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香り①
しおりを挟む【side アオ】
昨日から、怖いくらいにサツキさんからは、連絡がない。もともと、ここ数週間が異常ではあったが、その前は気まぐれに呼び出される関係だった。その頃に、戻っただけだろうか。
いや、そんな可能性が低いことはわかっていて。
何かが、起きているのかもしれない。
それでも。
昨日、蓮の背中に額を当てた。
コツンと当てた額。
サツキさんから受け取った痛みと苦しみ。
それが、蓮の背中の広さと温かさに、少しずつ少しずつ、癒えていく気がした。
「今日も来るやんな?」と蓮に言われていて。俺は「そやな……」と言って蓮の家を出た。蓮は、俺が先に家に入れるように鍵を郵便受けに隠しておいてくれた。
俺は、何をしても死神で。
その運命を全うさせるのが仕事で。
家に帰るかと、ローブを靡かせた。
サツキさんのことも心配で。
でも、俺は今、蓮の家の前に立っている。
なぜだか、わからない。
話を、聞いて欲しかったのか。
ただ、愚痴を言いたかったのか。
やっぱり運命なんて変わらないじゃないかと、文句のひとつでも、言ってやりたかったのか。
全然わからないけど俺は、蓮の家の前に立って、チャイムを鳴らした。
部屋の中から、ピンポンという音が聞こえる。
と、殆ど同時にドタバタと音がして、勢いよく扉が開いた。
「アオ! アオやんかー! アオーーー!!」
勢いよく飛び出してきた蓮は俺を部屋に引き入れそしてなぜか、名を連呼して叫んだ。
「え、なに? どしたん……」
「遅いから心配したやんかー帰ったんかと思ったわ……大丈夫? 帰っとらんやんな? 電話しよかと思ったけど俺お前の電話番号知らへんやんかー教えてやもうー」
蓮はおそらく、サツキさんのところに行っていないか。そのチェックをしていて。頭のてっぺんから足元までザザッと目で追う。
「大丈夫やて」
半分呆れ顔で俺はその動きを追う。
「よかった……」と小さく呟く蓮は、ホッとしたように息を吐き出した。
「腹、減っとらん?」
「え、急に?」
「俺が腹減っとって……アオ、飯食ったんかなーうち来るんかなぁーって、考えとって……」
「……待っとってくれたん?」
「んや、なんか……彼女みたいでキモいな俺!」
蓮はバシンと俺の肩を叩いて、ハハハと笑う。
その頬は少しだけ赤く染まっていて、なんだか可愛い。
「んー、腹……減っ……とる、かな」
「まじで!? 焼きそばしかなかってんけど……食べる?」
パッと表情を明るくした蓮は、冷蔵庫を指さして、言った。
「作ってくれるん?」
「んー……俺苦手やねん、一緒に作ってや」
「俺も苦手やねん」
「えーー! 焼きそばチャレンジやな」
俺はローブと斧の入った鞄を部屋の脇に置き、部屋の片隅のキッチンに立つ蓮を後ろから眺めた。
冷蔵庫から野菜を取り出して、豪快に洗っている。
その背中は、昨日の夜見た、広い背中。バリバリとキャベツを剥がしザクザクと切る音が、聞こえてくる。
料理なんて、いつぶりだろうかと思う。
あの場所では、食事も頼めば支給されるし、それに俺は、飲みに行くことが多かったし、思えばあまり手料理なんて食べていなかったことを思い出す。
後ろからそっと、覗き込む。
まな板いっぱいに切られたキャベツ。
「……量多くない……?」
「だってこのキャベツ残しといても悪くなりそうやん」
「だからって全部入れる?」
「ええやん火にかけたらしなしなんなるし」
「……でかいし……」
「だぁーーもうっ! 文句ばっか言っとんなや!」
蓮の肘が、俺の腹に当たる。
鈍いぼふっという音は、服に当たった音。
蓮は、俺には触らない。
「アオ、痩せすぎちゃうん?」
「んぁ? そう?」
「ほっそいやん、男は大事な人守らなあかねんでぇ? 肉つけときぃ!」
「どこのおばちゃんやん……」
ハハハと笑いながら蓮は、ザクザクとキャベツを切り続ける。
「まだ切るん!?」
俺は肉と大量のキャベツを、フライパンで炒める。
多すぎるキャベツは菜箸で混ぜるたびにバラバラと落ちる。
「アオ雑すぎひん!?」
「んやこれキャベツ多すぎやろ」
「キャベツの心配しかしとらんな!」
「キャベツ焼きそばやな……」
「もぉーーーう文句ばっかやんなぁー」
蓮が、俺の肩に顎を乗せた。
後ろから、肩に蓮の重みを感じる。
「あっついねんけど」
「可愛くねぇなぁ……」
「だから俺に何を求めてんねんって」
麺とコップの水をジャッとフライパンに流し込む。
背に、蓮の体温を感じる。
「水入れすぎやない?」
「え、そう?」
「キャベツから水出るやん、麺柔らかくなんで」
「……火強くしよ」
火を強くして、水を飛ばして、調味料を混ぜて。
「アオ……焦げんで?」
「……うっるさいなぁっ!」
「だって焦げとるやん! 麺堅なっとるで!?」
「堅焼きそばでええやん」
「良くないわぁっ!」
スッと肩が軽くなり、ガシャガシャと皿の当たる音がする。真っ白の皿に、所々黒く堅くなった焼きそばを入れる。
「香ばしい匂いやわ」
嫌味たっぷりの蓮と、小さなテーブルに向かい合って食べる。
柔らかい麺と堅い麺と。それから、しなしなになった大量のキャベツの焼きそば。
「久々やわこーゆうん食ったの」
「いつもなに食っとんの?」
「外食ばっかや」
「それでなんで太らんの?」
「知らんわ」
ずるずる、バリバリと、焼きそばとは思えない音が、お互いの口から鳴る。
「歯に挟まるわ堅麺が」とイーと歯を見せてくる。
「汚ねぇな歯磨いてや」
「はぁーい」
食べ終えた蓮が、洗面所に向かう。
「アオ……今日も、泊まってく?」
「うーん……」
「歯磨き、置いとくな?」
「え、あ……うん」
蓮の家。
無造作に置かれた洗面所のコップに、白の歯ブラシと共に青の歯ブラシが、カランと並んだ。
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