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想①
しおりを挟む【side アオ】
蓮の部屋で、静かに蓮の帰りを待つ。
穏やかな気持ちで。
ただ、帰りを待つ。
昨日。
バスローブをかけられただけの俺のカラダは、傷だらけで。でも綺麗にされていて、それは自分ではないと、蓮は言った。
そしてそれがまた、蓮を怒らせた。
「そのまま放置もあかんけどさぁ、綺麗にするくらいならこんなんするなやっ」
ブツクサ文句を言いながら蓮は、おそらくサツキさんが綺麗にしたであろうシーツを剥ぎ取り、また新たなシーツにかけ直した。
わざわざ変えるん、という俺の気持ちは心にしまって。蓮の気持ちが、嬉しかった。
「おし、できたで」と言って、少しシワの残るベッドにエスコートされて、共に眠った。蓮の家とは違う広いベッドだけど、いつもと同じように蓮に額をコツンと当てて。
朝、蓮は俺を連れて、部屋を出た。
この部屋には残しておけないと、蓮は言った。
久しぶりに人間ルートを使いマンションを出て、歩くと、カラダがギシギシと痛くて。それを気遣うように蓮は、ゆっくりと歩いた。
そして今、蓮の部屋で。
蓮のベッドに横たわり、窓から見える月を眺める。
動くとカラダ中が痛くて。することもないし、グダグダ横になって過ごした。
シュンと月を黒いものが横切ったような気がして、思わず目を逸らした。
蓮は昨日から、何も聞かない。
サツキさんへの怒りをものすごく現してはいるが、何があったのか。なにも、聞かない。
俺はと言うと、こんな状況にも関わらずどこかサツキさんのことが気になっていて。
なぜ蓮が部屋にいたのか。そんなのは簡単で。
サツキさんが手配したから。
サツキさんが蓮に部屋番号を伝え、コンシェルジュに来客対応依頼を申し込んだ。その手続きを踏まなければ絶対に、人間はあのエントランスをくぐることができない。
なぜ、そんなことをしたのか。
考えてもそんなことはわからなくて。
でも蓮がいたから、穏やかな気持ちで眠ることができた。
俺は昨日、死に、抗ったのか。
俺の運命が、昨夜じゃなかっただけ。
でも俺が蓮を想わなければ、あのまま死んでいたかもしれない。死神の死を担当する死神がいるのか、は知らないが。
「わっかんねぇーー」と呟いて、突如ブルブルと震えたスマホにビクンとした。
動悸がした。
なぜか手が震えて。
覗き込むように見たスマホ画面には『ケイ』と表示され俺は小さく、息を吐いた。
『おっつかれさーん』
「お疲れ」
『お前大丈夫か?』
「え、なに?」
『サツキさんから連絡あったぞ』
「え、なんて!?」
『おぉ声でけぇな大丈夫そうだな』
「俺は大丈夫だけど……」
『サツキさん、明日休むて連絡あってさ」
「明日? なんで?」
『行きたいところあるて言うてたで』
「行きたいところ……」
『で、お前が大丈夫か連絡してやってって』
「え……」
『なんでか聞いても教えてくれんかったけどな、大丈夫そうやな』
「まぁ、大丈夫……」
その時、カチャリとドアがあいて、ひょっこり蓮が、顔を出した。
「ただい……まぁ~」とすぐに俺が電話をしていることに気づいて、コソコソと部屋に入ってきた。
『サツキさんの明日の仕事、アオに振ったろうかと思ったけどサツキさんに止められたわ』
「休ましてくれよまじブラックやな……」
『休暇の希望は聞いとるやろ』
「そやなぁ」
『お前もそろそろグレードあがるで、頑張れや』
「えーまじか、わかった……」
いろいろ言いたいことはあったが蓮がソワソワしているのを見て、早く切り上げようと言葉を飲み込んだ。チラチラこちらを見ながら、狭い部屋でできるだけ離れたところ、を選択した結果、なのか。テーブルの向こう側にちょこんと座っている。
