けた。
「最後まで薬を飲まないなんて強情な方だ。頭が割れるように痛いのでしょう? 飲めばいいのに、ほら――」
エレノアのもとに、泉の妖精の一人が進みでる。黒い液体の入った小瓶を目の前に差し出されて、エレノアはゆるゆると首を振った。
飲みたくない――
泉の妖精の王子は肩をすくめた。
「強情な方だ。あなたには私と姫が結ばれるところをしっかり見ていただきたかったのですが、まあ、いいでしょう。どの道その薬は、式が終わったら無理やりにでも飲んでいただきますけどね」
エレノアが参列席の背もたれに寄りかかって、苦しそうな息を吐きだすのを見、泉の王子は嗜虐的な笑みを浮かべる。
そして、愛する花嫁に視線を戻すと、その頬にちゅっと口づけた。
「さあ、式をはじめましょう――」
カモミールの姫は、虚ろな目をしたまま、ゆっくりと微笑んだ。
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