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香り②

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【side 蓮】

アオは、笑って俺の前に現れた。
「よかった」と心底思った。

来ないかもしれない、戻ってしまうかもしれない。

そんな思いを抱えてアオを待った。
アオの顔を見た時、抱きつきたい衝動に駆られた。
それは単純に、嬉しかったから。

アオが、俺のところに帰ってきてくれて、嬉しかったから。

でもやっぱり、触れられない。
触れるのが、怖い。
アオがどんなところで何をされているかなんて知らないけれど、アオに怖い思いをさせるんじゃないかと思うと、怖い。一方でちゃんと自分で、自分の意思で来てくれたこと。それが、たまらなく俺の気持ちを、温かくした。

ニヤけるのを抑えながら、ガシャガシャと歯磨きをして、豪快に口の中をゆすいで顔を上げて俺は「おわっ!」と声を上げた。鏡にはアオが映っていて、後ろに立っていた。

「俺も歯磨きしよかな」
「お前さぁ、気配消しすぎやない!?」
「気配?」
「まじ気配ないねんけどなんなん!?」
「なんやろ?」

アオと場所を変わりながら、「アッ」と俺はある物を思い出して、洗面所の引き出しをガサゴソ漁った。

「何探しとるん?」

モゴモゴとアオが、俺の渡した歯ブラシで歯を磨く。小さな顔の、頬がぷっくり膨れて小動物のようで、俺はプッと吹き出した。

「ほっぺ膨らんどんで、リスみたいやな」
「リス!? 初めて言われたわ」

口を濯ぎながらアオは、顔を上げる。
そこに俺は、シュッとミストを、振りかけた。

「つめた! なに!?」
「これ、ええ匂いやん?」
「香水?」
「うん。昔旅行のお土産に買ったんやねんけど仕事柄つけられへんやん? アオ、これいらん?」
「え、なんで?」
「いや気配消しすぎやから、怖いねんてせめて匂いで主張してや。これ、好きな匂いやでこれならわからんかなぁ~」

アオは振りかけられた場所をクンクンと匂いを嗅いでいる。

「ええ匂いやな」
「やろ?」

好きな香り。
確か、ハワイで買った。
爽やかだけど、少しだけ甘い香り。
なんだかミステリアスなアオのイメージとは違うけど、俺が、わかる匂い。

「仕事、つけて平気なん?」
「全然平気。つけるわ」
「そうして。まじビビるから」

アオはその香水を、キュッと握って鞄に入れた。

「あ」

スマホを手にアオが何かに気づいたように振り返った。

「電話番号」
「そう! そうそれ!」

俺も自分のスマホを差し出した。

「俺に着信入れてや、番号、知っとるやろ?」
「あー……あれは、ない」
「はぁ?」
「あーだからなくしてんやん! 蓮の番号!」
「なんやねんそれ!」

笑って、俺はもう一度番号を言った。
笑って、でも心の中ではまた不安が渦巻いた。

一瞬言いにくそうにしたアオの表情が、全てを語っていた気がした。

アイツに。
見つかった?
それで、捨てられたのか?

アイツは俺に、「あの日の奴か」と言っていた。
それが、携帯番号を見つけられた日だとしたら。

知らなかったとはいえ。
腹の中が、熱くなる。

アイツがその後アオにした行動は、想像がつく。

「どしたん? そんな怒らんでやごめんて」
「なんでアオが謝るん……」
「え? なくしたで、ごめんて」
「……ったく、次は間違って消したとか言うなよ?」

それが、俺の精一杯だった。
どうしようもない感情を、誰にもぶつけることができない気持ちを、押さえて最小限にして、吐き出した。


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