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記憶④
しおりを挟む【side アオ】
「早く……早く……」
着地点なんてほとんど気にせず飛び上がった。
サツキさんは俺に抱えられるように隣にいて。
「しっかりしてくださいよ……」
サツキさんが、壊れていく気がした。
いや、とっくに壊れていた。
俺を相手にし始めた時から壊れていて。
それが完全に、バラバラと崩壊し始めた。
何とか保っていた何かが、バラバラと。
「消えんとってくださいよ……」
「俺は、消えた方がええんちゃうん?」
突然サツキさんが、ハッキリした声で言った。
「俺とおると、アオが、壊れる」
「俺もサツキさんも、とっくにぶっ壊れてますよ……」
「消えたらアオは自由やで……」
「消えんでも、俺は自由ですから」
「へぇ……かっこいいやん……」
突然いつものサツキさんには戻った気がして、チラリとサツキさんを見る。表情からはなにも、読み取れない。
「とりあえず着いたらすぐ仕事ですよ?」
「……」
「わかっとるん!?」
サツキさんは、何も言わない。
何……なにが起きとるん……。
到着したのは、普通の家。
静まり返った、家だった。
窓の外に降り立つ。
中には、若い女性がベッドに横たわって、眠っていた。
握りしめていたサツキさんのスマホをタップして対象を確認する。
仕事情報。
そこには、俺に来る情報とは明らかに違う画面が、表示されていた。
「サツキさん……どういうこと?」
名前も、顔写真もない。
住所と、参考資料として多分、おそらく、あの眠っている女性の顔写真が添付してあった。
「対象は、あの腹ん中だよ……」
「……え?」
「まだ生まれてもない赤ん坊の命、だってよ……」
サツキさんは、フッと息を吐きわずかに、口角を上げた。
人の命の時間は、どうやって決められているんだろう。誰が、対象を決めているんだろう。
これは運命。
そうやって、学校で習った。
それは、変えられないから。
だから。
だから。
ちゃんと、終わらせてやれ。
最期をきちんと、迎えさせてやる。
それが、死神の仕事だと、学校では教わる。
そこに、死神のプライドを持てと。
生まれてくる前の赤ん坊の死に、どんな死に方があるのか。どんなプライドを持てというのか。
確かに女性の腹が、膨らんでいる気がする。そして部屋の中には、準備されたであろう小さなベッドや服が、置いてある。
「こんなん……どんな終わりが正解なん……」
「正解なんてねぇよ……」
「あの人には、なにか……」
女性を指差し言いかけて、自分の思考がどれだけ馬鹿けたことか、すぐに気づく。
最後のお別れを言わせてやることもできない。
生まれてくることを信じて眠る女性。
あの女性に接触した時点で、正体がバレるということ。だからただ、静かに仕事を遂行するしかない。
「アオ……俺らの仕事って、なんやろなぁ」
ポツリと、サツキさんが言った。
「死神は死神なりの、誇り持ってやっとるよ……こういうこともあるってことも、わかっとる……」
サツキさんは一歩、後退った。
じゃり……と音がした。
「こんなんばっかやってると……しんどいよなぁ……」
月の光が、サツキさんに影を作る。
「死神なんて……クソだよ……」
サツキさんの目から、何かが溢れた。
月の光が、キラリとそれを、光らせる。
「サツキさん……」
俺は、何も言えなくて、サツキさんの背負ってきた痛みを見た気がして、でも何もわかっていなかった自分に気がついて。
そして、時間が迫っていることに、心が、破裂しそうになっていた。
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