「はい、おつかれさまー」
と、挨拶をしてスマホを耳から離した瞬間、パッと蓮の顔が明るくなった。
「お疲れ、なんかヨレヨレなっとるな……」
「さすがになぁ……疲れたわ……」
俺が横たわっているベッドに、ぱふんと蓮が座った。
「どう?」
「ん、大丈夫」
「これじゃ仕事できひんやんなぁ……」
どうしても隠しきれない首元の傷を、蓮がなぞる。
「電話……こんな時間に、仕事の人?」
「うん」
「フランクやな」
「あー、学校の同期やねん、エリート一家の奴でなぁ。本部におんねん」
「え、じゃあ上司なん?」
「あーそうかも、偉い奴やな」
「全然偉い人に話す感じやなかったで?」
ハハハと、蓮が笑う。
丸い目が細くなって、目元に皺が寄る。
俺もつられて笑って。
蓮が、手を握った。
「心配やってん……」
「大丈夫やで?」
「アオ、おらんかったらどうしようって……」
「……ごめん……」
「んや、おってくれたやん……」
「うん……」
「ここに、おってくれる?」
「おるよ……」
「家に帰らなあかんときは、俺も一緒に戻るから」
「……うん」
「ひとりで、帰らんとって」
「うん……」
しばらく戻らなくていい。
仕事の道具も、持ってきた。
ココから仕事に、いけばいい。
このまま穏やかに。
過ごせるんだろうか。
ここで穏やかに、過ごして良いのだろうか。
俺は死神で、蓮は人間。
「アオ……なに考えとるん?」
「……なんで?」
「顔が、険しい……」
眉間に恐らく皺を寄せていて、ソコを蓮は、人差し指でツンと押した。
「……絶対に交わらん関係のふたりって、いると思う?」
「……なんの話?」
「なんの話やろな……出会っちゃいけないふたり、とかさ。出会うはずがなかったのに、とかさ……」
「んー、また運命論?」
「運命論語りたいわけじゃないけどさ……」
モゴモゴと俺は、言い訳を探す。
「出会っちゃいかん奴らが出会ったとして。それこそ運命やんな」
「そうやんな」
「お、初の一致?」
「それこそ、きっと意味があるんよな?」
「と、俺は思っとるよ」
蓮の言葉は、優しい。
蓮が言うことを、信じてみたくなる。
「あんな、入院してきた子、おるやろ? 普通なら助からん」
「うん……」
「でもこの時代に生まれて、俺がいる病院に来た。だから、助けてやりたいやん、それも運命やって思うよ、俺は」
「らしいな。蓮らしい」
「でも厳しい。移植せんと治らんけど、移植できるレベルまで持っていけん……」
「そうなんや……」
「諦めへんけどなーーまだ手はあるはずやからなっ!」
ゴロンと俺の隣に寝転んで、蓮は笑う。
不思議とその隣にいるだけで、痛みが消える気がする。
俺と蓮が出会ったことに意味があるとしたらそれは、どんな意味だったんだろう。正反対のふたりが出会った意味。
笑う蓮の腕に、触れてみる。
筋肉質な、蓮の腕。
「ん? ……どしたん……?」
「んー……なんか。意外と筋肉あるやんな」
「意外とってなんやん……アオ……触っていい?」
「……蓮、聞かんでええよ? 怖くない。痛い時は言うで……」
「……せやな、アオはハッキリ言いそうや」
「やろ?」
ニヤリと笑って蓮は、そっと俺を包み込んだ。
俺たちの出会った意味も、俺たちの関係も、よくわからないけど。
居心地の良いこの空間にいたい。
流されてみればいい、そう思えたのももしかしたら、蓮と出会った意味なのかもしれない。
蓮の腕の中で静かに、目を瞑った。
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