職業、死神〜今夜、終わるいのち〜

運命論⑥

【side アオ】　

「なんで死ぬん？」

珍しく俺は、対象と話した。

「放っといてください」
「いや止める気はないねんけどさぁ」
「……もう、いいんです。早く、会いたい人がいるんです」
「会いに行くのか……」
「行けますかね？」
「どうやろね？　……その先のことは、俺は知らん」

今からまさに死のうとしているのに、よく喋る。
ビルに降り立ったら、そこにいたのが、対象だった。

今、飛び降りようとしている。

「怖ないの？」
「怖いっすよ、でも……もう、なんの未練も、ないですから」
「よう喋るな……」
「喋っとかんと、やめたくなる」
「だったら辞めたらええやん」

止めても仕方ない。
運命は、決まっている。

対象は何も言わずに、遠くを眺める。

高いビルから見るビル群。
そのもっと向こうに見える、遠くの山。
そこに、太陽が落ちていこうとしている。

「夕焼けやん」
「ですねぇ」
「明日も、晴れんで」
「そうですね」
「洗濯物、よう乾きそうやな……」
「……」

何があったかは知らない。
死を望む人に、俺は何を言っているんだろう。

会いたい人に会うために、死にたい奴に。
今更見せる画が、あるのだろうか。
あと2時間で、なにを見せられるんだろう。

静かに、沈む太陽を眺めた。
何を思っているのか。
覚悟を決めているのか。
それとも辞めることを考えているのか。

その間にも、時間は迫る。

「明日の朝日は……綺麗ですかね……」
「きっと、綺麗やろうな……」
「思い出しました。……アイツと見たんです。朝日を、アイツがいた頃……」
「……」
「あっちで、見ます……アイツと一緒に……」
「そう……」

俺の小さな声を、聞くか聞かないか。
対象の姿が、消えた。

その瞬間に俺は、対象の音を、消した。


やっぱり運命なんて、変わらない。


♢


『今日もご苦労さん』
「お疲れー」
『相変わらず時間ギリギリやて心配したわ』
「おー……」

今しがた対象が落ちていった。
その場所で、ケイに報告がてら電話をする。

『どしたん？　元気ないやん』

ケイとは、付き合いが長い。
学生の頃から一緒で、死神のデビューも同時期。
ただケイは現場は本当に短期間で本部に異動となったのだが。

「うーん……ケイの家族って、みんな本部やんな……」

いつの間にか現れていた月を、ボーッと眺める。
騒がしい音が、遠くに聞こえる。
人の叫ぶ声。サイレンの音。
先程の人の命はもう、ない。

「運命って、なんやろなぁ」
『さだめ、やん』

あまりとサラリと、ケイは返す。
そんなことは、わかっている。

『おいどーした？　人間と仲良くなって感化されたか？』
「……かもしれんなぁ……」
『ぅおーい頼むで？　アオは死神さんやでな？』
「なんや死神さんて」

思わず、プッと吹き出す。

『あんなぁ……運命ってのは、変らんねぇのよ。でも現場の死神に託された4時間があるんだよ。4時間』
「うん……？」
『まぁ、それをうまく使いな』
「……意味わかんねぇよ」
『まぁ、いいんじゃねぇの？　思いっきり人間に感化されてみんのも』
「ええの？　それ」
『知らん、仕事さえしてくれれば別にあとはなんでも構わねぇよ』
「冷たいなぁー」
『ええやんか、ただ。お前みたいに悩んで消えてった死神もたくさんおるで、それだけは気をつけや』　　

ケイの口調はいつでも軽くて。
それに救われる時もあるし、今回ばかりは少しイラッとした。

「感化されとるんかなぁ……？」

ポツリとつぶやいて。
騒がしい音を遠くに聞きながらまた、月を見上げた。